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世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。

2023.12.22 公開 ツイート

一度出会った人たちはもう二度と会えない「さよならの国」は現実そのもの【こんゆじまじこ】 林伸次

バーカウンターの向こう側からたくさんの人生を見てきた林伸次さんが描くショートストーリー集『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。』の感想文(#せかひと感想文)をnoteで募集しました。そのなかから、担当者編集者が選んだこんゆじまじこさんの文章をご紹介します。

(写真:Unsplash/Rod Long)

ファンタジーかと思いきや

日曜日の朝、のんびりと起きてリビングへ行くと、夫は既に起きていて適当に朝食を済ませたようだった。私はコーヒーをふたついれて、テーブルにつく。

「そういえばあれ読み終わったのかい? この前買ってた小説。渋谷のバーテンダーの人が書いたとかいう」

「ゆうべ読み終えたよ。なんだか不思議なお話の短編集で、いくつか思い出したことがあってね」

「へぇ。どんなこと?」

私はひと口だけ熱いコーヒーをすすり、一度しっかりと目を閉じた。冒頭にでてくる甘酸っぱいレモネードの香り、著者のバーがある渋谷の喧騒、その本を読んでいる間に旅していた、脳内に繰り広げられた世界を反芻するために。

 

「たとえば。『一度しか会えない完璧な人間関係』ってお話。『さよならの国』というのがあってね。その国では人と人は一度しか会えなくて、一度出会ってしまったら、もうそれでお別れで、二度と会うことはできない。とあるの。でも実際、物語の中の架空のお話じゃなくても、今までそういうことってあったなぁ、って」

「ふむ。言われてみれば。君も最近、実際にそんなことがあったね」

「そう。私が今、月に一度やっているワークショップね。初めてお会いしたときに『水引セラピー』をやってみては? と言ってくれた人は、その後なぜか連絡が途絶えて、きっと彼女はこのことを私に伝えるためだけに、たった一度私の前に現れてくれたのかな、って」

「他には?」

「『一生に一度しか恋ができないとしたら』というの。恋は一生に一度しかできない、という決まりのある国があって、一生に一回しかできないから、ちゃんと考えて、本当にこの相手でいいのか見極めて恋をしなさい、とか親や先生に言われる、なんて書いてあってね。苦笑いしちゃった。だって恋なんて、ついうっかりしてしまうものじゃない? おならじゃあるまいし、止められないよね」

「おいおい、おならと恋を一緒にした女性は初めてだ。まぁ確かに、恋はするものじゃなく、おちるものだ、って恋愛小説の帯にあったものなぁ」

「それよ、それ。でもね、人口が減って国が滅ぶのを避けるために、違う人に恋している片思い同士の男女を無理やり結婚させた、とあって。なんだかそんな話、全然ファンタジーじゃなくて、日本だって他の国だって、歴史を遡ったらそういう人はおおぜいいただろうし、もしかしたら現代にも、そんな国が世界のどこかにあるのかも知れないな、って思っちゃった。ファンタジーのようで、実はリアリティがあるなぁ、って」

「君の大好きな源氏物語にも出てきそうだね」

「そうね。あとね、『他人の人生は決められない』というの、20歳のときに自分のこれからの人生をすべて決めなくてはならない国のお話なんだけど。私、小学生くらいの頃かなぁ、自分は何歳でどうなって、どんな人と恋をするとか、結婚したり子どもを生んだりするのか、特に何歳まで生きられるのか、知っていられたらいいのに、って漠然と考えたことがあったの。それを思い出してね。でも、そんなこと知ってしまったらいろんな意味で大変だし、知らなくていいことの方が世の中にはたくさんある、ってこれを読んで実感した」

「なるほどねぇ。一番好きな話はどんなの?」

「うん、私が一番好きだと思ったのは『身代わりになった女の子』。魔法使いは本当にいるかも知れない。54歳になった今も、そんな気持ちをもっていてもいいかな、って思えるお話だった。大好きな星や宇宙も出て来るし。悲しいけれど、美しいなって」

「へえぇ。そういえば、著者って君と同い年じゃなかった?」

「そう、1969年生まれ。私たちが若い頃は、本を出版した著者の方に会うなんて夢のような話だったけど、長いこと書店員をやってきた中で、著者対応で直木賞作家さんと直接お話できたこともあったし、それでなくてもSNSで直接やりとりできる方なんかもいて、そういう点では距離が近くなって嬉しいよね」

「渋谷のその方のバーに、飲みに行けるといいね」

「そうね。もし叶うなら、bar bossaのカウンターの真ん中の席に座って、なんて切り出そうかしら……」

「真ん中の席なの?」

「そう、それにはちゃんと理由があるの」

 

正直、『いいな』と思うお話と、『んん?』となって消化できてないお話に分かれました。もう少しこの世界に長居をして、ここの住人になって咀嚼したい。そして、お手伝いしているまちライブラリー@ざま☆ほしのたに文庫で、今後定期的に開催される大人の夜の読書会「夜に会いましょう」で紹介し、いろんな方の感想も聞いてみたい。

そして、なによりもまっさきに思ったのは、これを書いた人、林伸次さんと直接お話したい。文章について、生き方について。恋愛や仕事について。つまり、おそれおおくも友達として。

関連書籍

林伸次『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。』

大丈夫。孤独で寂しいのは、みんな同じだよ。 noteで大人気!渋谷のバール・ボッサ店主が描く、 思い通りにならない人生を救う極上のショートストーリー集。 片想いしか知らない。一度しか会えなかった。気持ちはいつも届かない――。 誰もが自分だけの世界で一度きりの人生を生きている……15の小さな物語。 まるでバーに入ったような小説。

林伸次『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』

誰かを強く思った気持ちは、あの時たしかに存在したのに、いつか消えてしまう――。燃え上がった関係が次第に冷め、恋の秋がやってきたと嘆く女性。一年間だけと決めた不倫の恋。女優の卵を好きになった高校時代の届かない恋。学生時代はモテた女性の後悔。何も始まらないまま終わった恋。バーカウンターで語られる、切なさ溢れる恋物語。

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世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。

2023年10月4日発売『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。』について

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林伸次

1969年徳島県生まれ。レコード屋、ブラジル料理屋、バー勤務を経て、1997年にbar bossaをオープンする。2001年、ネット上でBOSSA RECORDをオープン。選曲CD、CDライナー執筆多数。著書に『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか』『バーのマスターは、「おかわり」をすすめない』(ともにDU BOOKS)、『ワイングラスの向こう側』(KADOKAWA)、『大人の条件』『結局、人の悩みは人間関係』(ともに産業編集センター)、『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』(幻冬舎)などがある。

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