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なるほどそうだったのか!! パレスチナとイスラエル

2023.11.08 公開 ポスト

#1

パレスチナという土地はあるが国はない 単なる「宗教対立」では語れないパレスチナ問題の発端高橋和夫

イスラエルとハマスの衝突の根幹にあるパレスチナ問題。これは「イスラム教徒とユダヤ教徒の宗教対立」ではありません。中東情勢の複雑な過去、背景をわかりやすく解説する話題の書籍『なるほどそうだったのか!! パレスチナとイスラエル』より、一部を抜粋してお届けします。

パレスチナ問題の発端は、パレスチナに既に生活していた「パレスチナ人」とヨーロッパから移住した「ユダヤ人」との紛争

パレスチナという土地はあるが、パレスチナという国はない。そこにあるのは、イスラエルという国とガザ地区と、ヨルダン川西岸地区である。なぜ地名はあるのに、その地名の国がないのか、本章ではそのいきさつを語ろう。

「2000年にわたるイスラム教徒とユダヤ教徒の宗教対立」、そうした言葉で語られることの多いパレスチナ問題。しかし、この説明は間違いである。なぜならば、イスラム教が成立したのは600年代である。つまり、7世紀であり、その歴史はおよそ1400年ほどである。であるならば、2000年もユダヤ教とイスラム教は争っているはずがない。

付け加えると、問題になっている土地のパレスチナには、キリスト教徒も数多く生活しており、「イスラム教徒とユダヤ教徒の対立」と単純化してしまうのは、キリスト教徒に失礼である。そもそもキリスト教は、この地に発し、その教えを守り続けた人々が現在も生活している。あまりに単純でわかりやすい話は、しばし危険である。

パレスチナの衛星写真
パレスチナの衛星写真(Jacques Descloitres, MODIS Rapid Response Team, NASA/GSFC, Public domain, via Wikimedia Commons)

それでは、問題はいつ頃に起こり、何が問題なのであろうか。そして誰と誰が、何を争っているのだろうか。

パレスチナの地で、現在にまで続く問題が起こり始めたのは、19世紀末である。ヨーロッパのユダヤ人たちが、パレスチナに移り始めた。自分たちの国を創るためにである。

ユダヤ人たちの、自分たちの国を創ろうという運動をシオニズムと呼ぶ。これはシオン山の”シオン”と”イズム”を合わせた言葉である。イズムとは、主義という意味の言葉である。主義というのは、この場合にはある政治的考えのための努力である。シオン山とは、パレスチナの中心都市エルサレムの別名である。エルサレムは、標高835メートルほどの丘の上に建てられている。新東京タワー、つまりスカイツリーが635メートルの高さであるから、それより高い所に位置する都市である。

エルサレムの旧市街

ヨーロッパのユダヤ人がパレスチナに入ってくると、その土地に既に生活していたパレスチナ人との間に紛争が始まった。これが現在まで続く、パレスチナ問題の発端である。これは、つまり約120年間の紛争である。

ユダヤ人がヨーロッパから移住したのは「民族主義」の迫害から逃れるため

それでは、なぜヨーロッパのユダヤ人たちは、この時期にパレスチナへの移住を考えるようになったのだろうか。それは、ヨーロッパで19世紀末になってユダヤ人に対する迫害が激しくなったからである。では、どうしてであろうか。

答えは、この時期にヨーロッパに民族主義が広まったからである。この民族主義がユダヤ人の迫害を引き起こした。この民族主義というのは、一体何だろうか。

 

民族主義とは、次のような考え方である。

(1) 人類というのは民族という単位に分類できる

(2) それぞれの民族が独自の国家を持つべきである。これを民族自決の法則と呼ぶ

(3) 個人は、属する民族の発展のために貢献すべきである

こうした考えによれば、個人の最高の生き方は、自らの民族の国家のために尽くすことであり、自らの民族が国家を持っていない場合は、その建設のために働くことである。

そして、この考え方に取り付かれた人々は、民族のため、国家のために大きな犠牲をいとわない。ときには命さえもささげる。お国のために死ぬという行為が、民族主義では最高の栄誉とされる。

 

それでは、民族とは何だろうか。

これは共通の祖先を持ち、運命を共有していると考える人々の集団である。

ドイツ人、フランス人、ロシア人、イタリア人、スペイン人などが、この民族という単位に当たる。

これは客観的な基準によって成立するのではなく、あくまで集団の構成員の思い込みで決まる。同じ言葉を話したり、同じ宗教を信じていれば、この思い込みは容易になる。こうした民族主義が高まってくると、多数派のキリスト教徒は、少数派のユダヤ教徒を排除する傾向が強まった。ユダヤ人を同じ民族として受け入れようとはしなかった。つまり、宗教が違うからである。こうした流れの中でユダヤ人に対する迫害が高まったのだ。

 

ユダヤ人が、民族国家のメンバーとして認められないならば、のけ者にされた自分たちだけの国を創ろう。そうすれば、そこではユダヤ教徒という宗教の違いゆえの差別は存在しなくなる。これがシオニズムを生み出した考え方である。

シオニズムをあおった「帝国主義」の風

しかし、考えてみれば、不思議な発想である。既に人々が住んでいる土地に、ヨーロッパ人が移り住んで、新しい国を創ろうというのである。前から住んでいた人々の都合などは、そこでは真剣に考慮されていない。なぜ、こうした発想が出てきたのだろうか。

それは、19世紀末が民族主義の時代であると同時に、帝国主義の時代であったからである。帝国主義というのは、ヨーロッパの大国が、またはアメリカが、アジア、アフリカ、ラテン・アメリカを自分たちの都合だけで自由に分割し、支配する構図をさす。

この時期のヨーロッパやアメリカの人々は、勝手に世界を動かしていた。こうした時代の発想であったからこそ、現地(パレスチナ)の人々の意向を無視してのパレスチナでのユダヤ人の国家建設が始まった。シオニズムをあおった第二の風は、帝国主義であった。

 

シオニズムを推進する人々をシオニストと呼ぶ。シオニストたちは、パレスチナの地主たちから土地を購入して移住し、そこで農業を始めた。しかし、そうすると、パレスチナ人の地主の土地を耕していたパレスチナ人の農民は、土地を追われる結果となった。なぜならば、ユダヤ人たちは、自分たちの手で土地を耕作したからであり、パレスチナ人を雇用しなかったからである。この考え方の背景には、次のような認識があった。

 

ヨーロッパにおけるユダヤ社会は、いびつである。なぜならば、地に足のついた生活をしている人々、つまり農民が少なかったからだ。

当時のヨーロッパの「普通」の社会では多くの農民がおり、そして比較的に少数の商人などがいた。しかし、ユダヤ人の場合は逆であった。

ユダヤ人の伝統的な仕事は、金貸しであり、商売人であり、仲買人であり、医者であり、弁護士であり、研究者であり、芸術家であり、音楽家であった。つまり組織に頼らず、自分の才覚のみで生きていた。これはユダヤ人が差別された結果であった。

第3の風「社会主義」がパレスチナ人の排除を生んだ

ヨーロッパでは多くの場合、ユダヤ人は伝統的に居住地域を限定されており、その外には住めなかった。こうしたユダヤ人地区をゲットーと呼ぶ。となれば、大半の場合には農民になどなれるはずもなかった。ユダヤ人の社会は、次の図で紹介しているように、地に足のついていない不安定な逆三角形であった。

シオニストたちは、パレスチナでは普通の三角形の社会の建設を望んでいた。つまり、多くのユダヤ人が農民となり、地に足のついた生活をおくる。それがシオニストたちの農業への愛着の源泉であった。

自らの手で土を耕す。これこそが、シオニストの夢であった。この考え方に拍車をかけたのが、やはり、この時期のヨーロッパにおける知的な風潮の社会主義であった。この社会主義が、民族主義、帝国主義とともにシオニズムを駆り立てた第三の風である。

 

この思想は、搾取さくしゅ(何も持たない人を安い賃金で雇うこと)を悪とする。理想は搾取なき社会であり、私有財産の所有に否定的である。

シオニストたちは、パレスチナ人の不在地主(その地に住んでいない地主のこと)などから土地を購入し、そこにキブツと呼ばれる共同農場などを組織して、共同作業に従事した。そこでは、各自最低限の私有財産しか保有しなかった。

 

問題はパレスチナ人の地主に雇われていたパレスチナ人の小作農である。シオニストたちは、自ら直接に農作業に従事したので、小作農は必要としなかった。シオニストが土地を購入すると、そこからはパレスチナ人が排除された

ヨーロッパの進んだ農業技術と資本が、現地の労働力(パレスチナ人)と融合することはなかった。ヨーロッパの飛び地であるキブツなどの農場が、伝統的なパレスチナ社会と接点もなく併存したのである。

*   *   *

この続きは書籍『なるほどそうだったのか!! パレスチナとイスラエル』でお楽しみください。

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高橋和夫『なるほどそうだったのか!! パレスチナとイスラエル』

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高橋和夫

福岡県北九州市生まれ。大阪外国語大学ペルシア語科卒業。コロンビア大学国際関係論修士。クウェート大学客員研究員等を経て、現在、放送大学教授。『燃えあがる海――湾岸現代史』(東京大学出版会)、『アラブとイスラエル――パレスチナ問題の構図』(講談社現代新書)、『イランとアメリカ――歴史から読む「愛と憎しみ」の構図』(朝日新書)、『現代の国際政治』(放送大学教育振興会)など著書多数。

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