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遺伝子が私の才能も病気も決めているの?

2023.10.24 公開 ポスト

「遺伝=優生学=差別」はステレオタイプ。“遺伝のままで十分よい”と考える行動遺伝学者が目指すこれからの研究【安藤寿康】上大岡トメ

研究者の方々の取材をはじめ、遺伝子をとことん勉強した上大岡トメさんが描き上げたコミックエッセイ『遺伝子が私の才能も病気も決めているの?』。著書を参考にさせていただいた、行動遺伝学者の安藤寿康先生から先日、メールが届きました。長く研究されている方だからこその感想と見解をぜひ多くの方にも読んでいただきたく、ご許可を得て、ここに転載いたします。

遺伝の世界をマンガで表現できることがうらやましい

このたびは『遺伝子が私の才能も病気も決めているの?』をお送りいただきありがとうございました。拙著も参考にしてお描きくださっているようで、非常に感銘を受けました。

遺伝の多くの現象がポリジェニック(たくさんの遺伝子からなる)で確率的な現象であること、一卵性双生児が似ているところと違うところがそれぞれにあることなど、私もいつも強調したいと思っていたことはじめ、イメージ化が難しい生物学的現象もとても分かりやすくマンガ化されており、すごいなぁ、こんな表現ができるなんてうらやましいなぁと思いながら、一気に読んでしまいました。
 

(写真:Unsplash/Daiga Ellaby)

なにより「遺伝子」、つまりそれ自体が自律性をもった生命の働きが、どの人間にもそれぞれ内側からいろいろな働きを生み出していることの大きさ、驚き、その未知なる内的世界への信頼が基本にあって、それを最後に印象的に表現されていることに、我が意を得たりという思いでした。

「遺伝=優生学=差別」というステレオタイプだけでとらえられやすく、とりわけ社会科学では批判の対象にこそなれ、まともに取り上げてその機能や意義を考えようとしない知的風土の中で格闘してきた行動遺伝学者としては、このような形で遺伝が表現され、世に出始めていることに心強さを覚えます。

上大岡さんのイラストはとても印象的なのでどこかで見たことはあったものの、手に取って読んだことはなく(すみません)、調べさせていただいたら、やはり「自分を変える方法」のような作品を描かれている方だからでしょう、一卵性でも異なること、同じ遺伝的素質を持っていても変わることができること、そこにエピジェネティクスの話をからめて説得力を持たせていらっしゃるところが、やっぱりそうなるか、と思いました。

確かに同じ遺伝子をもった人間である一卵性双生児にも生ずる違いというのは、人生において少なからぬ意味があります。どちらも単体なら十分イケメンなのに、そのイケメン度がほんのちょっとだけ違っていたおかげで、一方ばかりがよくモテていた一卵性の話は、たぶん私の本(実際は小学生の話ですが)からインスパイアされたものだと思い、私も好きな(?)話としてよく取り上げます。
 

しかしながら自分は行動遺伝学者としては、それでも遺伝的に似ていること、すなわち遺伝に規定されていること自体に、もっと積極的な意味があることを実証的に表現したいと思っています。つまり「遺伝のままで変わらなくても十分によいのだ」ということを、きれいごとではなくリアリティをもって認識できるような研究成果や論考を世に出したいと思っています。

なのでエピジェネティクス(遺伝子が発現するプロセスで後天的に生ずる化学的なスイッチのオンオフ現象)による変化にあまり期待しない方がいい、なぜならエピジェネティックな変化はそれ自体遺伝的なコントロール下にあるか、ランダムな現象であることが多く、意図的におこさせて望ましい結果をもたらす(たとえばこんな環境や刺激や訓練をするとこういうエピジェネティックな変化が起こって病気が治ったり能力が高まるのような)安定した成果は報告されていないし、たいがいはむちゃくちゃ強いストレスの下で生じた変化(人間だと戦争で追い詰められて飢餓状態に陥った人たちの子どもやその孫のような)の変化だから。

しかも人によってエピジェネティクスを起こるもとになる遺伝子配列そのものが違い、変化してもやはり人による遺伝の違いの影響は残るのだからと、最近の私の著書『能力はどのように遺伝するのか』(講談社ブルーバックス)や『教育は遺伝に勝てるか?』(朝日新書)、あるいは来月刊行予定の橘玲さんとの対談本『運は遺伝する――行動遺伝学が教える成功法則』(NHK新書)ではそのあたりを表現したつもりです。

行動遺伝学者はこのようにみんなの期待に反する身もふたもないことを平気で言わざるを得ないところが、自分でも嫌ではあるんですが、その時は「私が言っているんじゃなくてデータが言ってるんです」と、卑怯者を決め込んでいます。というか、現実を冷静に受け止めることも大事だと思うので。

ただ一方で、上大岡さんがおっしゃる「変わりたい」と思う気持ちというのも、その人の遺伝的素質の生み出したものなんですよね。人間、ひとりひとりみんな遺伝的条件が違いますから、自分が置かれたそのとき状況や自分が解決しなければいけない課題に、完全ピッタリとマッチした遺伝子の持ち主なんか誰もいないわけです。

ですから、自分の遺伝子が求める方向に変えたいという気持ちが必ず生ずるのだと思います。だから場所を変えたり、行動を変えたり、新しいことを学んだり、いま現実にはないことを空想したりして、いまよりもっと自分の遺伝子にマッチした状況を作り出そうとしているのではないかと。つまり「変わりたいと思う自分」も遺伝子が生み出した自然な自分なんであって、そういう気持ちまで変える必要はないんです。

なんだか言葉遊びをしているように聞こえるかもしれませんが、これは言葉の世界ではなく、実際、生物としてのヒトの中で現実に起こっているであろうことを言葉で表現しようとすると、どうしてもこういう風になってしまうものなのだと思います。

長々と失礼しました。

上大岡さんには、今後もこの路線での作品を期待しております。


安藤寿康(あんどう・じゅこう)
1958年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、同大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。慶應義塾大学名誉教授。教育学博士。専門は行動遺伝学、教育心理学、進化教育学。日本における双生児法による研究の第一人者。『遺伝子の不都合な真実─すべての能力は遺伝である』(ちくま新書)、『日本人の9割が知らない遺伝の真実』『生まれが9割の世界をどう生きるか─遺伝と環境による不平等な現実を生き抜く処方箋』(いずれもSB新書)、『心はどのように遺伝するか─双生児が語る新しい遺伝観』『能力はどのように遺伝するのか 「生まれつき」と「努力」のあいだ』(講談社ブルーバックス)、『なぜヒトは学ぶのか─教育を生物学的に考える』(講談社現代新書)、『教育の起源を探る─進化と文化の視点から』(ちとせプレス)など多数の著書がある。

関連書籍

上大岡トメ『遺伝子が私の才能も病気も決めているの?』

健康、容姿、頭の良さ、運動神経、性格… 今の私は、遺伝のせい?  努力のおかげ? 人体の設計図、遺伝子を理解すれば、新しい自分を発見できる! 人類38億年分の記憶を受け止め、私たちのカラダをかたちづくる遺伝子。その秘密と可能性をマンガでわかりやすく解説!

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遺伝子が私の才能も病気も決めているの?

2023年9月6日発売『遺伝子が私の才能も病気も決めているの?』について

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上大岡トメ

イラストレーター。東京都生まれ。一級建築士、ヨガインストラクター。
日常を機嫌よく過ごすことがとても重要と考えており、そのための方法を日々模索している。趣味はバレエ、ピアノ、神社さんぽ。特技はいい姿勢を保つこと。『キッパリ!たった5分間で自分を変える方法』(幻冬舎)はミリオンセラー。『のうだま!1、2』(池谷裕二氏との共著)、『老いる自分をゆるしてあげる。』(ともに幻冬舎)『マンガで解決 親の介護とお金が不安です』(主婦の友社)等著書多数。高齢の犬と山口県で暮らす。

ウェブサイト「トメカミカメト」http://tomekami.com

 

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