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フィンランドで暮らしてみた

2022.05.13 更新 ツイート

フィンランドで考える「移民同士」の移民問題 芹澤桂

ヘルシンキの地下鉄駅は古くさい。1980年代のメトロ開業当初からある駅のいくつかは老朽化も進んでおり改装工事ばかりしているわりに地上では忘れ去られたような、飴色の椅子が置いてあってラップにくるまれたサンドウィッチが売られているカフェや、大型チェーン店に吸収されそびれて携帯ストラップを売り続けている雑貨店などが、プラットフォームに降りる前の地下通路に残っていたりする。

 

そんな駅の中のひとつ、大通りに面した入口から階段をひとつ降りたちょっとしたホールに私はエリックと立っていた。メトロから降りて来た人、今から乗る人で平日昼間だというのに人通りは多い。

採光窓があり地下とはいえ5月の午後の、寒い外気とは裏腹に強気な日差しが斜めに入ってきて、メトロ駅のグレーのタイル床をよりみすぼらしく照らしていた。

エリックは「これを」と茶色い何かを差し出した。包まれていない本革の小銭入れだった。受け取って裏返すと観光名所なのか鮮やかな絵付けがしてあって、いかにもおみやげ物屋にありそうだった。彼の故郷の国のものだという。

「信頼してくれてありがとう」

エリックはそう言い、私は彼の仕事の手際よさにお礼を言った。

パートナー選びに苦戦

フィンランドで働き始めて思った以上に難しかった仕事が、外部の協力会社の選出だった。

日本で働いていたときも開発会社などに仕事を依頼することはあったので、だいたいのやり方はもちろん知っていた。マッチングサイトを利用したり単純に検索したり知人から紹介を受けたりして選んだ数社から見積もりを出してもらい、最終的に依頼をする。

しかし実際に商品の撮影をする写真スタジオを選ぶタスクを任されてみると、小さい疑問にあたり続けてしまう。

まず、値段の相場がわからない。日本だとこのぐらいと思っていた価格が、フィンランドになるとだいぶ違う。そもそもフィンランドでは人件費が高いため、外部の誰かに仕事を依頼をすると日本よりかなり高くつく。この見積額は正当なのか……? と調べまくることになる。

最終的にそこは会社のお金だからいいとしても、その協力会社が本当に信頼に当たるかどうかの見極めも、なかなか難しかった。この会社怪しいな……という嗅覚が、外国だと鈍る。

例えば「わが社は絶対の自信をもって顧客を100%満足させるサービスを提供します」などとウェブサイトに書かれていたら、日本だったら怪しいなと思う。アメリカだったら言いかねないなと思う。イギリスだったら、ドイツだったら、スペインだったら、と国ごとの判断基準は違ってくる。フィンランドの会社だったらそこまで自信満々に謳うことはあまりないのだけれど、経営者がフィンランド人じゃないとまた事情が違ってくるのでそこも要確認。LinkedInのレビューだけじゃなく従業員のプロフィールなんかも目を通す。

何を「信頼」するのか

そうやって選んだ3社に見積もりをお願いした。それぞれ、

  • 知人の紹介のフリーランサー、性格の良さは知人のお墨付き
  • 過去に会社と付き合いのある大手、技術に信頼あり
  • ネット上で見つけてきた新規の会社、まったくの未知

という具合で1か2に頼むことになるんだろうな、と思っていた。しかし実際に出てきた見積もり額を比較すると3の会社が安く、会ってみることにしたのだ。それが冒頭のエリックの会社だった。

3人で回している小さな会社であり、エリックは中米の出身、その他の従業員もみな外国人だと彼らの会社のウェブサイトに書かれていた。

実際に会うまでの間、私は自分自身が移民であるにも関わらず移民にお願いしても大丈夫だろうかと少し心配した。ここ数年フィンランドでも移民系の不法雇用のニュースが後を絶たず、居住ビザを発行するからと安く雇ったり、ひどいケースでは従業員のパスポートを雇い主が取り上げて国に帰れないようにしたり、という話はしょっちゅう耳にする。

しかもエリックの会社は提示額が安いわりに工数も他の会社よりはるかに短い。どういうからくりだろうと彼らのオフィスにお邪魔しテスト撮影をしてもらうと、なんてことはない、ただ働き者で熟練者というだけだった。

エリックはカメラマンで、フィンランドに来て会社を立ち上げる前に自分の国では大きな仕事をいくつも手掛けていた。経験はたっぷりである。それに加えフィンランド特有の、平日の仕事は16時まで、土日は当然働かず、なんなら金曜日の午後も早い時間にどろんするというような制約がない分、工数も短いのだった。

もちろん土日も働くのがいいこととは言わない。どちらかと言うとパートナー会社には無理をせずしっかり休んでもらえるスケジュールで仕事をお願いしたい。でも彼らはまったく気にしない様子だった。

移民による移民問題

結局私はエリックの会社を採用することに決めた。

何度もやり取りしていくうちに彼らの対応が非常に細やかで、仕事も早く、クオリティの高いことに何度も感謝した。こちらの手違いで混乱が生じたときも社員の一人が素早くカバーしてくれ頼もしいことこの上ない。関係ないけど彼らのオフィスのコーヒーも格別においしかったし、たまに顔を出すとちょっとした雑談も楽しく、みんなでフィンランドの寒い春をネタに笑ったりもした。

瞬く間に撮影は終わり、最後に彼らのオフィスを訪れたとき、最寄りの地下鉄駅まで私を見送りがてらエリックが例の革の小銭入れを渡してくれた。

「うちの会社を信頼してくれてありがとう」

とエリックは言い、私は一瞬で悔しさに苛まれる。聞けばエリックは数年前に起業したもののコロナや移民であることで、なかなか仕事を取るのは難しかったという。

フィンランド人の多くは英語を話し、外国人でも英語さえできれば仕事は見つかる、と言われている。しかしそれは建前で、実際に選択肢にフィンランド語と英語の話せる現地人と、英語とよくわからない国の言語しか話せない外国人がいて、技術や経験が対等ならば前者が選ばれるケースの方が非常に多い。これは私も就職活動で何度も肌で感じて来たことだ。

エリックの言葉は、彼にも移民であることを理由に信頼をしてもらえなかった経験が山ほどあるのだろうと私に感じさせた。こんなにいい仕事をする人たちなのにそんなどうでもいい偏見と闘わなければいけないなんて、と自分が移民ビジネス云々を心配していたことはそっちのけに憤りを覚えた。私の狭い交友範囲で役に立てるかはわからないけれど、ポートフォリオを送ってくれたら拡散するよ、とも請け合った。

その後エリックと別れた帰りのメトロの中で、私は移民がこれ以上不当な偏見を受けないよう、自分自身が最上の仕事をし続けていくことを誓った。

(ようやく春めいてきました)
(小銭いれ。デスク周りの細かいものを入れている)

関連書籍

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コメント

林けいこ  フィンランドで考える「移民同士」の移民問題|フィンランドで暮らしてみた|芹澤桂 - 幻冬舎plus https://t.co/FBcAAoJlUS 7日前 replyretweetfavorite

幻冬舎plus  〈その協力会社が本当に信頼に当たるかどうかの見極めも、なかなか難しかった。この会社怪しいな……という嗅覚が、外国だと鈍る。〉 外国で働くことの大変さが伝わってきます。その中でのエピソードに感動しました(鈴) |フィンランドで暮… https://t.co/1NA4k7KPYp 7日前 replyretweetfavorite

幻冬舎plus  [公開] フィンランドで考える「移民同士」の移民問題|フィンランドで暮らしてみた|芹澤桂 https://t.co/1jdKdjpfaD 7日前 replyretweetfavorite

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気づけばフィンランド人と結婚して、ヘルシンキに暮らしてた! しかも子どもまで産んだ!

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芹澤桂 小説家

1983年生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業。2008年「ファディダディ・ストーカーズ」にて第2回パピルス新人賞特別賞を受賞しデビュー。ヘルシンキ在住。

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