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奇跡のバックホーム

2023.08.06 公開 ポスト

【追悼 横田慎太郎さん】「野球の神様は、本当にいる」――そう確信した引退試合、運命のラストプレー横田慎太郎

22歳、プロ4年目で脳腫瘍の宣告。18時間に及ぶ大手術、2年間の闘病とリハビリ、回復しない視力、24歳での引退試合――絶望に立ち向かう姿に誰もが涙した、感動の実話。

7月18日、元阪神タイガース・横田慎太郎さんが逝去されました。あらためてご冥福をお祈りいたします。

間宮祥太朗さんが横田さん役を演じたドキュメンタリードラマ『奇跡のバックホーム』が、8月6日(日)13:55からテレビ朝日・KKB鹿児島放送にて追悼番組として再放送されることになりました。
原作となった『奇跡のバックホーム』(幻冬舎文庫)より、序章を再公開します。

*   *   *

「横田、センターに入れ!」

ベンチ横でキャッチボールをしていた僕に、平田勝男・二軍監督が突然呼びかけました。

2019年9月26日――阪神鳴尾浜球場で行われたウエスタン・リーグ、阪神タイガース対福岡ソフトバンクホークス戦。タイガースが2対1とリードして迎えた8回表ソフトバンクの攻撃、ツーアウト二塁の場面でした。

「センター、横田」

アナウンスを受け、背番号124のユニフォームに袖を通した僕は、2016年9月25日のウエスタン・リーグのソフトバンク戦以来、1096日ぶりにセンターの守備につくことになりました。

いつものように全力疾走でポジションに向かった僕は、定位置にたどりつくと、グラウンドを振り返りました。

「あっ」

びっくりしました。

「なんてきれいなんだ……」

それまで練習や試合で何度も目にしてきたはずの光景。でも、そのとき僕の目に飛び込んできたそれは、まったく違っていました。

眼前に広がる青空、その下で鮮やかに光り輝く芝生の緑、観客で埋まったスタンド。

「こんなに美しかったんだ!」

僕は感動していました。そして心の底から思いました。

「ここまで野球をやってきてよかった」

なぜ、景色がそれまでと異なって映ったのか、理由はわかりません。でも、その景色を目にして、僕は誓いました。

「よし、絶対に何かやってやる!」

なぜなら、それは僕にとって最後の試合、引退試合だったから――。

 

プロに入って6年。志なかばの24歳で引退せざるをえなかった原因は、脳腫瘍です。

発覚したのは2017年2月、春季キャンプのさなか。すぐに2度の手術を行い、半年におよぶ闘病生活を経て、2018年のシーズンに育成選手としてグラウンドに復帰しました。背番号はそれまでの「24」から「124」になりましたが、「24番を取り返し、もう一度試合に出る」ことを目指して毎日練習を続けました。

その結果、体力や筋力はほぼ以前の状態に戻りました。でも、どうしても回復しなかったものがひとつだけありました。

――目です。

2度目の手術の後、一時は完全に視力が失われました。まったく見えなくなったのです。その後、少しずつ回復していきましたが、2年以上たっても、完全には戻らなかった。ボールが二重に見えたり、角度によってはまったく見えなくなったりするのです。

これはプロ野球選手にとっては致命的です。努力すればなんとかなるというものでもない。目標をあきらめるのは本当に悔しかったけれど、僕は2019年のシーズンでユニフォームを脱ぐ決心をしました。

 

代わった直後の初球でした。

いきなりの大飛球。正直、打球はよく見えていませんでしたが、ボールは背走した僕の頭を越え、タイムリー二塁打となりました。

これで同点となり、なおランナー二塁。バッターボックスにはソフトバンクの6番バッター、塚田正義さんが入りました。

ファウルの後の2球目。塚田さんが弾き返した打球は、ライナーとなって僕に向かってきました。気がつくと前に出ていた僕は、ワンバウンドでボールを拾い上げると、そのままバックホーム。ボールはまっすぐ伸び、ノーバウンドでキャッチャーの片山雄哉さんのミットにおさまりました。

「アウト!」

審判のコールと同時に、スタンドが一斉にわきました。

走ってベンチに戻る僕を、チームのみんなが拍手で迎え、肩や頭を叩いて喜んでくれました。そのなかには、まだシーズン中にもかかわらず、僕のために駆けつけてくれた一軍選手のみなさんや、鹿児島からやってきた父、母、姉の姿もありました。

 

ベンチ裏にいた鳥谷敬さんが言いました。

「横田、野球の神様って、本当にいるんだな」

その瞬間、涙があふれてきました。

野球の神様は本当にいる――僕も心からそう思います。あのバックホームは、自分ひとりの力では絶対にできなかった。

塚田さんの打球も僕には見えていませんでした。正面からバウンドして飛んでくるボールは、距離感がつかみにくく、どのように弾んでくるのかわからない。もっとも見えにくいのです。

復帰してからの僕は、そういう打球が飛んできたときは無意識に下がっていました。だから、このときも身体を引いてもおかしくはなかった。そうしていたら、ボールをはじいて後逸したか、顔にぶつかっていたでしょう。

でも、あの打球に対しては、なぜか自然に身体が前に出た。まるで何者かに背中を押されたかのようでした。ボールもすんなりグローブに収まった。キャッチャーへの送球にしても、それまで試合はおろか、練習でもノーバウンドで返球したことはなかったのです。

あのバックホームは、まさしく神様が導いてくれた奇跡――そうとしか思えない。いま思い出しても鳥肌が立ちます。

記録的には、どうってことのない「補殺1」。それが残っただけです。でも、僕にとってそれは、特別な記録になりました。

*   *   *

この続きは、幻冬舎文庫『奇跡のバックホーム』をご覧ください。

関連書籍

横田慎太郎『奇跡のバックホーム』

「横田、センターに入れ!」1096日ぶりの出場となった引退試合で見せたプロ野球人生最後のプレーはいまだ語り継がれている――。ドラフト2位で阪神タイガースに入団。将来を嘱望されたが、プロ4年目に脳腫瘍に侵され、18時間に及ぶ手術の後には過酷な闘病が待っていた。絶望と苦しみの日々の先に見えたものとは? 感動の自伝ノンフィクション。

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横田慎太郎

1995年、東京都生まれ。父は元ロッテオリオンズの横田真之氏。鹿児島実業高校卒業後、2013年ドラフト2位で阪神タイガース入団。2017年、原因不明の頭痛が続いたため精密検査を受けたところ、脳腫瘍と診断される。2018年からは育成契約に移行し復帰を目指したが、2019年に現役引退を発表。引退試合で見せた「奇跡のバックホーム」が話題となる。現在は鹿児島を拠点に、講演、病院訪問など幅広く活動している。著書に『奇跡のバックホーム』(幻冬舎文庫)がある。

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