22歳、プロ4年目で脳腫瘍の宣告。18時間に及ぶ大手術、2年間の闘病とリハビリ、回復しない視力、24歳での引退試合――絶望に立ち向かう姿に誰もが涙した、感動の実話。
7月18日、元阪神タイガース・横田慎太郎さんが逝去されました。あらためてご冥福をお祈りいたします。
間宮祥太朗さんが横田さん役を演じたドキュメンタリードラマ『奇跡のバックホーム』が、8月6日(日)13:55からテレビ朝日・KKB鹿児島放送にて追悼番組として再放送されることになりました。
原作となった『奇跡のバックホーム』(幻冬舎文庫)より、序章を再公開します。
* * *
「横田、センターに入れ!」
ベンチ横でキャッチボールをしていた僕に、平田勝男・二軍監督が突然呼びかけました。
2019年9月26日――阪神鳴尾浜球場で行われたウエスタン・リーグ、阪神タイガース対福岡ソフトバンクホークス戦。タイガースが2対1とリードして迎えた8回表ソフトバンクの攻撃、ツーアウト二塁の場面でした。
「センター、横田」
アナウンスを受け、背番号124のユニフォームに袖を通した僕は、2016年9月25日のウエスタン・リーグのソフトバンク戦以来、1096日ぶりにセンターの守備につくことになりました。
いつものように全力疾走でポジションに向かった僕は、定位置にたどりつくと、グラウンドを振り返りました。
「あっ」
びっくりしました。
「なんてきれいなんだ……」
それまで練習や試合で何度も目にしてきたはずの光景。でも、そのとき僕の目に飛び込んできたそれは、まったく違っていました。
眼前に広がる青空、その下で鮮やかに光り輝く芝生の緑、観客で埋まったスタンド。
「こんなに美しかったんだ!」
僕は感動していました。そして心の底から思いました。
「ここまで野球をやってきてよかった」
なぜ、景色がそれまでと異なって映ったのか、理由はわかりません。でも、その景色を目にして、僕は誓いました。
「よし、絶対に何かやってやる!」
なぜなら、それは僕にとって最後の試合、引退試合だったから――。
プロに入って6年。志なかばの24歳で引退せざるをえなかった原因は、脳腫瘍です。
発覚したのは2017年2月、春季キャンプのさなか。すぐに2度の手術を行い、半年におよぶ闘病生活を経て、2018年のシーズンに育成選手としてグラウンドに復帰しました。背番号はそれまでの「24」から「124」になりましたが、「24番を取り返し、もう一度試合に出る」ことを目指して毎日練習を続けました。
その結果、体力や筋力はほぼ以前の状態に戻りました。でも、どうしても回復しなかったものがひとつだけありました。
――目です。
2度目の手術の後、一時は完全に視力が失われました。まったく見えなくなったのです。その後、少しずつ回復していきましたが、2年以上たっても、完全には戻らなかった。ボールが二重に見えたり、角度によってはまったく見えなくなったりするのです。
これはプロ野球選手にとっては致命的です。努力すればなんとかなるというものでもない。目標をあきらめるのは本当に悔しかったけれど、僕は2019年のシーズンでユニフォームを脱ぐ決心をしました。
代わった直後の初球でした。
いきなりの大飛球。正直、打球はよく見えていませんでしたが、ボールは背走した僕の頭を越え、タイムリー二塁打となりました。
これで同点となり、なおランナー二塁。バッターボックスにはソフトバンクの6番バッター、塚田正義さんが入りました。
ファウルの後の2球目。塚田さんが弾き返した打球は、ライナーとなって僕に向かってきました。気がつくと前に出ていた僕は、ワンバウンドでボールを拾い上げると、そのままバックホーム。ボールはまっすぐ伸び、ノーバウンドでキャッチャーの片山雄哉さんのミットにおさまりました。
「アウト!」
審判のコールと同時に、スタンドが一斉にわきました。
走ってベンチに戻る僕を、チームのみんなが拍手で迎え、肩や頭を叩いて喜んでくれました。そのなかには、まだシーズン中にもかかわらず、僕のために駆けつけてくれた一軍選手のみなさんや、鹿児島からやってきた父、母、姉の姿もありました。
ベンチ裏にいた鳥谷敬さんが言いました。
「横田、野球の神様って、本当にいるんだな」
その瞬間、涙があふれてきました。
野球の神様は本当にいる――僕も心からそう思います。あのバックホームは、自分ひとりの力では絶対にできなかった。
塚田さんの打球も僕には見えていませんでした。正面からバウンドして飛んでくるボールは、距離感がつかみにくく、どのように弾んでくるのかわからない。もっとも見えにくいのです。
復帰してからの僕は、そういう打球が飛んできたときは無意識に下がっていました。だから、このときも身体を引いてもおかしくはなかった。そうしていたら、ボールをはじいて後逸したか、顔にぶつかっていたでしょう。
でも、あの打球に対しては、なぜか自然に身体が前に出た。まるで何者かに背中を押されたかのようでした。ボールもすんなりグローブに収まった。キャッチャーへの送球にしても、それまで試合はおろか、練習でもノーバウンドで返球したことはなかったのです。
あのバックホームは、まさしく神様が導いてくれた奇跡――そうとしか思えない。いま思い出しても鳥肌が立ちます。
記録的には、どうってことのない「補殺1」。それが残っただけです。でも、僕にとってそれは、特別な記録になりました。
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この続きは、幻冬舎文庫『奇跡のバックホーム』をご覧ください。