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『将棋記者が迫る 棋士の勝負哲学』著者インタビュー

2022.02.11 公開 ポスト

将棋記者“に”迫る! 後編

藤井竜王よりも、さらに年下の“有望株”は――。村瀬信也(朝日新聞 将棋担当記者)

1月26日発売の新刊『将棋記者が迫る 棋士の勝負哲学』。

著者である朝日新聞の将棋担当記者・村瀬信也氏に、普段とは逆の取材を受ける側となっていただき、本書への想いや、印象に残った棋士や対局のエピソードなどを伺いました。

ここでしか聞けない話を全2回の記事でお届けします。(聞き手・構成:丸山祥子/撮影:植一浩)

前編から読む

*   *   *

間近で見た名人戦。羽生九段と森内九段「平成の名勝負」

――村瀬記者は順位戦、名人戦、朝日杯を中心に取材されています。特に記憶に残っている対局を教えてください。

名人戦における羽生九段と森内九段の戦いはどれも印象深いですね。この二人は名人戦で9回も対決していて、「平成の名勝負」とも呼ばれています。

特に、私が観戦記を担当した2013年の第71期名人戦七番勝負第5局。この年の名人戦開幕前、羽生九段は好調だったのに対して、森内九段は勝率が5割ほどで、羽生九段が名人を奪取するのではという声が大きかったんですよね。

ですが、蓋を開けてみると、4勝1敗で森内九段が防衛。羽生対森内戦においては、単純に不調好調とかでは計れない、長年戦ってきた二人だからこその力関係や駆け引きみたいなものがあるのかなと間近で見ていて思いました。

 

――観戦記を担当されたということで、タイトル戦の対局室の様子はいかがでしたか?

対局室は本当に閉ざされた空間で、ひりつくような緊張感があるんですが、投了が近づくと、この勝負はそろそろ終わるなという気配が何となくあるんですよね。その時の羽生九段は全力で集中しているという雰囲気から、少し力が抜けたというか空気が緩む感じがありました。想像以上に、とても静かな幕切れでしたね。

名人と挑戦者が盤を挟んで向かい合い、何時間も激しい真剣勝負を戦うわけですが、最後は穏やかな空気が漂って幕切れを迎えるという、ある種の様式美みたいなものを感じとりました。その後、報道陣がガヤガヤ入ってきてまた空気が一変する。今は一部始終を中継で見られたりもしますが、これがタイトル戦の場なんだということを、肌で感じました。

 

――中継を見ていても、投了間際の独特な空気感を感じます。最近はマスクを付け替えたりすると投了されるのかなと思いますね。

対戦相手でもそう思うらしいですよ。皆さんいろいろなクセがありますよね。藤井竜王だと、ちょっと上を向いて回想しているような仕草をされます。1月に名古屋で行われた朝日杯オープン戦本戦トーナメント準々決勝の対永瀬拓矢王座戦の時もそんな様子でした。

記事を書く側としても、対局がいつ終わるかはとても重要なので対局者の様子は気をつけて見ています。特に新聞の場合は締め切りがありますし。

――羽生九段の話が出ましたが、先日A級順位戦で降級が決まった時も取材されていましたね

この一戦も忘れられない取材になりました。対局後、羽生九段に降級とB級1組で指すことについて尋ねました。

後者の質問は「永世名人の経験がある棋士はB級1組で指すことをよしとせず、フリークラスに転向する」という前例があるからです。まだ最終戦を残した段階で質問するのは心苦しかったのですが、大きな注目を集めていただけに聞かざるを得ませんでした。

羽生九段の返答は「まだ何も考えていない。次の対局に全力を尽くしたい」。私も、まずは最終戦の羽生九段の戦いぶりをしっかり見たいと思います。

タイトル戦で藤井竜王に勝つ棋士は現れるのか

――現在、藤井竜王が渡辺明王将に挑戦する王将戦七番勝負が行われています。

史上最年少での五冠獲得まであと一勝と迫りました。五冠になったら、本当に八冠に近づいたなあと、その時が近づいたなあと思いますね。

最年少でのプロ入りや公式戦29連勝の時もそうですが、これまで取材していて、まさかこんなことは起きないだろうという偉業を次々に達成されてきた。何があっても、もう驚かないと思います(笑)。

今後の注目点は、王将を取ったら、次は王座の挑戦権を獲得できるか。今持っているタイトルの防衛を前提として、王座を奪取すると六冠になりますね。あとは順位戦でA級に昇級して、来年度名人に挑戦できれば、史上最年少で名人になれるかどうかも期待されるでしょう。

 

――藤井竜王はタイトル戦でまだ負けていないというのも驚異的です。

藤井竜王にタイトル戦で勝つことができる棋士が現れるのかどうかにも関心が高まっていますね。一発勝負の場合、とっておきの作戦をぶつけてうまくいくこともありますが、やはり一発勝負と番勝負とでは違うんです。棋士の皆さんがよく話しているのは、タイトル戦だと藤井竜王に3つ、4つ勝たないといけない。結局3勝、4勝するのが大変だということですよね。

ただ、藤井竜王でも常に勝ち続けるのはやはり簡単なことではありません。最近では千田翔太七段がB級1組順位戦で、先ほどお話ししたように永瀬王座が朝日杯の準々決勝で藤井竜王から白星を挙げています。他の棋士も藤井竜王と対戦する時は、より一層研究を深めて挑むと思います。

 

――藤井竜王のご活躍を記者としてどう感じていらっしゃいますか?

三冠より四冠、四冠より五冠のほうがもちろんすごいんですけど、そのすごさの違いをどう表現したらいいのか、記者としては本当に悩ましいです。

どうして藤井竜王ばかり勝つのか、他の棋士とは何が違うのか、読者も知りたいはず。天才だからと言ったらそれまでですけど、普段の取材の中で、こういう背景があってこういう出来事があったとか何か取っかかりを見つけて、もう少し説得力があるように書けないかということはずっと考えています。

本にも書きましたが、本人の人柄もあって、いろいろ質問しても結局威勢のいいことはあまり返ってこないんですよ。どこまでが本心なのだろうとは常々感じています。語りたくないこともあるかもしれませんが、こちらの聞き方を変えることで本音を引き出せるんじゃないかなとも思っています。

多くの棋士にとって、藤井竜王との対局は特別

――「藤井一強時代」とも言われています。棋士の先生方はどうお考えなのでしょうか?

藤井竜王の活躍が将棋ブームにつながっていることは間違いないので、そういう意味では感謝していると思います。ただ、勝負として考えた時に、一人だけが勝ちまくる世界が本当に面白いのかと闘志を燃やす人もいるでしょう。

藤井竜王は今タイトルをたくさん持っていて、予選を戦う必要がなくなったので、なかなか対局が組まれない存在になりました。前に朝日新聞の記事にも載りましたが、飯島栄治八段はお子さんに「お父さんは藤井さんと対局したの?」と聞かれたそうです。「まだだよ」って。「対戦したよ」って早く言いたいと話されていました(笑)。

多くの棋士にとって、藤井竜王との対局は特別で、言わば「ハレの日」みたいなんですよね。順位戦であれば持ち時間6時間を使って、一日中自分のすべてをぶつけ合える。しかも、藤井竜王の対局は中継されるので、家族や将棋教室の生徒も見ることができる。藤井竜王と当たりたいという気持ちを持っている棋士はすごく多いと思います。

 

――村瀬記者ご自身も将棋ブームを実感されていますか?

ここ数年で将棋ファンは確実に増えたと思います。特に女性ファン。観る将が増えましたね。朝日杯の名古屋対局でも、棋士が間近で見られる対局場は圧倒的に女性が多かったです。

藤井竜王はもちろん、豊島九段や永瀬王座、斎藤慎太郎八段、佐々木勇気七段といった若手の棋士に注目が集まっているように感じます。朝日新聞で配信しているYouTube(囲碁将棋TV -朝日新聞社 -)の再生回数を見てみたら、佐々木七段に登場してもらった回の再生回数は多かったですね。

藤井竜王のような才能を持った子はいるのか

――藤井竜王のような才能を持った子、将来有望な子の情報があったら教えてください。

現在、中学1年で奨励会二段の山下数毅(やました・かずき)くん(13)、中学2年で奨励会二段の鷹取尚弥(たかとり・なおや)くん(14)が強いという噂はよく耳にしますね。どちらも関西所属です。実際に話したことはありませんが、年齢と勢いからすごいんだなと感じます。

藤井竜王のような才能を持っているかどうかはわからないですね。定義にもよりますが、藤井竜王は厳密にいうとAI世代ではないと思います。まずプロレベルのベースがあって、そこから序中盤の力を伸ばすため奨励会三段になってAIを採り入れています。藤井竜王のすごさというのは、本質的にはAIを使っているからではなく、もともと兼ね備えていた読みの速さや、詰将棋っぽい派手な一手だったりします。

今の奨励会員の子たちは、藤井竜王以上にAIの影響を受けている世代であることは間違いありません。無料の将棋ソフトをダウンロードすれば、誰でも簡単に使えるようになったのはここ数年ですから。世代といっても、5歳、6歳の歳の差ですね(笑)。

10年後、藤井竜王は30歳の指し盛り。新世代とどう戦うか

――最後に、10年後の将棋界はどう変わっていると思いますか?

この10年でも大きく変わりましたので、10年後を読むというのはなかなか難しいです(笑)。
先ほどお話ししたAIで強くなった世代がプロになるのは、あと数年ですね。藤井竜王のようにデビュー直後から勝ちまくるのかもしれないし、しばらく経ってから勢いが出てくるのかもしれません。

誰も考えつかないような手を指す藤井竜王でも、他の棋士と共通の価値観というか将棋のベースとなっている部分は多いと思います。「ここではこういう手」「まあそうですね」と。

今後は、ひょっとしたら共有する部分が少ない棋士が出てくる可能性もあります。藤井竜王自身も、これからもっと進化して強くなるんでしょうが、そもそも感覚が違う指し手で来られたらやっぱり戸惑ったりすると思うんですよ。そういった世代との対戦を見るのは楽しみです。10年後、藤井竜王は30歳の指し盛りですね。

(了)

関連書籍

朝日新聞記者 村瀬信也『将棋記者が迫る 棋士の勝負哲学』

藤井聡太、渡辺明、豊島将之、羽生善治…… トップ棋士21名の知られざる真の姿を徹底取材!! 史上最年少で四冠となった藤井聡太をはじめとする棋士たちは、なぜ命を削りながらもなお戦い続けるのか――。 「幻冬舎plus」の人気連載『朝日新聞記者の将棋の日々』に大幅加筆をし、書き下ろしを加えてついに書籍化。 藤井聡太の登場から激動の5年間、数多くの戦いを最も間近で見てきた将棋記者・村瀬信也が、棋士たちの胸に秘める闘志や信念に迫ったノンフィクション。

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『将棋記者が迫る 棋士の勝負哲学』著者インタビュー

1月26日発売の新刊『将棋記者が迫る 棋士の勝負哲学』。著者である朝日新聞の将棋担当記者・村瀬信也氏に、普段とは逆の取材を受ける側となっていただき、本書への想いや、印象に残った棋士や対局のエピソードなどを伺いました。ここでしか聞けない話を全2回の記事でお届けします。

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村瀬信也 朝日新聞 将棋担当記者

1980年東京都生まれ。早稲田大学将棋部で腕を磨き、2000年の学生名人戦でベスト16に。2003年、朝日新聞社に入社。2008年に文化グループ員になり、2011年から将棋の専属担当に。大阪勤務を経て、2016年、東京本社文化くらし報道部員になり、将棋を担当。名人戦や順位戦、朝日杯将棋オープン戦を中心に取材。共著に『大志 藤井聡太のいる時代』(朝日新聞出版)がある。

Twitter:@murase_yodan

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