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フィンランドで暮らしてみた

2021.11.19 更新 ツイート

楽園のはしっこのハッピーハネムーン 芹澤桂

モルディブのローカルな島に着いた。予約していたゲストハウスは、同じような庶民的なゲストハウスが並ぶ一角にあった。白い塀に囲まれ、敷地内のヤシの木の大きな葉がみょーんと塀の上へとはみ出しており、木製の重たそうなドアの先には前庭があり砂が敷き詰められていた。テーブルと椅子も並べられており朝食もここでとるようだ。ビーチに面していない立地でも砂の上で食事を、というゲストハウスの工夫なのか、もともとこの地が砂に覆われていたのかはわからない。しかしはだしやビーチサンダルで出てきてごはんを食べる、ちょっと冷たいものを飲むというそのスタイルは確実に観光客の心をわしづかみにするのだろうなと容易に想像がつく。というか、うちの旅好きビーチ好き熱帯好き三拍子の夫が好きそうだ。きっと予約のときの決め手もこの砂の前庭だったに違いない。

 

地上の楽園のはしっこ

ゲストハウスのオーナーをはじめとするスタッフは、欧州からやってきた私には少年としか思えないような、浅黒い肌をした小柄な男性陣たちで、正午近い時間に着いた私たちを快く迎えてくれ、本来のチェックイン時刻ではないけれど事前に連絡をしていたおかげで部屋の準備も整っていた。夜通しフライトで起きており時差ぼけと疲れと暑さで一刻も休みたかったのでこれは嬉しかった。

しかし、だ。地上の楽園と呼ばれているモルディブの、その端っこのようなものを私たちは部屋で目にする。

赤子連れということで一階に取ってくれていた部屋は広々としたダブルサイズのベッドが2台あり広さには申し分なかったのだけれど、そのベッド一面にシーツアートとフラワーアートが施されていた。タオルをうまいこと細く丸めてハート型を作ったり、赤い花を散りばめたり、極め付けには笹のような細い葉を使って「Welcome」「Happy Honeymoon」と書かれていたり。どうやら予約時に夫が、一言「ハネムーンで訪れます」などと追記したようで、ゲストハウス側がおもてなし精神てんこ盛りにベッドを飾ってくれたらしい。私はハネムーンだと認めた記憶はないけれど、夫の中ではそういうことにしたのだろう。

水上コテージがこういったハネムーン向けのサービスを行っているのは知っていたけれど、まさかこのお金持ちやハネムーンカップルはあまり来なさそうな小さな島のゲストハウスまでホスピタリティに溢れているとは想像もしていなかった。几帳面に並べられた葉や花には明らかに時間がかけられていて、あの少年のようなスタッフたちがこれを配置したのかと思うと微笑ましい。

満身創痍で楽園に向き合う

結婚してだいぶ経つし子供もしっかり生まれているしそれをハネムーンなんて呼んだらこの国の人たちは私たち夫婦を一体どう思うのだろうという一抹の心配はあったにせよ、そのおもてなしの気持ち自体は純粋に嬉しかった。

どうやらここは本当に楽園の一部なのかもしれないぞ、と記念にシーツアートを写真に収めて、さあ楽園での昼寝を貪ろうと花たちをどけようとしたそのときだ。私は自分がビーチリゾートに乗り気でなかった理由を瞬時に思い出した。

ベッドの上で蟻がうごめいていた。

赤い小さな花弁に紛れ込んでいたのだろう。私と同じ虫嫌いの方のため控えめに、一匹ではなかった、とだけ記しておこう。暗いところを求めて枕の下にも、シーツの中にも。手の施しようがないほどに。

そのあと綺麗な花とスタッフの努力を惜しみつつも飾りを全部取り除き、申し訳ない気持ちいっぱいでシーツを変えてもらって仮眠につけた頃は午後になっていた。部屋についているエアコンはゆっくりと頑張ることに決めたらしく、人の出入りが落ち着いてだんだん冷えてきたかもな、眠りにつけるかもな、というころに赤子の授乳やらおむつ替えやらがあり、満身創痍の状態でハネムーンの始まりである。

(ある意味ホラーのハッピーハネムーン)

ハローベイビー

短い昼寝から起きると夕暮れどきに近かった。しかし外気温は25度、湿度は90%と天然サウナ状態、赤子の体温調整能力がどれほどのものかいまいち心配だったので、日が暮れてから散歩に出かけた。

全長も幅も500メートル程度の島の、地面のほとんどは砂に覆われていた。通りが縦横それぞれ4、5本あっておしまい。迷いにくいサイズだ。島民が家の外に椅子を出して野菜の皮を剥いたり、涼んだりしていた。大家族の中の、一番小さな幼稚園児ぐらいの女の子が飛び出てきて「ハロー!」と元気よく挨拶してくれたかと思うと、おばあさんと思しき顔をしかめた女性に、やめなさいと塀の中に引き戻されていた。どうやら観光客に話しかけるのはこの家庭ではタブーらしい。

赤子を連れていたので、それでも寄ってくる人たちはいた。同じように小さな子を連れた女性や子供たちに、ベイビーベイビーと見せるようにせがまれる。みんな日に焼けていて、綿のワンピースやTシャツ短パンなどの薄着で、健康そうだった。中には片言の英語を話せる人もいて、どこから来たの? 今何ヶ月? などと会話が生まれるけれど複雑な会話には発展せず、答えると相手はニコニコと笑顔を返す。

懐かしい夕暮れ

そのうち島に設置されているスピーカーからお祈りの声が聞こえてきた。宗教によるものだとはわかっているけれど、夕焼けを背景にして流れてくる割れた音声は日本の集落に流れる「早く家に帰りましょう」の放送によく似ていた。洗濯物がなかなか乾きそうにない夕方の湿気との相乗効果で日本の南の方に遊びにきたような錯覚を覚えた。

暗がりが訪れ、それから静かになった。賑やかなのはライトアップされているゲストハウスとカフェ数軒、それもひっそりと灯りを灯している程度で、島全体が団欒の時間に入ってしまったようだった。小さな島では歩いて数分で島の端っこに行き当たってしまい、物音が聞こえると思ったらヤドカリの立てる足音だった、という冗談のような静けさだ。

5泊の予定だったけれど、これからどうやってこの島で過ごすかが課題になってきた。

虫以外に私がビーチリゾートに乗り気でなかった理由として、できることが少ないというのがある。赤子連れでは特に、ダイビングはもちろんシュノーケリングも水上スキーもできない。カヌーも不安がある。

海辺でゆっくりしていればいいのだろうけど、結局やることなんてオムツ替えと授乳との繰り返しなのだからわざわざ費用をかけて遠くまで行く意味はあるのだろうかと旅行前は自問したものだ。

(なんだか懐かしい気持ちにさせられる)

少し好きになってきた

滞在2日目はビーチでのんびりした。ビーチ嫌いでありながらこれまで夫の付き合って沖縄や欧州のリゾート地など海は様々見てきたけれど、ここの海は私がこれまで見たことのない透明度で、空にはうっすり雲がかかっていたのに淡いエメラルドグリーンの輝きを放っていた。

シュノーケリングなんてしなくても珍しい魚がすぐ横を泳いでいくのが肉眼で立ったまま見える。少しビーチが好きになってしまった。

(ビーチが好きになってしまう海)

島のカフェに行き2階の屋根付きテラス席でカレーのような料理を食べた。ワンプレートランチで、量のちょうどよさといいサラダをちょこっと乗せた盛り付け方といい、日本のカフェを思い出し懐かしい気持ちになった。

食後には紫外線が弱まる頃にまたビーチに出向き、浮き輪をつけた赤子を生まれて初めて泳がせてみた。

そして翌日、朝から宿の主催する無人島へのツアーに参加するともう、やることがなくなってしまった。無人島といっても正しくはサンドバンク・砂州と呼ばれるもので、白い砂浜が細長く続き、訪れる観光客向けに藁葺きのパラソルが何本か建てられている、それだけの場所だ。絵葉書のように美しかったけれど探検するような規模ではない。

島のカフェ・レストランも全部で3軒、すべて1回ずつ訪れ、どれもまた訪れてもいいけれどぜひ戻りたいというほどでもない。最初の2軒はコーヒーがインスタントの粉コーヒーしかないらしく、3軒目ではもう聞くのを諦めたほどだ。宿の朝食も同様だったので、次にこの島を訪れるとしたら私はコーヒー豆と道具一式を持っていくだろう。それほどコーヒーに飢えていたのはフィンランドに長くいすぎた証拠かもしれない。

でも3日でやることがなくなってしまった島をまた訪れるかどうか、答えは明らかだろう。

(無人島という名の砂州は細長い)

楽園の裏

私たちは5泊の予定を早めて4日目の朝にこの島を出ることにした。次に滞在する島の方がわずかばかりだけれど大きかったことと、もともと予定変更可能な宿泊プランにしていたことが普段なら重い腰を上げさせた。ビーチならこの国のどこにでもある。それなら新たな島の探索に出かけた方がきっと楽しい、と。

それに実は、この島の、観光客が水着になれる指定のビーチの少し横手、地元の人しか足を踏み入れない海辺にきっと波に乗って流れ着くのだろう、プラスチックゴミが寄せ集められているのを、無人島ツアーに小舟で出かけて行ったときに目にしたのだ。長さ10mほどの小さな湾いっぱいに、隠すように、しかし隠しきれずといった様子で山になっていた。ペットボトルやビニール袋はもちろん、サンダルやお菓子の包装紙などもあった。

これが楽園の裏側なのかもしれない、と思うと、次の楽園の裏も見たくなったというのは否めない。地べたのハネムーンはまだ続く。

(モルディブの夕暮れ)

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芹澤桂 小説家

1983年生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業。2008年「ファディダディ・ストーカーズ」にて第2回パピルス新人賞特別賞を受賞しデビュー。ヘルシンキ在住。

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