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死神さん

2021.09.13 更新 ツイート

#1 儀藤堅忍。ヤツこそが、あの死神だ。 大倉崇裕

豪華キャストで話題沸騰中!
田中圭主演Huluオリジナルドラマ「死神さん」の配信を記念して、
原作となった大倉 崇裕著『死神さん』の内容の一部を試し読みとしてお届けします。

警察の失態をほじくり返す行為ゆえ、指名された相棒刑事の出世の道を閉ざす「死神」と呼ばれている主人公、儀藤堅忍。
現代の暗部を抉るバディ・ミステリーをお楽しみください。

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大塚東警察署刑事課のデスクで、大邊誠(おおべまこと)はスマートフォンの画面に目を落としていた。ネットのニュースサイトにざっと目を通す。目当ての話題は見当たらない。ホッと肩の力を抜いた。
刑事課には、大邊以外、誰もいない。皆、捜査のため街を駆け回っている。

「くそっ」

冷静ではいられない。無性に煙草が吸いたいが、署内は昨年から完全禁煙になった。署から一歩たりとも出るなとの厳命が下っている以上、駐車場の隅で一服というわけにもいかない。
これで二日目。イライラも既に限界だった。

「よう、相変わらずか」

地域課にいる米山(よねやま)がやって来た。年齢は同じ三十五歳、階級も同じ巡査部長だ。自他共に認めるヘビースモーカーの二人は、喫煙所で意気投合、今では時おり、酒を酌み交わす仲となっていた。

「何しに来た」
「おうおう、頭から煙が出てるぜ」
「缶詰にもいい加減、飽き飽きさ。ちょっと神経質すぎやしないか。たしかに俺は、あの事件の捜査本部にいた。ただし、道案内専門の所轄職員としてだぜ。捜査はすべて一課が取り仕切っていたし……」

「そんなことは、みんな判ってるさ。ただ上層部としては、神経質にならざるを得んのだろう。ここんとこ、マスコミには書きたい放題書かれてるからな」
「正面にレポーターの一人でも来てるなら判るぜ。人っ子一人、いやしないじゃないか。ネットで取り上げられたのも一瞬だけ。資産家とはいえ、爺さんが殺された、しかも遺産狙いの身内にだ。マスコミが飛びつくような中身は大してないぜ」

「マスコミは来なくても、死神はやって来るかもしれん」
「けっ、またその話かよ」
「おまえは気楽だよな。捜査本部にいた連中、戦々恐々としているぜ」
「無罪確定と同時に事件の再捜査を始める謎の部署。死神はただ一人の捜査員ってことだよな。そんな身内の傷を抉(えぐ)りだすようなこと、誰がするかよ」

「それをやろうってヤツがいるんだよ」
「警察官が、根拠のないデマに振り回されてどうすんだ。死神だと? バカバカしい」

乾いた革靴の音に、大邊は振り返る。刑事課の戸口に、直属の上司である山田(やまだ)課長が立っていた。
状況をいち早く察したのか、米山はさっと背筋を伸ばし、入場行進でもするかのような足取りで、部屋を出ていった。一人残された大邊は、最近、下腹が目立ち始めた山田と向き合う。

「何か?」
「署長室に来てくれ」

皮膚の表面がざわりと粟だつ、久しぶりの感覚だった。山田は大邊を待つことなく、廊下へと姿を消した。大邊はわざと少し間をおいてから、廊下に出る。署長室は一階上だ。大邊は一段飛ばしで階段を駆け上がり、上り切ったところで、山田に追いついた。正面にある署長室のドアを、山田が控えめにノックする。

「入れ」

牛島(うしじま)署長の太い声が聞こえた。

「山田です。大邊を連れてまいりました!」

大塚東警察署の建物は老朽化が激しく、署長室も例外ではない。低い天井に小さい窓、磨くだけでは取り切れない、汚れがこびりついた床。
ダークブラウンのデスクだけは署長の威厳を保っていたが、それも、通販などで買える組立式の安物であることを、大邊は知っている。
デスクの前には来客用の応接セットがあり、合皮製の硬いソファに、グレーのスーツを着た、地味で小太りの男が腰を下ろしていた。

頭髪は薄く、今ではあまり見かけない、黒縁の丸メガネをかけている。大邊はさっそく品定めを始めたが、どうにも正体を絞りこめない。
銀行員、保険の営業マン、商社マン──デパートの外商のようでもあり、それでいて、キャッチセールスの呼びこみのごとき、うさんくささも感じる。

「私、こういうものです」

男は立ち上がり、名刺を差しだした。それはかつて見たこともない、不思議なものだった。そこに記されていたのは、「警部補 儀藤堅忍(ぎどうけんにん)」という階級と名前だけ。所属部署、連絡先などはいっさい書かれていない。
儀藤は大邊の戸惑いを楽しむかのように、厚い唇を緩めた。

「警視庁の方から来ました。よろしくお願いします」

どうしようもなくなり、大邊は署長に助けを求めた。しかし牛島署長の目は、こちらの視線をわざとらしく避け、未決の箱に山積みとなった書類の側面をふらふらと漂っている。

「大邊巡査部長、どうぞおかけ下さい」

甲高い声で儀藤は言い、大邊を待つことなく腰を下ろした。状況の見えない不安に、口の中が乾いていた。腰を下ろしたものの、何とも居心地が悪い。モジモジと尻を動かすたび、キュキュと合皮が音をたてた。

「まあ、そんなに緊張なさらないで」

儀藤はゆったりとソファにもたれ、臍(へそ)の前で手を組んでいた。

「今日からしばらくの間、あなたには通常の仕事を外れてもらいます」
「は?」
「そんなに長くはならないと思います。二、三日ってところでしょう。よろしく」
「よろしくって……」
「署長の許可は取ってあります。まあ、許可が出なくとも、結果は変わらないのだけれど」

メガネの奥で、やや垂れぎみの細い目が、不気味に光った。嫌な目だった。

「待って下さい。あなたが警視庁から来たことは判りました。しかし、私にも現在、抱えている事件が……」
「そんなものは考えなくていい」
「何ですって?」

「他の者にやらせておけばいい。あなたがこれから関わろうとしている事案は、窃盗や喧嘩とはわけが違う」
「窃盗や喧嘩。犯罪であることに違いはない。儀藤警部補の言わんとしていることが、私には理解できない」
「理解などしなくてけっこう。私どもが担当するのは、一年前に起きた、星乃洋太郎(ほしのようたろう)氏殺害事件です。事件後すぐに、被害者の甥、星乃礼人(あやひと)氏が逮捕されましたが、三日前の公判で、無罪の判決が下りました。検察は控訴しない方針で、判決は確定します。あなたは、事件当時、南平和台署にいて、捜査に参加しましたね」
「ええ。ですが……」
「けっこう。では、仕事にかかりましょう」

儀藤は立ち上がり、署長に一礼する。署長はバツが悪そうな顔を隠そうともせず、小さく咳払いをして言った。

「一階に部屋を設けた。使ってくれ」
「それはどうも」

大邊は署長たちを睨(にら)みながら、敬礼も挨拶もせず、部屋を出た。悪夢の中にでもいるような心持ちだ。ついさっき米山と話していたことが、現実のものとなった。
儀藤堅忍。ヤツこそが、あの死神だ。

*   *   *

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関連書籍

大倉崇裕『死神さん』

無罪判決が出た事件を再び調べるのが職務の警部補、儀藤堅忍。警察の失態をほじくり返す行為ゆえ、指名された相棒刑事の出世の道を閉ざす「死神」と呼ばれている。だが“逃げ得”は許さないと誓う儀藤の執念と型破りな捜査に相棒は徐々に心動かされ......。冤罪だった強盗殺人やひき逃げ、痴漢事件の真相は?現代の暗部を抉るバディ・ミステリー。

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