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セックス依存症

2020.12.24 公開 ツイート

「男らしさ」の呪い、過去の性被害、性的嫌悪…セックス依存症に陥る原因とは? 斉藤章佳

不倫を繰り返して離婚、風俗通いで多額の借金、職場のトイレでの自慰行為がバレて解雇……。度重なる損失を被りながら、強迫的な性行動を繰り返すセックス依存症。実は性欲だけの問題ではなく、脳が「やめたくても、やめられない」状態に陥ることに加え、支配欲や承認欲求、過去の性被害、「経験人数が多いほうが偉い」といった〈男らしさの呪い〉などが深く関わっているのだ。
2000人以上の性依存症者と向き合ってきた斉藤章佳さんの新刊『セックス依存症』(幻冬舎新書)から、その一部を公開します。

Photo by Larm Rmah on Unsplash

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性依存症者を治療から遠ざける「男らしさ」の呪い

男性と女性では、セックス依存症の原因や傾向に違いがあります。

現在の日本において、男性に対してはいまだに「たくさんの女性と肉体関係を持っているほうが男らしい」という社会的バイアスが存在します。とくに男同士の絆や結びつきを重視するホモソーシャルな世界では、女性蔑視(ミソジニー)を介して絆を深めることが起こりやすいため、女性をモノとして扱い、ナンパした数や経験人数の多さを競うことで同性の仲間から認めてもらうという風潮もあります。つまり、自身の歪んだ承認欲求を満たすための道具として女性を使っているのです。

また、「男は性欲をコントロールできない生き物だ」という歪んだ価値観がいまだ信じられていることにも違和感を覚えます。これは、被害者が存在する性犯罪の場面でもしばしば見られます。たとえばある男性が痴漢で逮捕されたときに、「妻とはセックスレスだったため、性欲を持て余して痴漢行為に及んだのだ」と、性欲解消のために痴漢行為に至ったと考える人がいます。当然ながら、セックスレスと痴漢の間にはなんら相関関係はないものの、「抑えきれない性欲が暴走して、性犯罪を犯してしまった」というステレオタイプがいまだ根強く社会にはびこっている事実は明らかです。

私はこれまで2000人以上の性依存症者の治療に関わってきましたが、「性欲が強く、それが抑えきれなくて性犯罪に走った」という人はごくわずかです。

そもそも多くの男性は、性欲をちゃんとコントロールできます。「男は性欲をコントロールできない」という価値観は、冷静に考えると男性を侮辱するものです。性依存症の治療が必要な当事者であっても交番の前では痴漢はしませんし、友人との会話中、急に自慰行為をしたりはしません。それなのに、いまだその価値観が根強く残っているということは、それによって都合の悪い事実を隠蔽でき、周囲を思考停止に陥れられると学習している男性が多くいるからです。

著書『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)にも書きましたが、反復的な性的逸脱行動を性欲の問題にのみ矮小化して捉えてしまうと、問題の本質を見誤ります。同調圧力ともいえるような「男らしさ」を強いる価値観が社会にはびこっているため、犯罪化しない限り、男性の性依存症の問題は臨床の場に出てこないのが現実です。

アルコール依存症の場合は、問題飲酒を続けていると身体がボロボロになるといった健康被害や、仕事の無断欠勤、離婚、飲酒運転、ケンカからの傷害事件などの社会的影響が表面化する可能性が高いのに対して、性の問題はデリケートな性質があるために、「自分にはなにかしらの問題がある」とわかっていながらも当人がなかなかオープンしにくく、治療に結びつかない現状があります。

性被害に遭った女性が自傷行為的にのめり込む

逆に女性のセックス依存症は、臨床の場ではよく見られます。とくに多いのは、性被害に遭った女性が「自分には価値がない」「こんな私は汚らしい」と自暴自棄になり、自傷行為的に不特定多数と性関係を持ってしまうパターンです。

性関係を持つとき、最初は相手からチヤホヤされたり、甘い言葉をかけられたりして大切にされているように感じますが、関係を繰り返しているうちに相手も慣れてきて、出会ったころのようにはいかなくなります。なかには相手が暴力的になり、再び性被害を受けることもあります。やがて「この人も私のことを見捨てるのではないか」と不安に陥り、さらに不特定多数の相手とその場限りの性関係を持って、深く傷ついていきます。

また女性の場合、覚醒剤や処方薬(ベンゾジアゼピン系の抗不安薬や睡眠薬など)の依存症と密接にリンクしているケースも多いです。

もちろん性被害などのトラウマが原因のセックス依存症は、男性にも見られます。

私も監修で関わっている漫画『セックス依存症になりました。』(集英社)の作者・津島隆太さんは、子ども時代に父親から性的虐待を受けたことから性に対する認識が歪み、彼自身もセックス依存症で悩んだ経験を作品にしています。男性の性被害も予想以上に多く、性被害のトラウマは男女問わず、性に関する認識を歪めたり安定した対人関係の構築を困難にさせるため、その後遺症は非常に深刻です。

性的なことが嫌いでもセックス依存症に陥る

セックス依存症の人は「セックスや性的なことが好きで好きで仕方ない」というイメージがありますが、性的なことを嫌悪している人でも陥る可能性はあります。

先述した津島さんも、幼いころ父親からの性的虐待に遭い、性的嫌悪を抱えていました。

漫画にもあるように、津島さんは父親からお風呂場でフェラチオやマスターベーションを強要されていましたが、家庭内では性に関する話題は一切禁止。家族で食事をしている際にテレビでラブシーンが流れるとチャンネルを替えられるほど、性に関することはまるで汚いものとして扱われ、管理が厳格な家庭環境だったそうです。

このようにセックス依存症の人のなかには、育った家庭で性に対する過剰な嫌悪感の植えつけや、「汚いもの」「恥ずかしいもの」という刷り込みをされたまま大人になった人も少なくありません。

また、私がこれまで関わってきた、盗撮や痴漢などの性犯罪を繰り返している性依存症者のなかにも、性的嫌悪を抱えている人が多くいました。「事件を起こすほど性欲が溜まってるなら、風俗に行けばいいじゃないか」と思う人がいるかもしれませんが、仮に彼らにそのように伝えると、「ありえない。だって風俗って汚いじゃないですか」と返ってくるのです。ここでいう汚いとは「衛生的じゃない」ということではなく、「穢(けが)らわしい」という意味です。

セックス依存症の人は決して「セックスが好きで仕方ない」わけではなく、心の奥底には性的嫌悪を抱え、それを内面化しながらも、一方で強迫的な性行動がやめられず耽溺しているのです。

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この続きは幻冬舎新書『セックス依存症』をご覧ください。

関連書籍

斉藤章佳『セックス依存症』

社会的、経済的な損失を何度も被りながら、強迫的な性行動を繰り返してしまうセックス依存症。「セックス中毒」などと偏見を持たれがちだが、実は性欲だけの問題ではない。 脳の報酬系に機能不全が生じて「やめたくても、やめられない」状態に陥ることに加え、支配欲や承認欲求、過去の性被害や刷り込まれた性的嫌悪、「経験人数が多いほうが偉い」といった男らしさの呪いなどが深く関わっているのだ。 2000人以上の性依存症者と向き合ってきた専門家が、実例をもとにセックス依存症の実態に迫り、その背景にある社会問題を解き明かす。

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斉藤章佳

精神保健福祉士・社会福祉士。大船榎本クリニック精神保健福祉部長。1979年生まれ。大学卒業後、アジア最大規模といわれる依存症回復施設である榎本クリニックでソーシャルワーカーとして、アルコール依存症を中心にギャンブル・薬物依存、摂食障害、性犯罪、児童虐待、DV、クレプトマニア(窃盗症)などあらゆるアディクション問題に携わる。その後、2020年4月から現職。専門は加害者臨床。著書に『男が痴漢になる理由』『万引き依存症』(ともにイースト・プレス)、『「小児性愛」という病』(ブックマン社)、『しくじらない飲み方』(集英社)、監修に漫画『セックス依存症になりました。』(津島隆太作、集英社)がある。

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