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彼女たちの犯罪

2019.12.11 公開 ポスト

不倫と不妊に悩んだ医者の妻の末路は横関大(小説家)

女同士で話をしていると話題に尽きない。

20代の頃は互いの恋愛の近況や人の悪口、30代になると結婚願望や仕事の愚痴、40代になると夫の愚痴や家族の話題について。

親の介護や自分の身体の不調なども話題に加わって、いくら話しても話し足りないくらいです。

そんな中、少し話題にするのをためらってしまうのは、不妊と不倫。

もちろんどこそこの不妊治療はどうだ、とか、誰かが不妊の末産んだ、とか、誰かと誰かが不倫している、とかはそれはそれで話は盛り上がるのですが、「自分自身の本当の不倫、本当の不妊事情」については、口を閉ざすのが、女同士の会話の暗黙のルールかもしれません。

それについての「赤裸々」は、話す時と場所、何より相手を選ぶものです。

女たちの不倫と不妊

大人気ドラマ「ルパンの娘」の原作者・横関大さんの最新刊ミステリ『彼女たちの犯罪』では、不妊と不倫に悩む一人の主婦が登場します。

周りには幸せに見えるかもしれないけれど、彼女の心中に渦巻く不安、虚無感は誰にも察することはできない。そんな彼女の遺体が、伊豆の海で発見されるところから物語は始まります。彼女に一体何があったのか。

「試し読み」で彼女の秘密をお楽しみください。(文:編集部)

*   *   *

『……続きまして県内のニュースです。今日未明、伊東市の相模灘を航行中の漁船みやま丸が、女性と思われる遺体を発見、引き揚げました。地元の旅館組合等の協力もあり、伊東警察署は遺体が東京都世田谷区さくらぎ在住のじんさん、三十四歳のものであると断定しました。神野さんは一週間前に自宅を出たきり行方がわからなくなっていた模様です。神野さんは伊東市内の宿泊施設に泊まっており、伊東市地先の海岸において女性用の靴が発見されていることから、警察は自殺の可能性が高いとして、関係者への事情聴取を開始しました。次のニュースです……』

 

第一章 彼女たちの事情

 

「ええと、日村さんのご趣味は何ですか? あ、ちなみに僕はゴルフをやってます。先日会員権を買いました。高い買い物でしたよ。まあ友人から押しつけられた感じなんですけどね」
目の前の男はそう言って運ばれてきたサーロインステーキにナイフを入れた。場所は渋谷にある洋食屋だ。

日村繭美は内心溜め息をつく。まだ私が頼んだハンバーグステーキは運ばれてきていない。それなのに一言も断りなく先に食べ始めるなんて、何と気の利かない男なのだろう。


「ゴルフ場の場所は千葉です。最近女性でもゴルフやる人増えてるみたいだし、もしよかったら日村さんも一緒にどうですか?」


今日が初対面だ。結婚相談所から紹介された男で、高野という名前の商社勤めの男らしい。結構期待していたのだが、今日もどうやらハズレのようだ。自分のことしか話そうとせず、こちらの話を聞き出そうという努力を怠っている点がいただけない。
「趣味はドライブとテニスです」
 繭美がそう答えるとしばしの間があった。繭美はつけ加えた。
「さきほどの質問の答えです。趣味は何かとお訊きになりましたよね」
「ああ」と高野がうなずいた。「なるほどね。やはり大手自動車メーカーに勤務なさっているだけのことはある。ドライブにはよく行かれるんですか?」
「そうですね。最近は忙しくてあまり行ってませんが」
「僕は車を持っていません。都内に生活していると車の必要性を感じないんですよね。そもそも車に乗ってるだけで事故を起こす可能性が高まるじゃないですか。だったら電車を使った方がいいと思うんだよな」
一生わかり合うことがないタイプの男だな。繭美は完全に諦めた。

ようやくハンバーグステーキが運ばれてきたので、今夜はこれを食べるためにこの店に足を運んだのだと自分に言い聞かせる。

目の前にいる男はたまたま居合わせた客だ。そう考えれば特に不満も感じない。
「来週、仕事の関係でパリに行くんですよ。行ったことありますか? 僕は二度目なんですけど、フランスって思ったより治安が悪くて、前回行ったとき財布をスリにとられてしまってね。あのときは弱ったなあ」
三十歳までに結婚すること。それが繭美の子供の頃からの目標だった。

絶対に叶うはずの目標だと信じて疑わなかった。しかしである。三十四歳になった今でも繭美は独身のままで、月に何度かこうして結婚相談所から紹介された男性と会って食事をする生活が続いている。
結婚というのはチケットのようなものではないか。最近、繭美はそんな風に考えるようになった。

それさえ手に入れれば、別のステージに向かうことができるチケット。しかし運命とは皮肉なもので、それを喉から手が出るほど欲しがっている者の上には、なかなか落ちてはこないらしい。
繭美が勤める大手自動車メーカー〈トウハツ自動車〉にも女性社員が毎年採用される。新規採用された女子社員の多くが配属されるのが総務や経理といった事務系の部署か、見てくれがよければ秘書課に配属されることもある。そして大抵の女子社員が──ごく一部の専門職を除き──二十代のうちに寿退社をして会社から去っていく。
繭美が歩んできた道はある意味で王道だった。

秘書課に五年いたあと、次の総務で三年、経理で二年。そして昨年、広報課に配属された。その間、付き合った男がいなかったわけではない。むしろ二十代の頃は恋人がいなかった時期などなかったくらいだ。

しかしどの恋愛も結婚に結びつかず、現在に至っている。
経理課にいた頃、二歳下の後輩女子社員がいた。

容姿も中の下といったあたりで、仕事の要領も悪く、よく伝票の計算を間違って上司から怒られていた。そんな彼女がある日、結婚すると言い出したときに受けた衝撃を今でも繭美ははっきりと憶えている。

相手はどんな男なのかわからないが、結婚というチケットを手に入れた途端、彼女が一気に別世界の住人になってしまったような強烈な疎外感を覚えたのだ。容姿も十人並で、仕事もできない彼女だったが、結婚という一点において私より勝っている。

その事実に繭美は打ちのめされた。

(写真:iStock.com/Burak Can Oztas)

黙っていては結婚というチケットは手に入らない。繭美はそう思い、決意を改めた。何としても結婚するのだ。

そう思って結婚相談所に登録し、そこで紹介された男性と会うようになった。結婚相談所のメリットとして挙げられるのは、そこに登録されている男性のほとんどは結婚願望があるということだ。

ただし自分で相手を見つけることができない、いわば他力本願とも言える男性が多いような印象を受けた。狩猟と同じだと繭美は勝手に考えている。自分で狩りができる男と、できない男がいて、結婚相談所に登録しているのは後者のタイプが圧倒的に多いのだ。
「日村さんはどうして今まで結婚しなかったんですか?」
 不意に訊かれ、繭美は答えに詰まる。すると高野という男が続けて言った。
「もう三十四歳ですよね。僕も人のことは言えないけど、早めに結婚した方がいいと思うんですよ」
 余計なお世話だ。こんな男に言われたくはない。
「じゃあ次はゴルフでもしましょうか」高野がビールを飲みながら言う。誘えば必ずついてくる。そう思い込んでいるようで腹立たしい。

「あ、コースじゃなくて、まずは練習場からスタートですよ。そうですね、ええと……来週の金曜なら空いてるかな。ゴルフのあとは旨い中華でも……。あれ? どうされました?」
繭美は膝の上に置いてあったナプキンをとって立ち上がった。すでにハンバーグステーキは食べ終えている。肉汁たっぷりの美味しいハンバーグには満足だった。デミグラスソースも複雑な味わいで、甘く煮た人参のグラッセも美味しかった。こういうのは家で作ったりしないものだ。
「申し訳ありません。今回はご縁がなかったということで」
そう言いながら繭美はハンドバッグから財布をとり出し、千円札を二枚出してテーブルの上に置いた。そして最後にもう一度頭を下げる。この男と二度と会うことはないだろうし、電車の中で隣同士になっても気づかない自信がある。
「それでは失礼します」
繭美はその場から立ち去った。店から出る頃には気分はすっかり切り替わっていた。今日も結婚できる男と出会えなかった。そんな風に一喜一憂するのは馬鹿らしいと思っていた。通りかかったタクシーに向かって繭美は手を上げた。

〈広報トウハツ〉の編集と制作。それが繭美に与えられた主な仕事だ。

広報トウハツは全国のディーラーや工場に配付される社内誌だ。刊行は隔月、発行部数は一万部を超える。系列子会社にも配付されており、マンモス社内誌としてかなりの影響力を持っていた。
広報トウハツの誌面は大まかに分けて三つの記事から成り立っている。まずは会社のPR記事であり、新車の発売情報や開発秘話などがメインとなることが多い。

そして次がトウハツで働く人々の紹介だ。各号で二人ほどの社員を選抜し、インタビュー記事を載せるのだ。

そして三つ目は連載記事だ。たとえば施設管理課による助成施設の紹介であったり、人事課による社内運動会等のイベント紹介などがそれだ。

繭美の仕事は各課に依頼していた記事を集め、それをレイアウトしていくというものだった。

繭美自身が直接担当しているのは各号で二つ掲載されるインタビュー記事だ。みずからインタビューして、それを記事にする。まるで本物の編集者になったようでやり甲斐のある仕事だった。
その日、出来上がったレイアウトを課長に見せた。各課から寄せ集めた記事を切り貼りしたものだ。課長の許可が出たら、それを印刷会社に持ち込んで印刷が始まるのだ。レイアウトを見た課長が首を振りながら言った。
「このインタビュー、どうにかならないか?」
そう言って課長が指をさした写真には、四十代の男性社員が写っている。

関西地区営業総括部長だ。先日、わざわざ繭美が大阪まで出向いてインタビューをした相手でもある。

名前は池田といい、実は五年ほど前までここ東京本社にいた男だ。今は大阪支社にいて、順調に売り上げを伸ばしていることから記事にすることを決定した。会ってみると気さくな感じで、優秀な男なんだろうと話しているだけでも伝わってきた。
「どうしてでしょうか? いいインタビューだと思いますが」
インタビューで池田は本音を語ってくれた。営業マンたちが抱える苦悩や顧客への想いなどを真摯に語る姿には繭美も感銘を受けた。こういう人から車を買った人は幸せだろうなと思えるほどだった。
「池田さんは副社長派だからね。社長の目に留まるとお叱りを受けそうで怖いんだ」
「はあ……」
課長が説明する。池田は内部の派閥争いのとばっちりを受ける形で大阪支社に異動になったという。トウハツは大企業であり、やはり派閥争いのようなものが存在する。男というのは出世と女が好きな生き物なのだ。
「というわけだから、そのインタビューだけは差し替えておいてよ」
「課長、締め切りは明後日です。今さら言われても……」
「そうだ。あの子でいこう。今年入った野球部のピッチャー。甲子園でも注目されたらしいな。今年はそこそこいい成績を挙げるんじゃないか、うちの野球部も」
トウハツには硬式野球部があり、都市対抗野球大会にも参加している。

若い頃は応援に駆り出されることもあったが、三十歳を過ぎてから声をかけられなくなった。今は七月なので、そろそろ大会が始まる頃だ。
「どうせ連中は毎日練習してんだろ。練習の合間にインタビューをすることくらい簡単じゃないか」
「……まあ、どうにかなるとは思いますが」
「頼むよ、日村君」
課長の命令とあっては逆らうわけにはいかない。

せっかくインタビューに応じてくれた池田には悪いが、今回は差し替えるほかなさそうだ。

それに別の候補を提示してくれたので、明後日の締め切りまでには間に合わせることができるかもしれない。
「野球部で思い出したんだが、今年の都市対抗、チケットどうにかならんかな。できれば四枚くらい手に入れてくれると有り難いんだが」
「わかりました。手配しておきます」
「それとね、日村君。今度の金曜日だが、古巣の営業部の若い連中と飲むことになってね。できれば華が欲しいんだよ、華が」
華。つまり女子社員のことだ。飲み会に女子社員をどれだけ呼ぶことができるか。それが男の中では大きな価値を生み出すらしい。
「日村君、君の後輩で四、五人手配してくれないか。もちろん金の心配は要らん。タクシー代も出してやるつもりだ」
君の後輩。そこには私は含まれていないということだ。しかし落胆はなかった。最近社内で異性から飲み会に誘われることはめっきり減った。むしろ誘われたら警戒すべきだと思い始めている。同じく同期の独身女性なんかは誘われてついていったら新興宗教への勧誘だったという。
「そちらの方もお任せください」
いくらでも候補はいる。給湯室に行って若い女子社員に声をかければ、おそらく夕方までに集まるだろう。営業部との飲み会は女子社員の間でも人気が高い。

営業部には若くて野心的で体育会系の男子社員が揃っているからだ。
「もしよかったら日村君も来てもいいけど、営業部の奴らは二十代だからな。三十過ぎた君とはちょっと合わんと思うんだよ」
こういう発言にも最近は慣れた。いちいち腹を立てていては仕事にならないと考えるようになったのだ。

どうして結婚しないのか。子供が欲しくないのか。

そういうことを平気な顔で訊いてくる男は、この会社には掃いて捨てるほどいる。適度に鈍感になること。それが三十を過ぎた女性がこの会社で生き抜いていくコツでもある。
「失礼します。差し替えるインタビュー記事は明後日までに用意しますので」
繭美はそう言って課長室をあとにした。やることはたくさんある。まずは大阪支社の池田に詫びを入れることだろう。そう思いながら繭美は自分のデスクに戻った。

 

関連書籍

横関大『彼女たちの犯罪』

海であがった女性の死体。事件の影には、 彼女と彼女と嘘と罠。 医者の妻で義理の両親と同居する神野由香里。夫の浮気と、不妊に悩んでいたが、ある日失踪、海で遺体として発見される。自殺なのか、他殺なのか。原因は浮気なのか、犯人は夫なのか。一方、結婚願望の強い日村繭美は、"どうしても会いたくなかった男“に再会。しかし繭美は、その男と付き合い始めることになりーー。 ラストのラストまでドンデン返しに次ぐどんでん返し。女たちの企みとは、嘘とは、罠とはーー。 不妊、不倫、未婚、子育て、セクハラ、パワハラ。いつの時代も女の人生は険しい 。 『ルパンの娘』の著者、最新刊!

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彼女たちの犯罪

乱歩賞作家横関大さんの単行本最新刊『彼女たちの犯罪』の特集記事です。試し読み、著者インタビューなど。

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横関大 小説家

1975年静岡県生まれ。武蔵大学人文学部卒業。2010年『再会(受賞時「再会のタイムカプセル」を改題)で第56回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。著書に『グッバイ・ヒーロー』『チェインギャングは忘れない』『偽りのシスター』『沈黙のエール』『K2 池袋署刑事課神崎・黒木』『スマイルメイカー』『マシュマロ・ナイン』『仮面の君に告ぐ』『いのちの人形』、ドラマ化された『ルパンの娘」や同シリーズの『ルパンの帰還』『ホームズの娘』などがある。

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