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死ぬときにはじめて気づく人生で大切なこと33

2019.03.11 公開 ツイート

人生の最期に「SNSの呪縛」から解放された女性 大津秀一

これまで2000人もの終末期がん患者に寄り添ってきた緩和医療医、大津秀一先生。著書『死ぬときにはじめて気づく人生で大切なこと33』は、実際に先生が体験した患者さんとのエピソードから、本当に幸せな生き方とは何かを教えてくれる一冊です。忙しい日々を送っていると、つい忘れがちなことばかり。死ぬときに後悔しないためにも、少しだけ歩みを止めて、一緒に考えてみませんか? 33のエピソードの中から、いくつかご紹介します。

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「いいね」はもういらない

これでおしまいです──神崎さんはにっこりと笑って、パソコンの上蓋をパタンと閉じました。上蓋はつやつやと光っています。

iStock.com/naruedom

「いいんですか?」と聞くと、彼女は迷いのない目で「もちろん」と答えました。

神崎さんは膵臓がんのステージIV。厳しい治療を余儀なくされていました。

もともとSNSを使いこなしていたので、必然的に病気のこともよく発信していました。

あるとき、「ちょっと疲れてきたかなあ」と呟く彼女に、私は“SNS疲れ”のようなものなのかと聞きました。

どうやらそうではないようです。ただ、「“いいね!”って押してもらえることも何か気を遣わせている気がして……」と浮かない顔です。

彼女によれば、闘病記なんて本来読みたくないかもしれないのに自分が書けば読んで“いいね!”を押してくれる人がいる、あるいは読まなくても押す人がいるかもしれないというのです。

「結局、皆、自分のために書いているのかもしれません。それに共感を要求しているっていうか、でも……」

そう言って、彼女は口をモゴモゴさせました。口にしにくいことに行き当たったときの癖です。「言いたくないことは言わなくても結構ですよ」と言う私を遮り、 スーッと息を吸われました。

「SNSって、ある意味、社会力の力比べじゃないですか? 例えば有名人が闘病記を書くとものすごく応援される。私だってたくさんの方に支えてもらっています。けれどもどうしても比べてしまう。私のほうが大変で、絶望的な闘いなのに、どうして有名な人にはあれだけの称賛があってと思ってしまうのね」

そんな自分が彼女は嫌いなようで、そのことを私は指摘しました。

「よくわかりますね、そうなんです。先生、ぶっちゃけ、もう私は厳しい状況じゃないですか? もう死ぬかもしれない。だったらそんなマイナスの感情をひとときたりとも感じたくないのですよね」

私は、もちろん個人差はあると前置きしながら、人はなかなか比較や羨む気持ちを捨てられないということを伝えました。

神崎さんは病気になってから仕事を辞め、インターネットを見る時間が増えたそうです。SNSでは、同じ年代の女性が誰かと素敵な出会いがあったり、夫、子供らと舞台やコンサートに行ったりしていて、皆充実した生活を送っているように見える。正直、羨む気持ちも湧いてきたと言います。

「病気にならないとわかりませんよ。健康なときならば何でもできたことができなくなる苦しみはね。ちょっと疲れてきた理由は、表向きは人に共感を強いているってことだけど、裏の理由は──裏の顔っていうか腹の中は、羨む気持ちがSNSを見ていると抑えられないってことかな……。健康なときはあまり意識しなかったんだけれどもね」

だったら、やめちゃえばいいんじゃないですか──私の提案に彼女は頷きながらも、築いてきたネットのつながりを思うとやめられないことを打ち明け、難しい顔をしました。私も本当に難しいですねと言って頷きます。

目の前にあるものを感じて生きる

しばらくしてから、神崎さんは私に気を遣わせてしまったと思ったのか、おちゃらけてこんなことを話しました。

iStock.com/david010167

「先生、ネットってひどいわよね。SNSではさ、称賛も多いじゃない? でも本音は、サイトのニュースのコメントとか、『ちゃんねる』がサイト名に付くようなところでは、クソミソだからね。闘病記が有名な著名人も、ここまで書かれる筋合いがあるのかっていうくらいボロクソに書かれていたわ」

「世界的にもいろいろなところでそれはあると思いますよ。人が人である以上、普遍的なもののような気もします。でも皆、大変なんだと思います。心の中の嫉妬や比較を押し殺して、表の社会では称賛し、腹の中の世界ではそれらが渦巻いているから、それを匿名の場でぶちまけてスッとした気持ちになりたいのかもしれませんね」

その後、SNSに関していくつか意見交換しているうちに、神崎さんは「なんとなく先生と話していて腹を固めました」と言いました。長めの髪を少しかき分けて覗いた顔には、彼女の決意が示されていました。

「いきなりだと皆さんびっくりするから、一カ月後ということを示して、それで去ることにします。実際……命もその頃に終わっているかもしれないし」

「いいんじゃないですか。それで少しでも楽になるのならば」

そしてこの項の冒頭──。

パソコンを閉じた彼女は心からの笑顔で言いました。

「見ないってのも慣れるものですね。でもおかげでとても楽になりました。人生を豊かにするものが、むしろ嫉妬なんかをもたらしてしまうこともあるっていうのは私にとっても発見でした。あと何カ月かはわからないけれども、目の前にあることを感じる気持ちを持って、歩んでいきたいと思います」

面会に喜び、窓の外に見える花を愛で、外出時の冬の空気を吸い込み……。少なくともネットの世界からは自由になった彼女は、本当に幸せそうな時間を過ごして、人生を閉じられました。

大津秀一『死ぬときにはじめて気づく人生で大切なこと33』

縛られていたものを捨てたとき、悲しみや切なさは消え、執着から解放される。『死ぬときに後悔すること25』の著者がたどりついた、本当に幸せな生き方。縛られていたものを手放さざるを得なくなったとき、悲しみや切なさと同時に、過剰な執着や執心から解き放たれて、「自由になった」と感じることはないでしょうか。どこからか、自由を始めてみませんか。

 

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死ぬときにはじめて気づく人生で大切なこと33

これまで2000人もの終末期がん患者に寄り添ってきた緩和医療医、大津秀一先生。著書『死ぬときにはじめて気づく人生で大切なこと33』は、実際に先生が体験した患者さんとのエピソードから、本当に幸せな生き方とは何かを教えてくれる一冊です。忙しい日々を送っていると、つい忘れがちなことばかり。死ぬときに後悔しないためにも、少しだけ歩みを止めて、一緒に考えてみませんか? 33のエピソードの中から、いくつかご紹介します。

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大津秀一 緩和医療医

茨城県出身。岐阜大学医学部卒業。緩和医療医。東京都文京区にある緩和ケア専門の早期緩和ケア大津秀一クリニック院長(https://kanwa.tokyo)。オンライン診療で全国対応中。日本緩和医療学会緩和医療専門医、老年病専門医、日本内科学会総合内科医専門医、日本消化器病学会専門医、がん治療認定医。日本最年少のホスピス(当時)の一人として京都市左京区の日本バプテスト病院ホスピスに勤務したのち、2008年より世田谷区の入院設備のある往診クリニック(在宅療養支援診療所)に勤務。入院・在宅(往診)双方でがん患者・非がん患者を問わない終末期医療を実践。多数の終末期患者の診療に携わる一方、著述・講演活動を通じて緩和医療や死生観の問題等について広く一般に問いかけを続けている。著者に『死ぬときに公開すること25』(新潮文庫)、『死ぬまでに決断しておきたいこと20』(KADOKAWA)、『「いい人生だった」と言える10の習慣』(青春出版社)、『1分でも長生きする健康術』(光文社)などがある。

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