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青空と鬱とパームツリー

2018.09.21 公開 ツイート

日本の精神的お片づけはアメリカ人を救うか? 西原珉

 

ある日のLAオフィスのランチタイム。同僚のソーシャルワーカー、Jが言う。

「今朝、ラジオで聞いたんだけど、とってもインスパイアリング!な片付け方法があるのよ。知りたい?」

「ふーん、どんな?」

わたしはJのキュービクル(オフィスのブース)の惨憺たる有様を知っているので、いい加減な返答である。

「モノの上に手をかざして、スパークが来たらそのモノは捨てない。スパークが感じられなかったら捨てるの。これでどんどん選別できるのよ‼︎」

ん? スパーク? 何やらスピリチュアルな香りがしないでもないが、もしやそれは
Timesのインフルエンサー100人特集にも取り上げられ、アメリカでもとっくに名高いKONMARI先生の教えではないか?

「これで何か作ろう」のクリエイティブマインドで捨てられない

一般にどうかは定かではないが、LAで知り合ったソーシャルワーカーにはホーダーが多い。

ホーダーは、アメリカ心理学会のDSM(精神障害の統計的診断マニュアル)にも載っている。モノを貯め込む行動が度を過ぎて、日常生活や社会生活に差し障りをきたしている状態のとき、この診断がつく。

もちろん、わたしたちがみているクライエントさんにもホーダーで悩んでいる人はいる。家を2軒――それも日本の基準で言えば大きめの一戸建てプラスガレージが2軒――がすでに満杯で、行政から再三の注意を受け引っ越さざるをえない、というヘビーなケースもあった。

そういうクライエントさんのカウンセリングをする側であるはずの、ソーシャールワーカーやセラピストにもホーダーが多いのだ。この悩ましい現実をつらつら考えていくうちに至ったのは、クラフト、アートなど、クリエイティブな傾向のあるスタッフほどホーダー度が高いという結論である。

「これ、いつか使えそう」

「時間があるときに、これで何か作ろう」

――これが一番やばい(この原稿を書いている間にも、冒頭のJや、上司や同僚の誰彼が、布の端切れや変な色の毛糸や余った紙なんかを前に「これはとっとこう」と思っている様子が目に浮かぶ)。

さらに予算がないなかできるだけ寄付やあるもので工夫してコストを削減しようとするNPOマインドがこれに拍車をかける。加えて、うちのオフィスは「サステイナブルリトル東京」というコミュニティー活動を推進していて、その合言葉は「MOTTAINAI(もったいない)」であるから、オフィスにホーダー的行動が頻繁に見られるのはもう、必然の風景なのかもしれない。

私ですか? 私ももちろん、セラピーのためにトイレットペーパーの芯とか空き瓶とか、段ボールなんかをホーディングしています。

さて、しかしながら。一般にお片づけ好き・掃除好きと言われている日本人・日系人の多いオフィスでこれである。ましてアメリカ全土をいわんや。

アメリカの基本は「モノの貯め込み」

 ケーブル局の“Hoarders”は2009年から続く人気番組で、サイコロジストがホーダーの家を訪ね、intervention(介入)する様子を見せるリアルTVショウである。これがもう、毎回毎回、それはヘビーなケースが登場する。

まず、家も土地も大きいので(日本基準)、貯め込んでいるモノの量が半端じゃない。

完全防護服のスタッフ数人がかりで作業しても1日で終わらない、なんていうのはザラ。本人は棚を作って整理とかしているのだが、量が圧倒的すぎてホーダー、というケースもある。

ホーダーの場合、貯め込んでいるものは使えないものではなく、むしろ使おうと思えば使えるものであることも多いのだが、番組には、特にシニアの場合、ホーダーというよりも、生活の管理や自分のケアができないセルフネグレクトの結果、日本でいうゴミ屋敷になってしまった家もたくさん登場する。
 
カウンセリングを勉強して、実際にホーダーのケースを扱いわせていただくうちに見えてきたのは、アメリカにはそれはそれはホーダーになりやすい生活環境がそろっているということだ。

郊外の暮らしは、小売店でこまめに必要なものを買い足すのではなく、車でスーパーマーケットやショッピングセンターでまとめて買い出しをする、というライフスタイルを定着させた。スーパーに行けば、Buy one get one Free (一個買ったら一個無料)の類の釣り文句が溢れている。マフィンやクロワッサンをちょっと買いたくても12個とか24個入りになってしまうCostcoは他店に比べて格段に安く、誰かと分ければいっか、と思って2人暮らしなのにステーキ肉8枚入りを買ってしまったりする。そうしてカートに山盛りに積んだ商品を買って帰り、冷蔵庫やパントリーやクローゼットといった所定の場所に入りきらなければ、他の空いている部屋が物置になっていくのは、まあ当然の流れ。

家や敷地が広くて余裕があり、余分な空間がバッファ(緩衝地帯)として機能するのは良い反面、買い物の際に「置く場所がないからやめておこう」という選択肢が頭に浮かぶことはない。それを繰り返しているうちに、気がつくと家のほとんどが物置……ということになるのである。

また、車社会で家族・親戚が近くにいない環境では、何らかの原因で買い物に行けなくなったときへの不安があり、それも備蓄を増やしていく。南カリフォルニアで突風が原因で1週間近く停電があった後には、ガソリン式の発電機が売れに売れた。あの発電機も多くの家のガレージで出番を待ちつつ、場所を塞いでいることだろう。

ハウスキーパーや庭師など、掃除や片付けを他人任せにしている、というのも大きい。アメリカの小学校でまず驚くのは先生も生徒も掃除をしないこと。彼らが習得しているのは、掃除や片付けではなく、ディスプレイやデコレーションなのだ。収入が減るなど、何らかの事情で掃除をしてくれる他人が雇えなくなったとき、家が一気に荒廃してしまうのである。

コンマリさんは「捨てる」能力者

冒頭の同僚・Jは、結局、引越しの際の断捨離チャンスにもほとんど「捨てる」ことができなかった。頼みのKONMARIメソッドを持ってしても。

「モノを捨てて“すっきりする”かと思ったけれど、辛いだけだった」と彼女が言う。 

「モノを捨てることが身を切るように辛い」それはホーダーのクライエントさんからしばしば聞く言葉だ。布の端切れを捨てただけで、大泣きしてしまったりすることもあるほどだ。

日本では捨てること(物欲や執着を離れること)にプラスの価値が置かれているから、捨てるのはポジティブな行動であり、精神的にもポジティブな報酬が得られる。

それに対して、アメリカでは豊かでいることに価値があるのだと思う。そこには、断捨離の禅宗の精神背景に対して、キリスト教的な精神背景が深く関わっているだろう。その”豊かさ”というのは、従来言われているような物質主義ではなくて、精神的な豊かさがモノと分かちがたく含まれている。

J の場合も、モノと精神的豊かさが絡み合っているからこそ、なかなかそこを断ち切ることは難しいのだろう。自宅の庭で不要品を販売するヤードセールやチャリティー、ドネーション(寄付)なら良くても、「捨てる」ことは多くのアメリカ人にとって辛く、難しい。

だからこそ、瞬間瞬間に捨てるべきモノを選別して捨てられるコンマリ先生は、スーパープレイをするアスリートのように、驚きとリスペクトの”Wow!”をもって受け止められているのではないかと思う。

筆者はこれまで、日本で育った者の感覚として、
 
  片付けられない ←→ 断捨離

に相対するものとしてアメリカの

  ホーダー ←→ ミニマリスト

を考えてきた。しかし、この2つは全くもって似て異なる対比であった。

最近のアメリカで勢いを増している潮流、ミニマリストについてはあらためて考察するが、基本的にモノと精神的豊かさのセットは譲らず、最小限のモノで最大の豊かさを追求するスタイルだと思っている。

日本では、お片付けできているかどうかがその人の精神の表れだとも言われる。日本の「片付けられない」の背後にももちろん精神的な問題があって、「片付けられるようになる」ことだけでは解決しないケースもあると思うが、一般に、断捨離やお片づけで精神的な安らぎや幸福感を得ている人がいるのは事実だし、納得もできる。

一方、アメリカでは、片付けられない人に片付けさせたら新たなトラウマをつくってしまいかねない状態。片付ける前に、モノに絡みついた価値を解読し解きほぐしていくプロセスが必要なのだ。“Hoarders” ではないが、ゆえに、サイコロジストのホーダー治療が、案外、お片づけへの近道なのかもしれない。

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西原珉

東京藝術大学美術学部卒業後、1990年代の黎明期のアートシーンin 東京でキュレーター・評論家、アートマネージメント、ライターとして活動。2000年にロサンゼルスに移住。子育てに専念かと思いきや、結局子育てが終わるのを待ちきれず、ふたりの男子がティーンエージャーのいちばん大変なときにロサンゼルスにて臨床心理カウンセリングの大学院を修了。現在はダウンタウンにある社会福祉事務所にて、ソーシャルワーカー兼メンタルヘルスセラピストとして働いています。

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