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成功ではなく、幸福について語ろう

2018.05.30 公開 ツイート

幸福になることを先延ばしにしない 岸見一郎

今多くの人が、自分の生き方について考えている時代です。1年後もどうなっているかわからない、そんな急激な変化の中で、生き方の指針が必要だという、ある種の危機感のようなものが私達に芽生えているのかもしれません。
哲学者岸見一郎さんの新刊『成功ではなく、幸福について語ろう』では、今日という日を今日のためにだけ生きることの大切さについて、次のように語っています。


過去は存在しないのだと諦める

 アルツハイマー型の認知症を患った父の介護をすることになった時に、痛切に思い知ったことがあります。人は「今ここで」幸福である、ということです。過去は存在しないのです。もしもあなたが幸福であることを望むのであれば、つまり自分が幸福である、ということに気づくためには、過去を手放すということが非常に大事になってくるのです。

 私たちは過去に囚とらわれています。過去につらい経験をしたという人は多いと思いますが、そういうつらい過去は今はもう「ない」のだと諦めなければなりません。

 認知症という病気は、いつも病気の状態で、いろいろなことを忘れているわけではなくて、ある日、霧が晴れたかのように昔からよく知っている親に戻る時があります。介護する家族は、その瞬間が必ずくるので、決して見逃さないようにしないといけません。その時は、それほど長くは続きません。

認知症の父が教えてくれた、過去を手放す決心

 ある日、父が昔から知っている父に戻った時、こんなことをいいました。「忘れてしまったことは仕方ない」

 私は小学校の時に父に殴られたことがあって、父との関係はよくなかったのです。その時は、勝手に忘れるなよといいたかったのですが、本人が忘れてしまったことは仕方ないという。普段は、忘れてしまったことを忘れている父ですが、この時は違っていました。続けて、こういいました。「できるものなら、一からやり直したい」

 一からやり直したいと父がいった時に、もう私は観念しました。この父とかつていろんなことがあったけれども、それは今となっては問題にしてはいけない、あるいは、問題にしても意味がないということに強く思い当たったのです。

 ここまで考えなければ、対人関係の問題は解決しないのです。私の場合は父がいい出してくれたのですが、誰かとの関係がうまくいかないと思っているのであれば、その過去を手放す勇気を持たなければいけないと思います。

 私たちは過去のことを思って後悔しますが、その過去はもうないと考えるのです。今生きづらいのは過去の経験が原因だという人がいますが、もしもそうなら今の生きづらさから脱却するためには過去に戻ってその原因を取り除かなければならないことになります。しかし、タイムマシーンがない限り過去に戻れないのですから、これからもずっと生きづらさを感じ続けないといけないことになります。

恋愛が長続きするのは「結果」であって「目標」ではない

 過去の話をしたら、未来の話になります。それでは、未来はどうなのかというと、未来もありません。だから、まだ起こってないことについて不安になる必要はないのです。

 明日考えればいいことは多々あります。まだ起きていないことを今考えなくてよいのです。今日考えても仕方ないことは今日考えない、今日という日を今日という日のためだけに生きるのです。どうしても先のことを考えてしまうという人もいるでしょうが、これから先どうなるかは誰にもわかりません。

 どんなに今幸福の絶頂にあると思っている二人でも、明日喧嘩して別れることになるかもしれません。そんな日がくるかもしれないけれど、そんな日が仮にくるとしても、それはその日に考えたらいいのであって、今日はこの人と仲良く生きていこうという決心を日々していくしかないのです。そんなふうに、日々充実した毎日を送ることができれば、その二人の関係は非常に充実したものになり、やがてその二人の関係は、長く続くだろうと考えて間違いないです。

 私が教えていた看護学校では学生から質問を受けそれに答えていました。恋愛相談が多いですが、その中でよくあるのが、「どうしたら遠距離恋愛を成就できますか」というものです。どうしたら遠距離恋愛がうまくいくようになるかというと、別れる三十分前に暗くならないことです。もう別れなければならない時間が近づいてきたら、どちらかが、あるいは両方が不機嫌になります。それで、「次は一体、いつ会えるの」という話になります。「来週は仕事があるから無理なんだ。だから、次に会えるのは二週間後になる」。そんな話になった途端、二人の関係がよくなくなるのです。

 もしも二人で過ごした時が充実していたら別れてから気づくのです。そういえば次に会う約束をしていなかったな、と。そんな充実した過ごし方ができる二人の恋愛はきっとうまくいきます。しかし、今ここで一緒にいる瞬間瞬間を生き切れず、不完全燃焼な時間を過ごした二人は、次のデートにかけようとします。「次はいつ会えるの」と相手に迫るのはそのためです。次に会うことすら考えないで、二人が充実した時間を過ごせるようになると、恋愛はきっと長続きします。長続きするかどうかは結果であって、目標ではないのです。

幸福を先延ばしにする必要はない

 カウンセリングでよくテーマになるのですが、子どもが学校に行かないと、親は心配します。この先どうなるのだろうか、この子どもはいつまでも学校に行かないで一生こんなふうに過ごすことになるのだろうか。そんなことを考え始めると心配でならないと訴える人は多いです。

 そういう人に私がどんな話をするかというと、それは今考えることではない。とにもかくにも、家に子どもがいるのであれば、その子どもと仲良く生きることだけを考えていけばいいということです。学校に行くか行かないかは子どもが決めることで、親が決めることではありません。やがて学校に行く日がくるでしょうが、親が子どもを学校にやらせることはできないのです。

 問題の解決ができない間は幸福になれないと思っている人は多いのですが、そんなことはありません。幸福を先延ばしにする必要はありません。

 なぜかといえば、幸福とは、過程ではなく存在だからです。
 今日という日を子どもと一緒に生きられるのであれば、それがもう既に幸福だと思えるでしょう。親は子どもが学校に行かないと幸福になれないと思うのですが、親がそういう時に考える子どもの幸福は、実は成功でしょうね。学校を卒業することは成功なのです。そういう成功からほど遠い生活をしている子どもは幸福ではないといわれるかもしれません。たしかに、子どもが家にいることが手放しでいいとは私も思いませんし、学校教育は大事だと思いますが、それよりも子どもと一緒にいられることがもう既に幸福だと考えていいと思うのです。

 これから先何が起こるかは知りようがありません。そうであれば、未来のことを手放そう、問題があっても今日できることをしていこうと考える。あなたは、今幸福になっていいのです。

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岸見一郎

1956年、京都府生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋古代哲学史専攻)。著書に『アドラー心理学入門』(KKベストセラーズ)、『幸福の哲学』(講談社)、『人生を変える勇気 踏み出せない時のアドラー心理学』(中央公論新社)、『老いた親を愛せますか?それでも介護はやってくる』『子どもをのばすアドラーの言葉 子育ての勇気』『成功ではなく、幸福について語ろう』(幻冬舎)訳書にプラトン『ティマイオス/クリティアス』(白澤社)などがある。共著『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)はベストセラーに。

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