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うっかり鉄道

2018.05.03 公開 ツイート

鉄道・廃墟・工場! 岳南鉄道がすごい。 能町みね子

4月10日に発売されるやいなや、4月12日にどどんと重版がかかった能町みね子さんの『うっかり鉄道』。読めば読むほどおもしろい&(たぶん)電車旅に出たくなる本書から、一部を抜粋してお届けします。

*   *   *

富士と工場のテーマパーク(静岡/岳南鉄道)

 岳南鉄道がなんでこんなに注目されてないのか分かりません。
 鉄ちゃん自体、もうわりと市民権を得た感がありますが、世は廃墟だとか工場だとかへの「萌え」でも盛り上がっているではないですか。岳南鉄道は鉄道・廃墟・工場という3つの要素をあわせ持っているんです。鉄ちゃんのみならず、廃墟好きや工場好きのたぐいが大挙して押しよせてもいいはずなんですよ。

「ということで、今回は岳南鉄道さんぽに行きましょう。工場の景色がね、ほんとにいいの」
「はあ」
 イノキンさんが工場萌えの素質を持ってるかどうかは置いといて。
 岳南鉄道は、静岡県の、富士山の南にあるから「岳南」。東京からなら新幹線で三島まで行き、各駅停車に乗り換えて吉原へ。そこから乗り換える私鉄です。東京からずっと各駅停車で行っても苦になる距離ではないです。

 東京駅で待ち合わせると、イノキンさんは「昨日買っておきました!」と、やる気たっぷりで新富士までの切符を渡して来た。
 いきなりうっかりだ!!
 新富士は三島の次の駅だよ。行きすぎだよ。

「すいません、なんか、富士山のイメージが強かったのでつい……」

 切符の払い戻しで早くも当初の予定から遅れたものの、新幹線でばーっと三島へ、そして吉原へ。まだ午前10時。JRのとなりにある小さなホームには、これまた小さな赤い電車がかわいく1両だけ停まっています。発車まではまだ時間があるので、休日限定の乗り放題切符を買ってからちょっと吉原駅周辺を歩いてみる。さみしい。駅前がガランとしている。いわゆるシャッター通りというよりも、もとからほとんど何もなかった風情。

 のんびり戻ってきたら、あら、さっきの赤いのがもう行っちゃってました。次の電車まで40分待ちです。私たち、こんなときどうする?
 そりゃもちろん歩くよね。先の駅まで歩くよ。これまでいつも私はそうしていた。
 イノキンさんが「地図あるんですか?」と心配してくるけど、なんとなくでいいよ。こっちかなーっていう方向に歩けばどっかの駅に着くよ、たぶん。

 ああ、正面にはよく見える富士、すばらしい青空。
 しかしそれに反して、くさい。
 このへんは製紙工場がたくさんあるんだ。煙突がモクモクしてて、くさい!! こりゃ東京より空気悪いな。

 そんななかを、なんとなくの勘で次の駅に歩きます。来る前に少し見た地図の記憶では、2つ先の駅のほうになら歩けるはずだった。でも、勘の方向にいくら歩いてもなんにも見えてきません。街らしきところにたどりつくはずなのに、ずっと工場っぽい殺風景な景色が続いて、街っぽさのかけらもない。それにくさい。
 2キロくらい歩いたら初めてコンビニがあった。チョコまんを買って、地図を立ち読みしてみました。

 超まちがってたー。
 2コ先の駅を狙っていたつもりが、もう4コ目の駅のそばまで来ていたのでした。そりゃー長く感じるわけだ。ま、それでも4駅分歩いたのはある意味得したよ。
「あ、ほら、踏切見えてきた!」
「あ、よかったー。あのへんが駅ですかね?」
 2人が達成感に浸ったのもつかの間、あ、目の前で踏切が閉まって、1両のかわいい電車が、あ、無情にも……行ってしまった……。切符うっかり、道うっかりのおかげで電車を2本も逃すとは。また30分待たなきゃいけない。

 やっと着いた岳南原田駅は年季の入った木造で、私の大好きな感じの駅だったのが不幸中の幸いです。写真とか撮ってぼんやりしてたら30分なんてすぐ過ぎるさ。

 ほら電車が来ました。
 ああ、やっと電車に乗れる。岳南鉄道に乗りに来たのに、乗るまででこんなに文字を費やしてやがる! なんて効率が悪いんだ!


 で、岳南鉄道のクライマックスは岳南原田駅と比奈駅の間なんです。道をまちがったせいでいきなりクライマックスシーンから乗っちゃって、ちょっともったいない。
 なぜここがクライマックスかというと、工場と工場の真ん中を縫ってくねくねと電車が走るのです。電車の上を平気で工場のパイプがまたいだり、大きなタンクの横を通ったり、まるで工場の中を運ばれていく気分なんです! 電車が工場に呑まれてる感じなんです! ディズニーランドのアトラクションみたい! あのワクワク感、文字じゃ表しきれないよ。

 いきなりのクライマックスが終わると電車は比奈駅に着く。ここでもう私たちは降りました。なぜか。ここにオシャレカフェがあるからさ。

 ここにも木造駅舎(意外にも無人じゃなかった)がぽつねんとあり、大きな富士が見え、その前にめちゃくちゃにパイプのはりめぐらされた工場があり、「喫茶美人」というボロッボロの看板(本体はどこだか不明)がある。駅のそばにはいつ打ち捨てられたのか分からない、塗装が完全に錆び切った古い電車(?)がいくつも置いてある。あとは殺風景な工場の寮のようなものと砂利の敷かれた空き地しかない。そしてやっぱりくさい。
 なんなんだこの荒涼とした地は。ゴーストタウンなのか。でも、富士が見えるからアメリカ西部の雰囲気は皆無。日本で唯一と思われるこんな独特の雰囲気の地に、ローカル・オシャレカフェが! 奇跡の立地なのです。
 駅を出て空き地をつっきり、人通りが全くなくてトラックだけがごくたまに通る道を渡ると、小さな四角いふつうの家がありました。よく見るとテラスにテーブルが置いてあって小さな看板があって、そこが「比奈カフェ」なのでした。

 どこにでもある油断だらけの駅前喫茶ではありません。家具のひとつひとつがかわいく、だるまストーブがあるすてきなカフェです。ここにオープンしてまだ5年程度らしい。
 なによりこのとんでもないロケーションだけで、私はここに百点満点以上与えてしまう。だってここ、21時半で終電が行っちゃう駅と、工場しかないんだよ。そして富士が見えるんだよ。ここにカフェを作ろうっていう意気に花束だよ。私は2か月に1回くらい、自分へのごほうび(OL用語)としてここに来たいね。ここでだらだら本読んだり仕事したり、するんだ。ふふ。

 長く歩いた疲れもあって、私とイノキンさんはそこでだいぶだらだらしてしまった、が、岳南鉄道にはまだ1駅分しか乗ってないんだった。もっと楽しまなきゃ。
 ちなみに、岳南鉄道の乗り放題券は400円という採算度外視の価格でございます。終点まで片道320円なのに! ひどい安さだよ、だいじょぶなの?

 比奈から、とりあえず終点まで行ってみましょうか。車内の席は2〜3割しか埋まってない。休日のためか、いかにも鉄ちゃんと思われるおじさまがたが、ものものしいカメラをたずさえて乗っている。が、ビニール袋を牛乳やらミカンやらでパンパンにして爆睡している母娘連れもいます。よかった、地元の人もいるんだよ。
 田舎に行って鉄道を使うと、「乗って残そう○○線!!」っていう看板がよく置いてあるけど、それはもうつぶれそうだというサイン。岳南鉄道にそれはなかったのだ。ここはきっとつぶれないよ。

 そんな電車はのんびりと終点の岳南江尾駅へ。
 岳南江尾。どことなくこの世の果てのような悲しい駅。木造の古い駅舎はあるけれど、人はいない。駅を出ても店ひとつない。前に来たときは駅を出てすぐ蛇に出くわした。
 なんでこんなに悲しい気持ちになるかというと、きっと真上を通る東海道新幹線の高架線路のせいです。ときどき、ゴオオオ!! というとんでもない音を立てて新幹線が一瞬で通過する。高架の陰のせいか、一帯は薄暗い。この小さな駅も鉄道という点では一緒のはずですが、あまりの格差です。
 せめてここに新幹線の駅を作ってあげればよかったのに。そしたらみんなこの駅を乗り換え駅にして、どこかに行くのにね。
 でも、私はほんとは、このさみしさが好きなんだ。

 岳南江尾では特に何も見ず、いま来た電車にそのまま乗って戻ります。あれ、さっきの買い物袋をもった母娘連れがまだ乗りつづけてる。なんで折り返してるの? まさか、鉄ちゃん? でもその生活感あふれる買い物袋はどう見ても地元の人。
 母娘は岳南富士岡駅で降りました。小4くらいの女の子が、いそいそと電車の写真を撮っている!
 どうやら、まさかの母娘鉄道マニアなのでした。父&息子なら分かるんだけど、いまどきの鉄道マニアの裾野は広いなあ。でも、買い物袋からして、地元の人なのはまちがいないと思う。地元の岳南鉄道が大好きってことなのかな。

 電車は吉原方面に戻って行き、その間、またさっきの比奈〜岳南原田間のクライマックスゾーンを通ります。工場! 工場! パイプ!! 私はこの雰囲気を収めたくなって、デジカメを動画モードにしてしまった。
「いちばん前に行って撮りましょうよ!」
 イノキンさんがそそのかすものの、すでに電車大好きの小学生数人がかぶりつきの席にいる。そこにこんな得体のしれない大人2人が行ってはいけないと思う。
 そんなわけで、子どもの頭越しに、こっそりと動画を回しました。
 画面下部にずーっと子どもの後頭部が映りこんだ工場動画を撮り終え、私たちは本吉原駅で降りた。

 すごい駅です。本がついてて本物感を出してるわりには、バーミヤン(ファミレス)の駐車場のフェンスの途切れたところが入口という、異様に肩身が狭い無人駅です。広い駐車場と巨大な工場のタンクの間にちょびっとホームが置いてある感じで、かなり近くに来ないと駅の存在にすら気づきません。
 本吉原と吉原本町(次の駅。名前がややこしい)のあたりは吉原という街の中心地。駅間の距離がものすごく短いので、私たちは吉原の街をさんぽしながら吉原本町駅に向かいました。おっきなコッペパンのある「日東ベーカリー」は、コッペパンの間にいろんなクリームをサンドしてくれます。私はきなこフレークをサンドしてもらいました。イノキンさんは、あんバター。男子学生用のボリュームでした。


 吉原本町の駅も小さいけれど、本吉原と違ってだいぶ存在感がある。きちんと商店街がつらなっていて、街っぽい。ややシャッター通りっぽいけれども、岳南鉄道とともにがんばっていただきたいものです。
 吉原本町駅から吉原駅まで戻る間も、左右に工場が見える。間にあるジャトコ前駅なんていかにも工業地帯の駅です。その名のとおり、ジャトコという工場の前にあります。でも、工場群はちょっと線路から離れているので、アトラクション度で言うと断然「岳南原田〜比奈」のほうが上だね。

 とまあ、どうにか乗りつくして吉原駅に帰ってきた私たちです。
「私、いきなり切符まちがえてすみませんでした……」
「いや、私こそてきとーに歩いたから道まちがったし。でも、やっぱりここ楽しい」
「あ、そうですね。駅がかわいかったです。あと、途中の駅にいた猫が」
 イノキンさんのツボの中に工場は入ってなかったです。
 でもいいの。2人ともテツかわいい部分は十分味わったから。

※続きは文庫『うっかり鉄道』でお楽しみください。

*   *   *

『うっかり鉄道』目次

1 鉄道の日に、いちばん好きな駅へ(神奈川/JR鶴見線・国道駅)
2 富士と工場のテーマパーク(静岡/岳南鉄道)
3 平成8年8月8日の奇蹟(関東一円/八のつく駅)
4 平成22年2月22日の死闘(千葉/JR京葉線)
5 あぶない! 江ノ電(神奈川/江ノ島電鉄)
6 最南端の最新モノレール・ツアーズ(沖縄/ゆいレール)
7 琺瑯看板フェティシズム(北海道/JR宗谷本線・留萌本線)
8 最寄り駅から空港まで歩こう(熊本・鹿児島/JR肥薩線)
9 あったか土佐の小さすぎる日本一(高知/土佐電気鉄道) 
 

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能町みね子

1979年生まれ。文筆業。イラストも少々。著書に『お家賃ですけど』(東京書籍)、『くすぶれ!モテない系』(ブックマン社)、『縁遠さん』(メディアファクトリー)、『オカマだけどOLやってます。』(文藝春秋)などがある。

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