自分にばかり、なぜか降りかかる小さな不幸。そんな不幸を、短歌とエッセイで綴っている本連載より、『全員がサラダバーに行ってる時に全部のカバン見てる役割』というタイトルで書籍化され、ついに、桜の開花とともに文庫化!
文庫化にあたって、歌人・小説家の加藤千恵さんが、幸せすぎる解説をくださいました。「不幸」と「トホホ」を恋人にしている歌人芸人・岡本雄矢さんに、こんな幸せ、あってはならないことなのに…。
しかし、あまりにも名文!
特別にこちらに公開させていただきます。
* * *
解 説 ― 立ち止まる人
岡本雄矢さんの名前は、ずいぶん前から知っていた。
最初は、歌人の山田航さんからのメッセージだった。岡本さんが脚本と演出を手がけられている舞台劇をご案内してもらったのだ。あいにく日程が合わずにうかがえなかったのだが、そのあと、山田さんと担当していた雑誌の短歌投稿欄で、岡本さんのお名前(というか短歌)を目にすることが増えた。おもしろいものが多く、優秀歌や特選歌に採らせてもらったこともある。
しかし、お笑いコンビ・金属バットのYouTube動画を聴いていた(動画と言いつつもラジオのようなもので、映像はないのでいつも音だけ聴いている)際に、金属バットの二人の口から出た「スキンヘッドカメラの岡本」が、岡本雄矢さんであるとすぐにはわからなかった。金属バットの二人は、岡本さんについて、後輩だと思っていじり倒していたら、まさかの先輩だった、というようなことを話していた。どういう人なんだろうな、なんてぼんやり考えた。
本書『全員がサラダバーに行ってる時に全部のカバン見てる役割』(以下、サラダバー)が単行本として刊行される際に、岡本さんと対談の機会を得た。その依頼メールをいただいた瞬間に、金属バットの口から出た「スキンヘッドカメラの岡本」と岡本雄矢さんが結びついたのだった。気づいた瞬間は、一人きりだったにもかかわらず、小さく声が出た。
対談はリモートではあったが、顔を見てお話できるのは初めてで、とても楽しみにしていた。
しかし対談当日、岡本さんは暗闇だった。(※当時の対談記事は、こちら)
正確に言うと、暗闇、というわけではない。光はあった。だけど何もわからなかった。テレビで時々見かけるような、すりガラス越しの匿名証言者という感じだが、そのほうがまだわかる。シルエットもわからなかったし、そこに人がいるかも定かではない画面で、片隅に「スキンヘッドカメラ」という文字だけが表示されていた。
そしてそこにいる(とは思うが定かではない。なにせ見えないのだから)人はただ、すみません、本当にすみません、と謝罪の言葉を繰り返していた。約束の時刻を過ぎていたからだ。パソコンがどうしようもなく重く、スマホの画面がひどい状態なので、なんとかパソコンで入ろうと思ったけれどうまくいかなかった、といったことを伝えながら、こちらが、大丈夫ですよ、と話してもなお、気の毒になるくらい謝っていた。
サラダバーの作者がそこにいる、と思った。岡本さんを見ていると(繰り返すが見えてはいないけど)、読んでいた岡本さんの文章が、さらに説得力を増して感じられた。金属バットの二人が、後輩だと思った、と話したのにも深く納得した。岡本さんとわたしは同学年なのだが、何も前情報がなければ、絶対に後輩だと思っていた気がする。「スマホの画面がバキバキになっている、パソコンからうまく対談に参加できない人」を、先輩か後輩に分けるなら、後者しかありえないだろうと思うのだ。
おそらく岡本さんの後輩感は、本人にお会いしていなくても、サラダバーを読んだ方になら、すぐに伝わるのではないだろうか。それもまた魅力の一つだろう。
話を本書の内容にうつすと、ここに収録されている短歌もエッセイも、どれもささやかに情けなくて、ささやかに不幸だ(時に、ささやか、の範疇を超えている場合もあるけれど)。
セリフが具体的に書かれていることも多く、まるっきり同じシチュエーションというのはなかなか存在しないにもかかわらず、「知ってる!」と言いたくなる。見たことのある光景で、抱えたことのある感情だ、という気持ちにさせてくれる。そして同時に、ここで岡本さんはしっかりと立ち止まるのだな、と驚かされる。書かれている光景も感情も、ともすれば、日常の中で通り過ぎてしまいそうになるものだ。絶対に世界の真ん中ではないし、果てでもない。なんてことのない場所で、特別じゃない出来事。
のみこめなくて、一瞬はそのことで頭をいっぱいにするかもしれない。けれどまたやってくる新たな物事に対処しているうちに、いつのまにか忘れてしまう。その繰り返し。
けれど岡本さんはそうではない。しっかりと立ち止まり、じっと見つめ、拾い、磨きあげる。それを短歌やエッセイにする。
ここで一首引用する。
《見上げても見上げなくてもあの雲はなににも似てない形をしてる》
これはエッセイではなく、短歌のみで並べられたうちのものだが、最初に読んだときに驚いてしまった。空に浮かぶ雲が何かの形に似ている、というモチーフは、詩歌だけではなく、絵本や小説などでも多く使われているものだが「なににも似てない」なんて。今までわたしは「なににも似てない」雲を数えきれないほど目にしていたにもかかわらず、それを短歌にしようなんて、一度として思ったことがなかった。だからこそ驚いたのだ。岡本さんはこんなにも逃さないのか、と。
そんな驚きを含みつつも、基本的には、とても気軽に楽しく読める一冊だ。好きなページから好きなふうに読んでいい。短歌だけ読んでも、エッセイをじっくり味わっても。それを許してくれる雰囲気にも満ちている。
読むたびに好きな短歌もエッセイも変わっていくのだが、わたしが特に印象に残っているのは、初めての同棲生活を書いたものだ。もしかすると本文よりも先に解説を読まれている方がいらっしゃるかもしれないので、引用はやめておくが、三日目に恋人から向けられた言葉とその短歌に、小さく衝撃を受けた。おそらくリアルな出来事を書いているので、この言い方もおかしいかもしれないが、本当にリアルだ、と思った。イメージしただけでは生まれてこないフレーズ。
立ち止まりつづけるのは大変だろうとわかっているが、それでもなお、立ち止まりつづけてほしいと願う。なぜならもっと読みたいからだ。岡本さんの短歌を。岡本さんのエッセイを。
最後に、個人的な約束の話を備忘録のように記してしまうが、リモート対談での遅刻のお詫びとして、岡本さんからは、いつかアイスをおごります、という言葉をもらった。買ってもらう商品の目星はもうつけているので、一日も早く実現してほしい。そして例の短歌を繰り返してもらいたい。ひっそりと願っている。
《おごるって言ったのはアイスの話で、それチョコレートパフェじゃねーかよ》
* * *
そしてこのたび、この「約束」のために、加藤千恵さんと岡本雄矢さんの面会が叶いました。
おふたりの「初面会」は、対談として実現されました。
あんなこともこんなことも、ノーカットですべて公開!笑いっぱなしの対談記事は4月28日公開予定です。
* * *
新刊『センチメンタルに効くクスリ トホホは短歌で成仏させるの』に続き、
『全員がサラダバーに行ってる時に全部のカバン見てる役割』が文庫に!
読めば読むほど、なぜか幸せな気持ちにしてくれる短歌&エッセイをお楽しみください。
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僕の不幸を短歌にしてみました(エッセイつき)
著者は、主に”不幸短歌”を詠む「日本にただ1人(たぶん)の歌人芸人」。
よく失敗する、言いたいことが言えない、反論したくても返せない、なぜ自分だけこんな目に合うのかといつも思う、自分には劇的なことが起こってくれないと嘆いて生きている……。
そんな著者から見える”世界”を、フリースタイルな短歌(&ときどきエッセイ)にしてお届け。
もしあなたが自分のことを「不幸だ」と思っているなら、「もっと不幸な男」がここにいると思ってください。
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