大学受験シーズンも終盤を迎え、春からの新生活に胸を躍らせる方も多い季節です。ふたりの女子大学生の連帯を描いた、真下みことさん『春はまた来る』は、ぜひこれから大学生になる方や、その親世代の方に読んでいただき、来る大学生活を健やかに過ごしていただきたいという願いも込められた一冊です。試し読みをお届けします。
* * *
(承前)
紗奈が来なかった日、いつものように課題を進めていると、順子の右隣の宮田くんが、電磁気学の課題が一段落したらしく、思い出したように言った。
「昨日サークルの女子大の子の課題手伝ってあげたんだけどさ」
「おう」
さらに右にいる別の男子が返事をしたので、順子は何も言わずに実験の事前レポートを書き進める。
「統計の課題、信じられないくらい簡単でさ」
「それはたまにここに来る子のやつ?」
紗奈のことだ。そう思って顔を上げると、宮田くんがこっちを向いた。
「いや牧瀬さんも聞いてよ~。昨日サークルの女子大の子の課題やってあげたんだけどさ、統計学入門、みたいなやつで、平均値と中央値って何が違うんだっけとか真面目に聞かれちゃって、さすがにそれは高校で習うだろって、普通に引いちゃってさ」
紗奈であれば宮田くんはそう言いそうなので、これは紗奈のことではないのだろう。
「それは引くわな」
奥の男子は苦笑いを浮かべている。順子は頷くだけで、表情を変えられなかった。
「で、そいつメイクめちゃくちゃ濃いのね。アイシャドウがもう、なんていうかガッツリ」
アイシャドウを塗ったことがない順子にはその女の子の顔があまり想像できなかったがいつの間にか話に入ってきている男子たちは、メイクが濃い女子ってきついよな、などと笑っている。
「だから俺さ、お前そのアイシャドウ塗ってる暇があったら、もう少し本とか読んだ方がいいんじゃねって」
「えっ」
「言ったの?」
みんなが笑いを堪えるようにそう言った。その様子を見て、宮田くんはニヤリと笑ってから、
「言うわけねえだろ。カフェで飲み物奢ってよ、とか言って全部やってあげたよ。空気悪くしてもこっちにメリットないし」
とどこか得意げに言った。すると別の男子が、
「俺もインカレだけどさ、なんであそこにいる女子ってあんなに頭悪いんだろうな」
と笑ったので、みんながひでえ、と声を上げて笑った。
こんな会話を、順子たちは何度もしたことがあった。自分たちは頭が良くて、女子大の子たちは頭が悪いと、彼女たちを笑うような会話を。
――テニサーが飲みサーだなんて言われる原因は頭の悪い女子にあるんじゃないかと思ってるくらいだね。
――けど実際、まじで頭悪いんだよ。大学にもアホみてえな小さいバッグで行ってるし。
――メイクも濃いしな。
――この間の飲み会でsinxの微分は? って聞いたら、あいつらなんて言ったと思う?
――サインってなんだっけ、だってさ。
――微分は知らないとしても、sinxの存在そのものを忘れるのは人として普通にやばいだろ。
――普通にバカだよな。
そして、その会話には、順子もいつも含まれていた。
――えー、それはバカかも。
ああいう言葉を口から発する時、そこにあるのは確かな優越感と妙な一体感で、友達という友達ができたことのない順子はそれが病みつきになっていた。誰かを馬鹿にすることでしか得られない連帯感。その対象が、順子たちの場合には女子大の女子であった。しかし順子がこの前紗奈に専攻を聞いた時、男子たちは誰も気にしていなかった。いや、なんなら紗奈に対して「勉強なんてしない」と決めつけるように言っていた。飲み会で微分の話をする十分の一の時間でも、彼らが彼女たちの学んでいることに耳を傾けたことはあったのだろうか。

「牧瀬さん?」
宮田くんに顔を覗き込まれていると気づき、順子は慌てて目を逸らした。
「どうしたの?」
声をかけられ、お茶を取ってくると答えて席を立った。順子はどこかおかしいのだろうか。今まで通り女子大の子を馬鹿にできないのは、順子のせいなのだろうか。
お茶が湯呑みに注がれているのを見ている間、順子はずっと紗奈のことを考えていた。
――順子のことをもっと知りたいからだよ。
ああ言ってくれた時、紗奈は順子が「上」だとか「下」だとか「W大」だとか「女子大」だとか、そういったことは何も関係なしに、順子のことを見ていた。
紗奈と知り合う前、女子大の子、というのは順子にとって単なる記号だった。頭が悪くて、メイクが濃くて、大学にも派手な格好で行っていて、いつも小さな鞄を持っている、未知の存在。同窓会で紗奈を見た時の勝手な印象が、順子にとっての全てだった。けれど今、紗奈と会話するようになり、女子大の子だって一人の人間なのだという当たり前のことに気づいてしまったのだ。これまで通り馬鹿にできないのは、当然のようにも思えた。
しかしそう考えると不思議なのは、インカレサークルで日々女子大の子と一緒に過ごしている彼らが、順子もいるとはいえ男子だけになると女子大の子を馬鹿にすることだった。
一緒に過ごしているのに、彼らは人間として女子大の子を扱おうとは思わないのだろうか。
そんな考えが、頭の中をほんの一瞬通り過ぎ、そしてその間にお茶は注がれていた。
順子が席に戻るとみんな各々の課題をする時間に戻っていたので、順子はどこかほっとした気持ちで、レポートパッドから一枚レポート用紙を取り出した。












