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意識の正体

2026.02.03 公開 ポスト

もし人間が冬眠したら……目覚めた後の私は本当に「私」なのか?櫻井武(筑波大学教授、同大学国際統合睡眠医科学研究機構副機構長)

睡眠よりもはるかに深く、長く、静かな状態──冬眠。そのあいだ、脳活動は極限まで低下するが、「意識」や「記憶」は本当に消えているのだろうか。冬眠動物の研究や人工冬眠技術の進展は、自己の連続性という根源的な問いを浮かび上がらせる。無意識の最深部で、〝私〟はどのように保たれているのか。

睡眠研究の第一人者である筑波大学の櫻井武教授が、意識の役割と“自分”の正体に迫ったサイエンス新書、『意識の正体』。本書より、冬眠という極限状態から意識の正体に迫る内容を抜粋してお届けします。

*   *   *

ヒトが冬眠できる未来はくるのか?

睡眠よりもさらに深く、さらに長く、さらに静かな状態――それが「冬眠」だ。

何日も、何週間も、あるいは何か月もの間、ジリスやハムスターなどの冬眠動物たちは、脳活動も含めて生命活動の大半の機能を大幅に低下させてしまう(Carey et al., 2003)。

だがそのとき、意識はどこに行っているのだろう?

近未来には、人工冬眠技術により人類も医療目的や宇宙探査のために冬眠を行う日が来るだろう。その時のために、意識を含めた脳機能が冬眠という状態でどのように変化しているかを理解しておく必要があるはずだ。

医療や宇宙旅行を目的にして人体を冬眠状態にするなら、覚醒後、記憶や意識を含めた脳機能はどのような影響を受けているのか、知る必要があるからだ。

だが、その前に、人類は冬眠動物ではない。

私たちは、はたして冬眠できるのだろうか?

 

ヒトが冬眠したら記憶はどうなるのか?

冬眠というと、限られた動物が獲得した特殊能力のように思えるが、進化論的に見ると多くの哺乳類が潜在的にもっている能力であり、哺乳類に進化する以前にすでに獲得していた可能性が高い。

実際に哺乳類の中で冬眠するものには、ヤマネ、オポッサム、コウモリ、シマリス、ジリス、ゴールデンハムスター、ツキノワグマなどがいる。マダガスカル島に生息するキツネザルの一種、フトオコビトキツネザルは、人類と同じ霊長目に属しているが冬眠をする。

哺乳類はこうおんせい(生物が体温を一定に保つ性質のこと)を獲得したが、冬眠する哺乳類はその機能を変化させ、先祖返りのように低体温の状態をとって冬眠する。多くの哺乳類が冬眠するということは、人類も冬眠する潜在能力をもっていることを暗示する。

実際に、スペイン北部のアタプエルカにある遺跡シマ・デ・ロス・ウエソスで見つかった35万年以上前の人類、ホモ・ハイデルベルゲンシスの化石骨の状態が、クマなど冬眠する動物の化石骨の状態と類似していたという研究結果もある。

骨の成長が毎年数か月中断していた可能性があり、研究者たちは、食べ物がほとんどない寒い冬に何か月も睡眠することで代謝を大きく下げ、生き延びたのではないかと考えている。

ヒトが冬眠したら、はたして記憶はどうなるのだろう?

「自己の連続性」はどうなるのだろう?

ここからは、〝極限の無意識〟としての冬眠を通して、意識の最も深い断絶とその意味を探ってみたい。

 

冬眠とはなにか

冬眠とは、体温を下げ、代謝を極限まで下げ、外界への反応をほとんど停止する生理的戦略である。消費エネルギーを抑えることにより、食物が得られない時期を乗り切るのだ。

しかし、生理機能は完全に〝停止〟しているわけではない。生理機能は著しく低下しているが、停止はせず、生命の灯は小さくともりつづけている。このとき脳も〝ほぼ沈黙〟しているが、完全な停止ではない。

つまり、冬眠は、〝「意識」を前提としない生命維持のかたち〟であるともいえる。

しかし、そこには〝意識の予備電源〟だけがいたままの静寂がある。

興味深いのは、冬眠から覚めた動物が「連続した自己」をどう感じているか、である。冬眠前と後で、動物は「世界の連続性」をどう体験しているのか? こうした問いは、人工冬眠や人工的な低代謝状態の研究とも結びついており、医療・宇宙工学の分野でも注目されている。

今まで述べてきたように、睡眠中には記憶の固定化や情報の整理が行われているとされる。だからこそ私たちは、人生を秩序だった連続のものとして認知していられる。

では、記憶を紡ぐ作業は冬眠中でも行われているのだろうか? 睡眠と冬眠では、脳の活動レベルが大幅に異なるし、その継続時間も異なる。動物が冬眠から目覚めたとき、彼らは眠る前の〝世界観〟をそのまま保っているのだろうか?

冬眠動物が冬眠から目覚めるとき、環境への反応、繁殖行動、食物探索行動などは冬眠前の〝文脈〟を引き継ぐかたちで始まる。つまり、冬眠中にも「自己史における文脈」は保存されていると想像される。

だとしたら、冬眠中にも記憶などの時間的自己連続性を保つための根本的な機能は継続されていると考えるのが自然であろう。私たちが睡眠から目覚めたとき、「自分の人生の続きを再開する」ように、冬眠明けの脳もまた、自分史の文脈を維持しているのだろうか。

近年、実験動物であるマウスに、人工的に冬眠類似状態を誘導できる技術(QIH)が登場したことで、これまでアクセスできなかった無意識の奥深い時間を科学的に観察できるようになってきた(Takahashi et al., 2020)。

冬眠、そしてQIHは、無意識と意識の境界を再定義する重要なモデルであり、生命と意識の最小条件とは何かを問い直す鍵であると同時に、記憶と未来、そして意識の連続性の謎を解き明かす実験室でもある。

こうした実験系を使うなどして、冬眠中の神経活動やその後の記憶・行動の変化を比較することは、「無意識の最深層」がいかにして意識を再起動させるかを探る重要な手がかりとなるだろう。

 

冬眠中に覚醒が生じるわけ

興味深いのは、ジュウサンセンジリスなどの冬眠動物は、半年にわたる冬眠の間、ずっと完全に意識を失っているわけではなく、数日に一度「中途覚醒(inter-bout arousals)」と呼ばれる短時間の覚醒状態を挟みながら、半年もの冬眠を継続するという点である。

この中途覚醒は昔から広く知られていたが、その生理的意義はいまだ明確にされていない。免疫機能の維持、神経ネットワークの修復、あるいは睡眠をとるため――などの仮説はあるが、決定的な証拠は乏しい。

ここで、「中途覚醒」が単なる生理的調整ではなく、〝自己の連続性〟を保つための戦略ではないか、という大胆な仮説を提示してみたい。

完全な無意識状態が長く続けば、時間の主観的連続性や身体の恒常性が崩れ、自己という感覚が霧散してしまう可能性がある。

だが、ジュウサンセンジリスは定期的に短時間覚醒し、そのたびに〝私〟を再び世界につなぎ止めるのではないか。

中途覚醒は、「無意識の深層から時々浮かび上がり、世界の情報をサンプリングするための意識を灯す」ものであり、自己の連続性を密かに維持する役割を担っているのではないだろうか。

もしそうであれば、冬眠中における「中途覚醒」は、生命維持や代謝を制御するということ以上に、〝私〟という主観の自己同一性を守るための生理的戦略なのかもしれない。

生きていくためだけだったら、〝私〟という主観も自己同一性も、あるいは、世界を連続したものとして認知することすら必要はない。

しかし、動物は意識をもったことによって、そして環境や社会とより複雑な相互作用をするようになったことにより、自己同一性を確保することを必要とするようになった。冬眠中も、ときどき覚醒して世界を観察し、世界の中で自分の立場を確かめる……それが冬眠中に飛び飛びに起こる覚醒を必要とする理由なのではないか。

深い眠りの中で、冬眠動物たちは、ほんのわずかに目を覚まし、世界の続きを確かめる。そうしてまた、無意識の海へと沈んでいくのだ。

これは仮説にすぎない。しかし、将来人類が人工冬眠を実装するとしたら、その影響を知っておく必要があるだろう。

*   *   *

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意識の正体

「意識」は感情や意思決定に深く関わっているとされるが、それは錯覚にすぎない。例えば、あなたが今日コンビニでペットボトルの水を買ったとしよう。数ある種類の中からその水を選んだ理由を説明できるかもしれない。しかし最新研究では、私たちの意思決定を下しているのは“意識”ではなく、“無意識”であることがわかっている。だとすれば、私たちが「自分で選んだ」という実感はどこまでが本物なのか? 意識は何のために存在するのか? 日常のささいな選択から「自分」という感覚まで──生命科学最大の謎に迫る!

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櫻井武 筑波大学教授、同大学国際統合睡眠医科学研究機構副機構長

一九六四年東京生まれ。筑波大学大学院医学研究科修了。筑波大学基礎医学系講師・助教授、テキサス大学ハワード・ヒューズ医学研究所研究員、筑波大学大学院人間総合科学研究科准教授、金沢大学医薬保健学総合研究科教授などを経て、現職。医師、医学博士。一九九八年、覚醒を制御する神経ペプチド「オレキシン」を発見。睡眠・覚醒機構や摂食行動の制御機構、情動の制御機構の解明をめざして研究を行っている。第十一回つくば奨励賞、第十四回安藤百福賞大賞、第六十五回中日文化賞、令和七年度文部科学大臣表彰科学技術賞(研究部門)などを受賞。著書に『睡眠の科学』『「こころ」はいかにして生まれるのか』『SF脳とリアル脳』(いずれも講談社ブルーバックス)などがある。

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