元外務省主任分析官・佐藤優さんとの共著『宗教と不条理 信仰心はなぜ暴走するのか』を出版した、歴史学者で東京大学名誉教授の本村凌二さん。世の中にさまざまある不条理を乗り越えるには、古代ギリシャから伝わる「メーデン・アガン」という言葉がヒントになるといいます。現代を生きる人たちに伝えたい、この「生きる知恵」についてくわしくうかがいました。
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「感動する経験」を積み重ねていく
── これまで先生は、東京大学教養学部、早稲田大学国際教養学部などで教鞭をとられてきました。そもそも教養というのは、どんなものだとお考えですか?
古典的な著作を読むと、後々まで残るんですよね。社会科学でいえば、マルクスの『資本論』だったり、マックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』だったり。
文芸作品なら、ホメロスの『イリアス/オデュッセイア』や、ミゲル・デ・セルバンテスの『ドン・キホーテ』、シェイクスピアの『ハムレット』とか。名前は知っていても、読んだことのある人は少ないのではないでしょうか。
私は『20の古典で読み解く世界史』(PHP研究所)という本を出していますが、重厚な古典と格闘するのは大事なことだと思っています。自分の中にいろんな知識が定着しますし、ものの考え方がわかってきます。
また、最近は「人生100年」と言われますが、人間というのは結局、それくらいの短い時間しか体験することができません。しかし世界史、あるいは文明史を学ぶことで、5000年の体験をすることができます。
重厚な知識となる古典を読むこと。世界的な視野で5000年の歴史を学ぶこと。この2つが、教養の基本になるのではないでしょうか。
── これだけは読んでおきたいという、おすすめの本はありますか?
古いものでは、やはり『イリアス/オデュッセイア』ですね。古典中の古典と言われている作品です。近代のものでは、やはりトルストイの『戦争と平和』や、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』でしょうか。ぜひ若いうちに読んでもらいたいですね。
── 教養を身につけるには、やはり本を読むのがいちばんでしょうか。
本を読むことがいちばんの近道だと思います。ただし、古典を読むのは時間もかかりますし、集中力も必要です。自分の適性にかなっていればいいけれども、みんながみんなそうではありません。
そこでおすすめしたいのが映画です。映画なら2、3時間で見ることができるし、ビジュアルだからわかりやすい。
私は最近、『名作映画で読み解く世界史』(PHP研究所)という本を出しました。映画が生まれてから120年ほどたちましたが、その間につくられた優れた映画は、私たちに感動を与えてくれます。
たとえば、『ベン・ハー』という映画があります。私はこの映画を中学生のときに見たのですが、ここで描かれている古代ローマ帝国の印象が、ビジュアルも含めて強く心に残っています。
私が古代ローマ史を研究するようになったのも、この映画の影響が大きいという気がしています。
私は古典でもなんでも、いちばんの基本は感動することだと思っています。古典的な著作を読んだり、いい映画を見たりして受け止めた自分なりの感動は、ひとつの大きな経験になります。
感動する経験を積み重ねることは、教養を培っていくうえで非常に大事なことだと思います。
古代人が残してくれた「メーデン・アガン」
── 先生がお考えになる、世界史を学ぶ意義を教えていただけますか。
かつては、「日本の歴史」と「世界の歴史」という全集を出したとすると、前者は後者の倍以上の売れていました。大河ドラマで徳川家康や紫式部が取り上げられましたが、要するに日本史は身近なんです。
ところが世界史は、カエサルがどんな顔をしているかなんて、一般の人はなかなかわかりません。なじみ深さに欠けるので、世界史は日本史よりも人気がなかったんです。
でも、今はずいぶん変わってきたようです。かつては日本のことだけ知っていればよかったですが、社会がグローバル化する中で、世界に目を向けていかなくてはなりません。そして、こうした潮流はますます加速しています。
地球規模での交流が広がっている以上、世界史の必要性が高まっていくのは当然だと思います。
── 本書のタイトル『宗教と不条理』は先生からいただいたものですが、世の中の不条理を乗り越えるために必要なことは何だと思いますか?
そもそも不条理というのは、ものごとが自分の思っているようにいかない、つまり理想と現実のギャップを抱えている状態であると言えるでしょう。では、このギャップを乗り越えるにはどうすればよいのか。
古代ギリシャから伝わる、「デルフォイの神託」というものがあります。アポロン神殿に刻まれている言葉で、いちばん有名なのは、みなさんもよくご存じの「汝自身を知れ」でしょう。
もうひとつ刻まれている言葉が、ギリシャ語で「メーデン・アガン」、今の言葉で言えば「ものごとは中庸をわきまえなさい」「ほどほどにしなさい」という教えです。これは、なかなか大事なことではないかと思います。
不条理だからといって自分の理想を押し通そうとすると、そこに軋轢が生まれます。ですから、ほどほどのところで妥協する、ものごとを適当なところで収めることが大切なんです。
「メーデン・アガン」は、古代人が残してくれた優れた知恵だと思います。この言葉を、現代を生きる人たちにもくり返し伝えていきたいですね。
※本記事は、 Amazonオーディブル『武器になる教養30min.by 幻冬舎新書』より、〈【後編】本村凌二と語る「『宗教と不条理 信仰心はなぜ暴走するのか』 から学ぶ人間と宗教の在り方」〉の内容を一部抜粋、再構成したものです。
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武器になる教養30min.by 幻冬舎新書
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この連載では『武器になる教養30min.by 幻冬舎新書』の中から気になる部分をピックアップ! ダイジェストにしてお届けします。
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