
私の勤めるフィンランドの企業は、ザ・フィンランド、とでも言える昔ながらの会社である。サウナがあり、古臭いコーヒーメーカーが一日中稼働しいつこしらえたかわからない黒い液体を湛え、外からの来客があればピンポンではなくブザーが鳴る。下手したらカウリスマキ映画に出てきそうな雰囲気である。
そんな会社の私の属する部署には私以外の外国人従業員がもう一人いる。海外事業部なので自然なことではあるが、会社全体を見回すと外国人は非常に珍しい。更にその外国人の彼はフィンランド在住歴が短く、フィンランド語を話せない。
会社は英語で
そんな状況なので会社の公用語はフィンランド語でありつつも、彼が送るメールは英語で書かれているし皆も英語で返信する。彼が会議に加わる際は他のメンバーが全員フィンランド人であっても英語で話す。これには最初驚いた。
日本で同じ状況だったら自然と多数決で、「日本語話す人の方が多いから当然日本語で」とか、もっと理不尽ながらまっとうに見せかけた「ここは日本なんだから日本語で」と日本語を押し通すだろう。要は話せない方が悪い、というのが前提にある。「じゃあ訳しながら」と誰かが通訳を買って出ればまだいい方だ。
しかしここフィンランドでは皆がするっと英語に切り替えるのである。これは社内の仲間内に限った話ではない。協力会社との会議やご近所同士の立ち話でさえ、私の顔を見て(顔を見て相手は現地語を話さないと決めつける行為の良し悪しはともかくとして)「英語とフィンランド語どっちがいい?」と聞いてくれる人の多いこと。
人ができないことを受け止める
もちろんみなさんご存じのように、フィンランド人はだいたいみんな英語を話す、と言われている。ただしだいたいとぼかしているように、苦手な人ももちろん、いる。実際うちの会社にも学校で英語を学んだもののその後何十年も話す機会がなく、ゆっくり単語を絞り出すように話す人もいる。英語に苦手意識があり、陰でぼやく人もいるだろう。それでも話してくれるのである。
その根底には「会議はみんながわからないと意味がない」という当たり前の考え方がある。
英語を話すことへの抵抗の低さも理由の一つだろうけれど、自分ができること、即ちこの場合は現地語の習得を他人にも求めるのではなく、その人ができないという事実をいったん受け止めてどうするかすぐに切り替えるフットワークの軽さがある。

そういえば移住して間もない頃、フィンランドの小学校への視察に同行したときにも同じような経験をした。
ちょっと気軽な気持ちで学校見学してみようと、日本から来たお客さんを知人が担任を務める公立小学校4年生の授業に連れて行った。ちょうど社会の授業の時間だった。
それまで私が知っていた学校見学というのは授業をやっている後ろで大人たちが静かに並び授業を観覧する授業参観のようなものだったから、そのときもそうなるのだろうなと考えていた。しかしいざ教室に足を踏み入れ簡単に自己紹介をすると、そのクラスの子供たちは客がフィンランド語を話さないと知るなりさっと英語に切り替えたのだ。その上で、隣の子と単語を確認し合ったり教師やアシスタントに助けてもらったりしながらも日本に関する質問がいくつか飛び交った。
寄り添う子供を育てる
小学4年生の英語だからとても流暢というわけにはいかなかったけれど、それは平常の授業を教室の後ろから眺めるといった参観スタイルよりもはるかに有意義な体験だった。子供たちが日本に対してどんな興味を抱いているのか質問からうかがい知ることができたし、その興味の為には外国語をも操ろうという姿勢、少数のできない者を置いていくのではなくできない相手側に集団で寄り添うという習慣がもうできていたのを目の当たりにしたのだ。
当時はなにも知らず純粋に「なんていい子たちなの!」と感動しただけだったが、その後、会社で、取引先で、または単に買い物に出た先で、すっと言語を切り替える人に何度も出会った。そのたび、あのときの子供たちがそのまま大人になるとこうなるのだな、と感心させられ、まるで答え合わせをしたかのようにこの国のそんな習慣を見上げる気持ちになっていった。
ちなみに巷にはもちろん英語が苦手な人もいて、なかなか話さない人だなぁ、英語の会議だからかなぁ、もしくは私のフィンランド語がわかりにくいのかなぁと数年思っていたら単にスーパー無口な人だったとのちに判明したこともある。静寂を愛する環境から出て寄り添うかどうかは、また別物だということだ。
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