前編からの続き)

思考停止に陥ってぬるま湯に浸かったら
自分の人生はそこで閉じると思っていた

──作中に「何かを切り拓きたい一心で書き始めただけなのだ」という一文がありますが、これは早見さん自身の執筆姿勢にもつながっているように感じました。そして、「何かを切り拓く」っていうのは、さっき早見さんがおっしゃった「補欠の思考」ともつながるのかな、と。「補欠」たちは、何らかの武器を見つけて人生を切り拓かないといけないので。

早見 僕はエリートじゃないから、切り拓いていかないと人生が行き詰まっちゃうんですよ。でも、それってきっと僕だけに限った話ではなくて。『神さまたちのいた街で』の征人だって、決して「選ばれた天才」なんかじゃない。だから、自分の人生を切り拓くためには、質的に変化するような成長をしていかないといけないと思うんです。その成長は絶対に痛みを伴うはずで、征人の場合、それが小五で訪れてしまったという点においてはかわいそうですけど。でも、人によって何歳かの違いはあるかもしれないけど、人生を切り拓かなきゃいけない時期って誰にでも訪れると思うんですよね。

──友人の龍之介が折に触れて征人に示唆を与えるのも印象的でした。

早見 それは僕の経験が反映されているかもしれないですね。信奉者にとって宗教って絶対の存在じゃないですか。じゃあ僕にとって「絶対」と言える存在ってなんだろう? って考えたときに、一つは物語で、一つは家族で、そしてもう一つが友人の存在だったんですよ。龍之介を傍観者にはしたくなかったというか、彼も戦っている存在にしたかったんです。じゃないと、彼の言葉は征人に届かない。

──龍之介も実は厄介な問題を抱えていますよね。この小説の登場人物たちは「子供では解決できない問題」に巻き込まれているんだけど、「言葉の力」でその問題と対峙していく。そこが印象的でした。

早見 やっぱり「自分の言葉」って大事だと思うんです。作品の中で登場人物の一人に「あなたの武器を持ちなさい」って台詞を言わせているのですが、「自分の言葉」って、個人が持ちうる大きな武器になると信じていて。借り物の言葉でお茶を濁したほうが楽な場面は多いけど、そればっかだと息苦しくなっていく一方だし。

──事なかれ主義的に生きていく選択肢もあるとは思いますが、早見さんはそれをよしとしないわけですよね。やっぱりストイック。

早見 僕の場合、事なかれ主義で行くと「補欠」から抜け出せなかったから(笑)。「書く人間」になるためには、やっぱりどっかで一歩を踏み出さないといけなかったんです。思考停止に陥ってぬるま湯に浸かったら自分の人生はそこで閉じると思っていたので。

──早見さんが「書き手」への道を切り拓いたのっていつなんですか?

早見 さっき「十八歳の時に一日三冊読むことをノルマにした」って言いましたけど、それもこれもすべて「物を書く人間になるため」だったんですね。当時の僕は小説家になるということにはいっさいのリアリティがなかったから「小説の新人賞に応募する」という発想は皆無でした。その一方で、二十歳くらいの時に「世界を旅したい」って願望があったんです。「物を書く人間になりたい」と「世界を旅したい」を両方実現させるためにはどうすればいいかなとずっと考えていて。結果、何も持たずに色んな出版社をいきなり訪問したんですよ。「何か書かせてください」って(笑)。

──書いたものがあるわけでもなく? アポも取らずに?

早見 いきなり行っちゃうんです。電話しても百%断られますし。

──たくましいですね(笑)。

早見 若かったし、失うものがなかったですから。僕の人生で最強の時期かもしれないですね。何も怖いものがなかった。「何か書く仕事ないですか」みたいな感じであっちこっちの出版社を回るんですよ。もちろん、門前払いなんて当たり前。受付で「どこの部署に御用ですか?」とか聞かれてもよくわからないですし。でも、そんな酔狂な若造を面白がってくれる人もいて、最初の方は『AERA』の編集部の人でした。東南アジアとか南米とかに行って四百字くらいの原稿と一枚の写真を掲載するという小さなコーナーなんですけど。その方への感謝は尽きないし、今でもお付き合いさせていただいています。

──「補欠の努力が報われて、ついに試合に出場できました」みたいなエピソードですね。

早見 そうですね(笑)。あの時は二十一歳くらいでしたかね。一回目で「写真 文:早見和真」っていうクレジットが記載されているのを見た時は、本当に嬉しかったです。その後、毎回一生懸命記事を書いてたら、他の媒体からも仕事をもらえるようになって。いわゆる「ライター」としての仕事で自分の日々と経済が回るようになっていったんです。まぁ、ライター仕事が楽しすぎて三回も留年しちゃうんですけど。

誰かが僕の作品を入り口にして
物語の世界に入ってきてくれたら嬉しい

──新聞社に内定をもらったのに、留年したせいで入社できなかったんですよね。

早見 今でこそ笑い話にしてますけど、あの時は本当に落ち込んでいました。ショックが大きすぎて、二ヶ月くらい家からほとんど出られなかったですから。十七歳の時に「物を書く人間になりたい」と決めて、少し時間はかかってしまったけど実際にそうなれるはずだったのに、留年でアウトですもんね。それこそ卒業証書を偽造してでも入社してやろうかくらいのことを思ってたんですけど、ある人から「自分の人生に負い目を持つな」と言われて。

──早見さんの人生は節目節目で「言葉」に救われていますね。

早見 確かにそうかもしれないですね。そういう経験があるからこそ、「届く言葉」と「届かない言葉」の違いを意識するようになったのかなぁ。

──せっかく内定をもらった新聞社に入れなくて……その後はどうしたのですか?

早見 家に引きこもってた時期に、就職活動で失敗したことを聞きつけた集英社の編集者が飲みに連れて行ってくれたんです。短い期間でしたが編集部でアルバイトをしていた僕を気にしてくださって。で、僕はその人に「やっぱり高校野球を書きたい」って言ったんですね。そうしたら、「出版を約束することはできないけど、君が思う高校野球をぜんぶ小説にしなさい」って言ってもらえて。二十五歳の時かな。僕にとっては大恩人です。

──それがデビュー作の『ひゃくはち』ですか。

早見 そうですね。思いの丈をぜんぶ書いたら千二百八十枚になりました(笑)。それを八百枚ほど削る作業を経て、二〇〇八年に書籍にしてもらったんです。その編集者に言われて今でも覚えているのは、「普段小説を読まない人をこっちの世界に引っ張ってくる物語を書くのが君の仕事だよ」っていう言葉。僕が今でも大切にしている言葉です。それまで本を読んでいなかった十七歳の僕が先輩に勧められた『テロルの決算』を入り口にしたように、誰かが僕の作品を入り口にして物語の世界に入ってきてくれたら嬉しいです。

──そのデビュー作が見事ベストセラーになって。執筆依頼がたくさん来たのでは?

早見 ありがたいことに依頼はたくさんいただいたけど、恐怖しかなかったですね。それまでは「俺はやれる」って根拠なき自信があったのに、ついに剥き出しにされたと思って。「生身の俺のすべてがバレる日が来た」って感じで、とにかく怖かった。僕は、「小説とは選ばれた天才が書くものである」と思っていたし、「自分は選ばれた天才じゃない」と思っていたし。『ひゃくはち』を「面白い」って言ってくれる言葉にも疑心暗鬼だった。で、怖くなった僕は……書けなくなったんです。

──それまで補欠だった選手がレギュラーを掴みかけたところで不振に陥るみたいな状態ですね。

早見 苦しいながらに「毎日最低でも三行は書く」って決めてやってはいたんだけど、東京には僕の逃げ場がたくさんあって、逃がしてくれる友人がたくさんいて(笑)。どうしても、書くことから逃げてしまう。なので、伊豆に引っ越したんです。知り合いがいない環境でひたすら書くことを自分に課した。そうやってできたのが、僕の今までの小説です。去年、伊豆からまた松山に引っ越したのですが、今回の『神さまたちのいた街で』は大幅な改稿を松山でやっていたから、自分の気持ちとしては作家としての第二章のスタートとなる作品という感じがしています。

──書くことへの恐怖はなくなりましたか?

早見 今でも怖いですよ。自分はこの小説を書き上げられるだろうかと毎回思っています。書き上げたあともずっと悩んでますし。脳みそから作品が抜けるという状態がいっさいない。でも、僕と向き合ってくれる編集者がいるから。僕は担当編集者に「無駄に褒めることをやめてくれ」って最初にお願いするんですけど、「自分の言葉」で僕の作品と向き合ってくれる編集者の存在は救いになりますね。道しるべみたいな感じです。

──そんな早見さんにとっての理想の小説とは?

早見 それは結構はっきりしていて。「この小説を書くために自分は作家になったんだ」って思える作品です。

──今までの作品ではまだそう思えてない?

早見 もちろん書いてるときはそれを目指して全力を尽くしています。だけど、全然届いていない。作品に自信がないとかそういうことじゃないんです。自分の中の「理想の小説」って、それくらい大きなものとして存在しているんです。その理想があるから、小説に対して傲慢にならずに済んでもいるんです。でも、いつかは書きたいなぁ。

──早見さんは、日本推理作家協会賞を受賞したベストセラー『イノセント・デイズ』の中で、「大切なのは自信じゃない。覚悟なんだと私は思う」という文章を書いていらっしゃいます。今の早見さんの発言は小説家として生きていく覚悟を表しているように感じました。

早見 結局は、何事も覚悟なんだと思うんです。僕には昔から「カッコよく生きたい」って思いがあるんです。大人のカッコよさって、もちろん表面的なものではなくて、「覚悟を持って生きる」ってことなんじゃないかなと思うんですよ。僕は小説家だから、小説家としての覚悟を作品に込めていきたい。そしていつの日か、「これが書けたんだから俺は小説家をやめてもいい」って思えるような作品を書きたいですね。

※このインタビューは、小説幻冬5月号に掲載されたものです。

                  ★★★

●『神さまたちのいた街で』あらすじ

「ぼくだけはしっかりしていなければ」
父が交通事故に巻き込まれたことをきっかけに、
父と母は違う神さまを信じはじめ、ぼくの家族には“当たり前”がなくなった。
ぼくは担任の先生に助けを求めたが、どうやら先生にも自分の正義があるらしい。
大人たちが信じられなくなったいま、ぼくの「正しい」の基準は、親友の龍之介だけ。
妹のミッコを守ることでなんとか心のバランスを取りながら、ぼくは自分の武器を探すことにした。
いつか、後悔だからけの大人にならないために――。

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