好評につき、第二期開催が決定した、コラムニスト近藤勝重さんによる、文章が学べるサロン「幸せのトンボ塾」。近藤さんから直接添削指導が受けられる、少人数制の贅沢な講座です。
具体的には、どんな内容の講座になるのか?あらためて文章を学びたいと思う方へ向けて、2016年に開催した、第一期受講者のお一人で、国語教師の中原真智子さんによるレポートをお届けいたします。

 

 今回は、なぜ私が近藤先生の文章講座に行くようになったか、から説明します。

 近藤先生は「健さんからの手紙」という本を書かれています。私は中学生の時からずっと高倉健さんのファンですから、健さん関係の本はたくさん持っています。その中でも近藤先生が書かれた「健さんからの手紙」という本は、素の健さんが浮かび上がってくるすばらしい本です。

 感激した私は本に付いていた「読者アンケート」に感想を書いて送りました。すると8月にその本の出版社である幻冬舎から「近藤先生の文章サロンがあるので来ませんか?」というお誘いを受けたのです。場所は東京の幻冬舎、時は9月から2月までの毎月第1土曜日の1時から3時まで。ふむ。すごい。行きます とも。

<近藤先生と健さん>

 健さんと親交のあった近藤先生から文章の書き方を学べるとあっては、行かないわけにはいきません。行って本当によかった。近藤先生はもちろんですが、受講生の方からも学ぶことは多いです。文章講座の後、東京近郊にいる友人に会ったり、歌舞伎を見たり、知らない土地を歩いたりするのも楽しいです。

さて、それでは文章講座にもどりましょう。

 


 文章に大切なことは2つ、 「(1)誰も書いていないことを、(2)誰にもわかるように書く。」ことである。

 そのために必要なことが「独自の体験+伝わる表現」だ。「伝える」のではなく「伝わる」でなくてはならない。作文は読み手がいることを前提としている。そこが日記とは違うところだ。読み手にわかるように書かなくてはならない。

 文章は、足していくよりも削った方がよくなる。長めに書いたものを削る。短めに書いて足すのは難しいし、よくはならない。今回の文章サロンのように400字の原稿を書くのならば、600字くらい書いておいて削るくらいのつもりで書いたらよい。村上春樹は「原稿の3割を消す」と言っていた。

 書くときはいきなりパソコンで打つよりも、コピー用紙など何か白紙に手で書くほうが早い。ペン先に言葉が脳から落ちてくる。パソコンにいきなり打つと浅くなる。

 大人になると1年が経つのが早い。子供の頃はもっと遅かった。それは、子供は知らないことが多いから毎日が新鮮で長く感じたのに対し、大人になると経験を積んで新鮮なことが減ってくるからだろう。しかし、年相応にひっかかること、気付くことはある。若い頃、気付かなかったことに気付き、どう書くかが我々のすべきことだ。

 では、そのために必要なことは…「メモをする」ことだ。メモをすることによって書く材料が蓄積される。気付いたときにメモをする。文章勉強をしたいのであれば、メモの習慣をつけることだ。人間は忘れていく生き物だ。自分を信用するな。

 ある若い作家が書いていた。「ご馳走は皿に載っているとご馳走なのに、食べ終わって捨てたらゴミになる。ご馳走とゴミ、その境目が気になる。」と。なるほど共感した。自分はメモがないと1週間1回のコラムは書けない。(近藤先生は毎日新聞夕刊に週1度「しあわせのトンボ」を連載しいている)メモをとろう。その時頭をよぎったことをメモする。そうすればいつか日の目を見ることになる。

 

 濃いわあ。宝の言葉が次々に出てきました。私もメモは好きでよく取っていますが、頭をよぎったことを書くのではなく、行きたい店とか愚痴とか人の年齢とか、下世話なことばかり書いていました。一番最近のメモは「美味しい店:鴨方インター近くのうどん屋『たぐち』特に肉うどん」だ。とほほほほ。

 近藤先生に添削してもらった作文がもう一つあるので載せます。

 

いつもそこにあるもの

中原真智子

(1)日本の空はなんて美しいのだろう。

 去年の春まで、私は中国の蘇州で三年間暮らした。蘇州は上海から新幹線で三十分の場所にある。上海や北京と同様、大気汚染がひどくて、いつも空は薄曇り状態だった。青空が見えたとしても、やや青いという程度で入道雲も夕焼け空も見たことがなかった。

 三年間という期間限定で暮らしていたから我慢できたのだと思う。(2)仕事は楽しいし仲間にも恵まれていた。中国の人達も親しみやすく親切だし、食べ物も言葉もそれほど不自由しなかった。日々の生活は充実していた。しかし、水や空気の汚さには閉口した。

 帰国して一番に思ったのは日本の空の美しさだ。青空、雲、光、毎日感動する。早朝の清々しい空、仕事終わりの夕焼け、一番星、月。(3)こんなに美しいものに囲まれて暮らしていたのだ。私達の国はこんなにも誇らしい。


【添削箇所とアドバイス】

(1)いらない。結局はこのことを書くのだから、初めにかいてしまうと味わいが弱くなる。

(2)説明よりもエピソードにする。いろいろな説明よりも1つのエピソードで伝わるものがある。そういうエピソードを探してほしい。エピソードから他のことまで読者に想像させる。

(3)「こんな美しいものに囲まれていたことにまた感謝した」あたりがいいのでは。

 

 なるほど。文章にエピソードがあるかないかでずいぶん違います。どんなエピソードがいいのでしょう。ちょっと中国生活を振り返って、ワンエピソード書いてみます。(2)に入れるにはどれがいいでしょうか。

1,職場の仲間とは毎週食事会をしていた。日本食が多かったが、上海ガニや北京ダック、スッポン鍋など珍しい物を食べながら、話に花を咲かせた。

2,北京、大連、桂林など中国各地を旅するのは楽しかった。北朝鮮との国境の町、丹東に行ったときは中国語の先生と万里の長城の東端を歩いたりした。

3,中国人の友人もたくさんできた。中国語の先生のお宅で手作り餃子いただいたり、故郷の大連を案内してもらったりしたのもいい思い出だ。

4,中国人は親しみやすく、よく街角や駅で道を聞かれたり話しかけられたりした。もっとも、中国語が話せない私は、ろくな受け答えができなかった。

*****

 中国生活の充実ぶりを伝えるエピソードはいくらでもあります。そうすると何を選ぶかが難しくなって きます。うーん。

 ああ、それにしても中国生活について書いたり写真を選んだりしていると、どんどん思い出がよみがえってきました。書くということはいいですねえ。楽しいですねえ。

 中国にいた3年間は新鮮なこと驚くことの連続で毎週末には「蘇州日記」として日本の友人にメールで送っていました。今しかできない体験を書き残しておきたいと思ったのです。「いつもそこにあるもの」の作文は、帰国直後に空を見てつくづく思ったことです。書くことで考え、書くことで前向きになれます。

 近藤先生も文章を書くことの長所は「考えられる、生きられる、優しくなれる」ことだとおっしゃいました。「今を語ることによって、少しでも世の中が平和になればよいと思って書いている」とも。だから近藤先生のコラムはいつも優しかったり切なくなったりするんです。私もさりげなくそんな文章が書きたいです。

2016年12月11日(日)

*   *   *

<2017年9月9日から開催決定!>
近藤勝重さんから直接文章指導が受けられる、第二期「幸せのトンボ塾」のお申し込みも受け付けております。

この記事をシェア
この連載のすべての記事を見る

★がついた記事は無料会員限定

関連書籍

近藤勝重『今日という一日のために』
→試し読み・電子書籍はこちら
→書籍の購入はこちら(Amazon)


近藤勝重『必ず書ける「3つが基本」の文章術 』
→試し読み・電子書籍はこちら
→書籍の購入はこちら(Amazon)


近藤勝重『書くことが思いつかない人のための文章教室』
→試し読み・電子書籍はこちら
→書籍の購入はこちら(Amazon)


近藤勝重『健さんからの手紙 何を求める風の中ゆく』
→試し読み・電子書籍はこちら
→書籍の購入はこちら(Amazon)


近藤勝重『つらいことから書いてみようか名コラムニストが小学校5年生に語った文章の心得  』
→試し読み・電子書籍はこちら
→書籍の購入はこちら(Amazon)


近藤勝重『なぜあの人は人望を集めるのか―その聞き方と話し方』
→試し読み・電子書籍はこちら
→書籍の購入はこちら(Amazon)