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親公認AV女優 裸になる娘とその親たち

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2016.03.07

第6回

今は稼いで、いつか「普通のお母さん」になりたい

アケミン

今は稼いで、いつか「普通のお母さん」になりたい

最近、増えている親が応援するAV女優。「カラダを売る仕事」をめぐる社会の価値観、親子の関係はどのように変化しているのか? 今回は、中2でキャバクラでアルバイトを始めたあとは、高収入仕事を渡り歩き、風俗嬢からAV女優になった女性が登場します。

<今回の女優> 
桃乃 遥香(ももの はるか:仮名)
24歳 鹿児島県出身
父、母、9つ上の兄の4人家族
身長160センチ スリーサイズ82(B) 56 82
2013年に企画単体でデビュー 現在、AV女優歴3年の単体女優


毎月100万円を母に仕送りする業界屈指のAV女優

 この連載を始めて改めて知るようになったことがある。それは親に仕送りをしているAV女優が私の想像以上に多いということ。経済的負担を軽くするため、せめてもの罪滅ぼしとして…その理由は様々なようだが、いい年をして毎月カードの支払いでひいひい言っている自分がなんとも情けなくなってくる。そのことを話すと男性陣からは「そんな話を聞くとヌケるものもヌケなくなるよ!」と非難めいた口調で応じられることも少なくない。「エッチが大好きでなにも考えてない女の子」なんて、現実にどれほどいるかわからない。そもそも存在するかすらわからない。しかし性的嗜好の対象としては、AV女優にはそのようであってもらわないと困る、ということだ。

 今回取材した単体女優の遥香も毎月の仕送りを欠かさない。18歳のころから6年間、毎月80万から100万円を58歳になる母親に送っている。

「お母さんは本当に尊敬している人です。ホトケかっていうくらい優しいし、肝が座っていて。私の昔からの友達は『あんたのお母さんほどいい人はいないよ!』『お母さんにだけは親孝行しなよ』って言います。もちろん仕事のことは知っていますよ」

 どこまでもハキハキとした迷いない口調で遥香は語る。狭いカラオケボックスで二人きり、しっかりとこちらを見つめる形のよい大きな瞳はメイクとつけまつげで彩られ、その目力に同性でもドギマギしてしまう。

 遥香がAVに出るようになって3年が経つ。21歳のときに企画単体でデビューし、数多くの作品に出演してきた。女子高生、素人設定もの、レズ、痴女、多人数の共演ものなどハードも多岐に渡り本人いわく「どんな小さな仕事でも断らずに」やってきた。現在、その出演本数は700本以上。その甲斐あって昨年には大手単体メーカーの専属女優となった。企画単体から専属女優へ、AV女優としてのヒエラルキーを確実に昇っていった業界指折りの実力者だ。

「AVは親も地元の友達もみんな知ってます。デビューのときから『あたし、AV女優になったんだ』って自分から言いました。同い年の友達からしたら『俺の友達AV女優なんだぜ!』って恰好の話のネタじゃないですか、あはは。デビュー作は口コミでも有名になっていたみたいで売り上げは良かったみたい」

 AV出演することを自ら周囲に触れまわっていたとは。スタートからしてなんとも異色だ。

「みんなに見てもらいたかったというか、とりあえず出るからには名前を売らなきゃって必死になっていましたね。元々の性格もあると思う。物心ついたときから目立ちたがり屋だったし。AVの直接のきっかけはスカウトだったけどとにかくメディアに出て有名になりたかったから」

父の厳しいしつけのなか、中2でキャバ嬢デビュー

 親にも自分から打ち明けた。
「(AVに)出るだけじゃ親にはバレないけど、雑誌とかに出ちゃったら絶対にバレると思った。なのでデビュー1ヶ月くらいして週刊誌でのグラビアの仕事が入ったとき、撮影が終わったその日のうちにお母さんに電話で言いました。反応は『あ、そう』って(笑)。『あんたが死ぬこと以外、なにも驚かないよ、どうせ私たちが止めたところであんたはやるでしょ。だったらやればいい。ただ体には気をつけなさいね。やりたいところまでやってみなさい』ってLINEがきました。さすがにそれは驚いたけど私も『絶対に恥ずかしくないくらい有名になるから』って伝えましたね」

 いくら「ホトケのよう」とはいえ、なぜ彼女の母親はそんなに物分かりがよいのだろう。

「私がこれまでにいろいろ『しでかして』きたからじゃないですかね、あはは」

 紫煙をくゆらせ遥香は笑いながら語る。

「『しでかす』ようになったのは中2くらいから。今だから言えるんですけど、あたし、実は中2のときからキャバ嬢をやってて…。そのときは年確(年齢確認)も保険証だけでよかったから、店には18歳って言って働いてました。さすがに同じ市内だと怖いから隣の市に1時間くらいかけて電車で通っていましたね」

 朝は両親が仕事に出かけた後に自宅へ戻り、夕方に出勤した。もちろん学校に行くことはない。

「でもその店、他にも中学生がいて摘発されちゃって。オーナーが捕まって潰れちゃいました」

 そのときに遥香は「少女A」として地元の新聞に載った。これが彼女の記念すべきメディアデビューである。

「警察署でお父さんがものすごく泣いていたって後からお母さんから聞きました。お父さん、それまでものすごく厳しかったけど、そこから急に私に対する態度が変わったんです」

 遥香は保険の代理店を営む父と販売員の母に生まれた。9つ上の兄がいる。生活は比較的裕福な部類で金銭面で苦労することはなかったが、父親のしつけに関して彼女は「お父さんの厳しさって今、考えたら虐待並み。手が出ることもあったし」とため息混じりに振り返る。普段の生活行動からなにかにつけ細かく、特に食事のマナーにはうるさかった。小学校のころ、毎週日曜のランチには高級レストランに連れて行かれ、テーブルマナーを教え込まれた。少しでも間違えると公共の場であっても大声で容赦なく叱られるというスパルタ式だった。


学校は行かず、働きづめ。いつも1番になりたかった

「あたし、小学生のころからタレントになりたくて、色々と劇団のオーディションを受けまくったんですよ。書類審査が受かって、いざ面接に進むという段階になると毎回、お父さんに断固として反対されました。『お前そんなんで食っていけると思ってるのか!』って」

 そんな父親は母親に対しても厳格で妥協はしなかった。日々の食事に関しても冷凍食品や出来合いの惣菜は無論、スーパーの刺身すら食卓に並べることは許されなかった。父親が自ら釣ってきた魚を母親がさばき、寿司も握る。それに対して母親は文句を一切言わず、きっちりとこなしていた。

「子どものころからそんなお母さんを見て、ただただすごいなって尊敬してました」と 遥香は微笑む。母親の話になると途端に頬が緩むのだ。しかし早すぎるキャバ嬢デビューの後も彼女の反抗は続き、家を出て働くようになった。

「補導されてもやっぱり働きたいなって思うようになって。ホント、いろいろやりましたよ。16、17歳のときには3つ、4つバイトをかけもちしてたかな。昼12時〜夜8時までファミレスで、そのあとすぐに0時までおっパブ、0時から2時までスナック手伝って、2時から朝5時までバーに入って。で朝寝て…またファミレス行って、みたいな」

 聞いているだけで息切れしそうなハードスケジュールである。両親はそんな彼女に対して家に戻るよう説得することもなかった。

「18歳のときはキャバをやりつつ、昼には化粧品の販売員を2年くらいやりました。キャバでも販売でも『ここで1番になりたい』という気持ちが強くて。競争心ハンパなくて。おかげで売れ行きは良かったです」

 聞くとその競争心は幼いころからのものらしい。

「あたし、見た目が派手だから外見で色々言われたりすることが多くて。『どうせチヤホヤされて育ってきたんでしょ』とか。結果出せば誰にも何も言われないし、一番とって文句言わせないぞって気持ちだった。いろんなことしたのは好奇心旺盛といえば聞こえいいですけど、まあ単に乗せられやすいんでしょうね、あはは。単純です」

 当時を思い出して楽しそうに遥香は話し続ける。

「あ、19歳のとき、あたし、ママになったんです。市内に自分の店を出したんですよ。キャスト同士の問題も面倒くさいし、雇われているのも嫌だったから自分でやろうって。10人掛けのカウンターとボックス席が6つくらいあるゆっくり飲める小さいお店でした。でも店には毎日、着付けして出てました。19歳だからって年齢でバカにされないようにって。そのうち『若いママがいる』って口コミでお店も有名になったんですよ、ふふふ」

 一体、何が彼女をそんなにもフル稼働させたのだろう。尋ねるとしばらく考えて遥香は答えた。

「あ〜〜〜………ヒマが嫌だった。寂しがり屋なところもあったから常に人と一緒にいたいというのもあって。それはAV始めてからも変わらない。キカタンのときはちょっとでも休みがあると『休みなんていらないから仕事ください!』って泣きながらマネージャーにLINEしてた」

 どうやら当時の働きぶりは労働の対価の賃金がすべてではなかったようだ。
「ファミレスなんて最低賃金くらいの時給だったし、めっちゃ稼いでたって感覚はなかったかな。仕事が終わって飲みに行くこともあったけど実家を出ていたから生活、全部自分でやっていたし、一応、高校にも籍は置いてあったのでその学費も自分で出しました」


飛田新地で風俗嬢に。経験人数は2万人超

 高校を卒業した春、友達が親に買ってもらった車で遊びにでかける姿を見るとひそかに優越感を感じた。「親にも男にも頼ったことなかったなあ」と眼を細めて遥香は語る。10代にして自立し、存分に稼ぐ力を持っていた。そんな彼女の口座は更に預金額を増やしていく。

「飛田新地にスカウトされたんです。風俗には偏見はあったけど、まず大阪に遊びに行く感覚でってことで1週間、滞在したんですよ。実際に行ってみたら感動しました。『こんなカワイイ子たちが風俗で働いているんだ!』って。鹿児島じゃありえないことだったし、風俗って…すごく言い方が悪いけどもっとブサイクな子がするものだと思ってたから。稼ぐ額も桁が違う。1日20万とかザラだし」

 水商売で男性を相手にするのと、風俗──それも日本最後の遊郭となると話は別物のよう思えるが抵抗はなかったのか。

「(店に)座っていることがステータスに見えたんですよ。『飛田マジック』ですね。そこにいる子たち、みんなすごくかっこよくて綺麗で…。それを見たら『私もここに座りたい』って思った。しかもお客さんが選ぶのはパネルじゃなくてリアルな姿を見て女の子を選ぶので、自分の見せ方を含めてすっごい勉強になりましたね。たとえ変なお客さんに当たったとしても飛田って15分ごとに変わるからその間に他の子に愚痴っていたので嫌になることがなかったです」

 そうして遥香は地元を離れ、大阪に拠点を移した。ママとして切り盛りした店は知り合いに譲った。

「正直、飛田に行って最初のころの記憶ってないんですよ。ただ座って、気づいたらめちゃくちゃお金もらって帰ってたってことくらい」

 とはいえ遥香はすぐにダントツの売れっ子となっていった。1日に20人から30人を相手し、月収は400〜500万ほどになった。客の勃ち方を見ただけで相手の感情や体調までも分かるようになったころ、経験人数は2万人を超えた。

「そのときから実家への仕送りは毎月100万ずつしていました。中学のときから両親には心配をいっぱいかけたのでお金を稼いで、少しでも親孝行できたらなと思って。風俗で稼いだお金は親からすれば悲しいかもしれない、でもお金はお金だと思って。少しでも喜んでくれるんだったら渡そうって」 

 自由気ままに働いていてもやはり実家のことは気になっていた。21歳となったある日、遥香に突然、予期せぬ別れが訪れる。

「夜中、お母さんから電話がかかってきて父親が心筋梗塞で亡くなったと言われました。寝たまま亡くなっていたみたいで。私は何がなんだかわからなかったですけど、お母さんは終始すごく落ち着いていた姿をよく覚えています」

 厳しかった父親の早すぎる死。享年58歳だった。

「ずっとお父さんのことは嫌いだったけど死んだって聞いた瞬間に好きだったところしか思い出せなくなって。それまで数年間、まともにしゃべっていないことをめちゃくちゃ後悔しましたね。どんな親であっても自分の親なんだなって。AVデビューする前にお父さんは亡くなったけど、お父さんがいたら絶対にAVのことは言えてないと思うし、ここまで来れなかったと思います」


セックスは好きな人とするのが一番いい。いずれ普通に戻りたい

 父親が急逝し、大阪でスカウトされた遥香はAV女優となり次第に拠点を東京に移していった。 

「AVをやるときには『これからどんなに有名になれるとしても元風俗嬢という肩書きはついて回る』って考えていた。元々、隠し事できない性格だから、『それならこの風俗をやっていた経験を活かして有名になれることないかな』って考えを変えたんです。今の時代、AV女優でもテレビに出れるし、そこからなり上がればいいんだって。あくまでAVは『有名になる』という子どものころからの夢を叶える過程でした」

「有名になりたい」という言葉は説得力があるように見えて、そのためにどうするべきか、常に漠然としている。一見、明確にみえるゴールは往々にして結果を出すまでに息切れしてしまう。けれどデビューからこれまでずっと遥香は走り続けている。

「最初のころマネージャーに『売り上げは波があるから』って言われたんです。人気商売だから。でも私は絶対に波を作らない。絶対に常に一番でいる、って言い張っていました。事務所には200人くらい女の子がいるので、まずはマネージャーに顔を覚えてもらわないといけない。現場のあと毎回いろんなマネージャーを誘ってご飯に連れて行ってもらったり、休みの日には「仕事ください」ってメールして印象付けることから始めました。営業のときに真っ先に私の名前がマネージャーから出てくるようにって。自分で言うのもなんですけど仕事で波を作ったことないですよ」

 その口調はどこまでも自信に溢れているものだった。実際には過労で倒れて撮影をストップせざるをえないこともあった。血尿が出て入院したこともある。しかしそこでは終わらない遥香の強い意志を目の前にすると思わずひれ伏したくなる。そんな鋼のような精神を持つ遥香も母からのLINEには思わず泣いたことがある、と語った。

「お母さんは贅沢しない人なので私が仕送りしたお金はほとんど使っていないと思います。ジムに毎週行くとか、最近は排水管が壊れた、とか使ったときには教えてくれるんですけどそれもほんの少しの額で。ある日、お母さんが『今から寝るよ。こういう普通の生活があんたのおかげでできているのは幸せだと思う。ジムにも毎週行けてお母さん幸せだよ、ありがとう』ってLINEをくれて。そのとき現場だったですけど泣きましたね」

 14歳のころからキャバクラ、風俗、21歳でのAVデビュー。これまで自らのセクシャリティを商売とし、どれも成功してきた遥香だがその口からはこんな言葉が放たれた。

「エッチはあまり好きじゃない。もちろん女優さんの中にはセックスが好きで心の底から男優さんとのエッチが好きで気持ちイイという子もいるみたいだど、やっぱり好きな人とのエッチがいいに決まってるじゃないですか、女性なら誰しも。あ、あくまでもそういう意味ですよ、だってAVのエッチは完全に仕事だから。ただ風俗と比べて1日2〜3本で済むって楽ですよね、あはは」

 また「AVは有名になるため」と言っていた遥香だが、最近少しその考えが変わったのだとか。

「ときたま『私って、タレント性ってないのかな』って客観的になってきました。アドリブも効かないし、メディア慣れしてない。もちろんAVって全部さらけ出した状態で自分の魅力を伝えられるってすごいことだと思うし、自分のやってきた仕事はすべて誇りに思っていますよ」

「もし将来、自分に娘ができたら。その子がAVに出たいって言ったらどうする?」と聞いてみた。

「私は止める権利がないけど『辛いことはいっぱいあるよ』とは伝えるかな。私以外の人が悲しむのも知っていてねってことは言いたい」

 遥香の今の目標はマイホームを建てること。ゆくゆくは母親を東京に呼んで一緒に暮らしたい、と取材前に見に行っていたというモデルハウスのチラシをバッグから取り出して見せてくれた。

「いずれ普通に戻りたいと思ってます。将来は『普通のお母さん』になりたいな」

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