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文化系ママさんダイアリー

2009.07.15 公開 ツイート

第三十五回

「今さらデビューしたいこんな公園(1)哲学堂公園(東京・上野)」の巻 堀越英美

 休日の公園は、母業から解放される癒しの空間。子供が遊ぶのを横目に、木陰でのんびり読書タイム。今日だけはママをお休みして、女の時間を満喫したいの……。

 すみません、冒頭から大胆にウソをつきました。いつだって読書する気は満々なのだけど、まともに読めた試しなどないのだった。何しろ少しでも目を離すと、高いアスレチック遊具に上って降りられなくなっていたりするのが、アラ2(もうすぐ2歳)という生き物なのだ。「うちの子の知能って今、猫くらいなんだなあ」と感慨に耽る間もなく、男子小学生たちに邪魔したことを詫びながら、あわてて連れ戻しに行かなくてはいけない。これじゃ本を読むなんて夢のまた夢。大きい子どもたちが多いところは、彼らの遊びの邪魔をしないように常時気を配る必要があるし、乳幼児ばかりの小さな公園では、ママさんたちとの交流は避けられない。それにもう、そんな小さな公園ではすぐに飽きてしまうのだ。

 どこかにないものか。子供が夢中になって、こちらは思うさま本が読めるステキ公園が。そんな夢を抱いて、週末はあちらこちらの公園を周遊する日々。もしかして同じ野望を抱えている東京近郊在住のパパさんママさんもいるかもしれないので、ステキ公園が見つかり次第こちらで報告する所存だ。

 最初に紹介したいのが、東京・中野にある哲学堂公園。お花見スポットとして知られる一方、妖怪と哲学のテーマパークとしてアラマタさん系の人々からも支持されている人気怪スポットなのだが、意外や小さい子が喜ぶアスレチック的要素を備えたダンジョン公園でもあるのだった。

 哲学堂公園は、「妖怪学」を打ち立てた明治時代の哲学者で、東洋大学の創立者でもある井上円了が、人々に哲学的な精神修養を促すことを目的として明治37年に創設した公園。そもそも妖怪学とはなんぞや、と公園事務所が無料で配布しているパンフ「井上円了の生涯」を読んでみる。要約すると、東大在学中に「不思議研究会」を立ち上げた円了が、日本全国を巡って妖怪の仕業だと考えられている超常現象を約10年にわたり収集し、それらのデータを集大成して学として打ち立てたもの、とあった。なんだか水木しげる先生みたいだが、「人魂」や「こっくりさん」の謎を最初に科学的に解明した学者というから、どちらかといえば大槻教授寄りの人なのだろうか。

 これらの調査結果をまとめた『妖怪学講義』によれば、妖怪は4種類に分けられるという。「偽怪」はウソやホラによって生まれた人為的な妖怪、「誤怪」は単なる偶然で起こった珍しい出来事、「仮怪」は妖怪の仕業に見える自然現象、そして「真怪」は科学では解明できない真正の妖怪……面白そうな話だが公園に関係ないのでこのへんで終了。つまり円了は迷信を科学的に打破する一方で、「本物の妖怪は、いるよ」というスタンスだったらしく、哲学堂公園にはそこかしこに幽霊やら妖怪やらがウヨウヨしている不思議スポットになってしまったのだった。

 まず哲学堂の正門「哲理門」。暗いから見えづらいが、左右の門柱の中に何かがいる。

 

「哲」のマークがカッコイイ門。

 

左の門柱の中をのぞいてみると、埃をかぶって彩色もはげたボロボロの幽霊像が……。右には天狗像。
 中野区のサイトによれば、「天狗は物的・陽性で、幽霊は心的・陰性なもので物質界・精神界とも根底に不可思議が存在している、という圓了の妖怪観にもとづき、不可解の象徴とみなしました」とある。いきなりもうおかしい。ただのオカルト好きなんじゃないかこの人。

 哲理門を通ると哲学堂の中心部に当たる「論理域」に出る。ここにある梅は「幽霊梅」と名付けられていて、円了が駒込に住んでいた頃、幽霊が出ると騒がれた庭の梅を移したものらしい。未だに不吉な写真が写るといったオカルト的な噂も出回っている心霊スポットだ。試しにオバケ大好きな娘に「ここ、オバケいる?」と聞いてみたところ、「オバケいないのー」とつまらなそうに答えていた。幽霊も公園のド真ん中に移し替えられては、化けて出たくても出られないだろう。

 とはいえこの公園のモチーフは妖怪じゃなくて、あくまでも哲学。円了は設定マニアでもあったらしく、77にものぼる建物や道などに「宇宙館」「唯物園」「認識路」「直覚径」「経験坂」「概念橋」といった哲学風の名前と設定がついている。たとえば「髑髏庵」(どくろあん)という休憩所には、「来客はここで俗塵に汚された精神を清めて、いよいよ哲学的雰囲気にひたるものとして、骸骨をもって俗心の死を表している」。その隣の建築物「鬼神窟」には、「髑髏庵から復活廊を通り、この屋に至れば精神は俗界を離れて霊化する」。つまり俗な欲望を殺してスピリッチャルな存在となり、哲学的なことを考えなさいよ、といちいち指示してくださっているのだった。押しつけがましいにもほどがあるが、それら建造物はどれも伝統的な和風建築ながら、三角形だったり六角形だったり、四角でも対角線上に入り口がついていたりと、いい具合にかぶいているので、「そういえば設定マニアって建築様式の設定まで凝るんだよなー」「ファンタジー系の設定マニアは民間伝承オタクも兼ねていたりもするんだよなー」と“オタクあるある”が思い起こされ、まあいいかという気になる。オタクが押しつけがましいのは、これ自体設定みたいなものだから仕方がない。

 

聖徳太子・菅原道真・荘子・朱子・龍樹・迦毘羅仙の東洋の6賢として祀っている六角形の塔「六賢臺(ろくけんだい)」。このほか平田篤胤(神道)・林羅山(儒道)・釈凝然(仏道)を祀る「三學亭」、釈迦・孔子・カント・ソクラテスを祀る「四聖堂」がある。ミッキーマウスとピカチュウとドラえもんが同居する中国の遊園地みたいだ。
「心」の形に掘られている「心字池」は日本各地にあるらしいけれど、草で「物」という字を作る「物字壇」があるのはここだけじゃなかろうか。「唯心庭」に「唯物園」を対応させているらしい。
「物字壇」の隣にあるタヌキの石像「狸燈」。プレートには「人間の心情には狸に類するものがあり、しかも、時には光輝ある霊性を発することもあるとして、腹中に燈籠を仕込んである」とある。何が何だかさっぱりだが、子供が洗脳されてタヌキを見るたびにこんなこと言い始めたら面白い。

 しかし娘を興奮させるのはオバケでも哲学でも変な建造物でもなくて、階段と小径ばかりの複雑な公園の構成そのもの。中心部の「論理域」と呼ばれる丘一帯を森がぐるっと取り囲み、いくつも分岐する森の中の階段を下っていくと、下部には小さな池、川、泉、庭、小径などがある。それほど広くはない公園なのだが、ここの地理関係、混沌としすぎて1度や2度来ただけじゃ覚えられない。おそらく円了は、脳内宇宙のジオラマを作る感覚でこの公園を設計したんじゃなかろうか。盆栽&箱庭的ミニマルアートの公園版といいましょうか。そしてこの脳血管のように複雑に分岐する階段昇りや坂道下り、池渡りが、娘にはちょうどいいアスレチックであるらしい。ここには他の子供は滅多にいないから、たらたら昇ったからといって邪魔者扱いされる心配も不要だ。

 そう、ここの一番の美点は、子供が少ないこと。階段ばかりのダンジョンで、平坦な場所でも岩がランダムに配置されていたりするから、ベビーカーでは身動きがとれない。遊具は隣接している児童遊園にしかないし、野球やサッカーができるほど広くもない。哲学堂の中はペット立ち入り禁止のため、犬の散歩に来る人もいない(哲学堂周辺はペットOK)。ザリガニ釣り目当ての子どもたちが来るくらい。こんな案配だから、まばらにいる来訪者はほぼ成年男性。それも一人が多い。公園に来て、「子連れの私、浮いてる」と思ったのは初めてだ。

 基本的に歩き回ったり休んだりしながらものを考えろ、という設計の公園なので、随所にベンチや庵風の休憩所があるのがありがたい。子供が疲れるたびに一緒に座れば、本を読むこともできる。大部分は子供の後を追う時間に取られるので、大して読めませんが。

「演繹観」という名の休憩所。「論理に達する参観者は、ここで少憩してよろしく内省し、よく道理にあてはめて断定するようにされたい」と書かれている。娘も「なんかいっすー」を踊りながらよろしく内省中。

「万巻の書物を読み尽くすことは絶対の妙境に到達する道程である」というのが名前の由来の「絶対城」という建物もあるくらいだから、子供をほったらかしにして読書などけしからんと怒る人もいなかろう。ああ、居心地がいい。

 なお、「鬼神窟」(霊明閣)は集会場として借りることができる。3名以上のグループ限定で、1階と2階の3部屋を全日借りても1,400円。いつか読書好きのママ友を集めてここを貸し切り、子供たちを隣の部屋で遊ばせて読書会(勝手に本を読んでいるだけ)を開いてみたいものである。問題はお茶できるようなご近所ママ友が、いまだにいないことなのだった。


あてにならない公園データ/哲学堂公園

東京都中野区松が丘一丁目34番28号
アクセス:西武新宿線新井薬師前駅から徒歩12分
中野区ホームページ哲学堂公園ホームページ

ムシ度
★ アリがいっぱいいます。あとミミズ。蝶とかセミとかもたまに。

どうぶつ度
★★ 犬がこないので、野良猫がのんびり「論理域」でまどろんでいます。ハトにえづけをしているおじさんも。

しょくぶつ度
★★★★ 「さくらの広場」「つつじ園」「梅林」あり。

のりもの度
ゼロ 自転車の乗り入れ禁止。ベビーカーも置いてきたほうがいい。

遊具度
★★ 隣接の児童遊園にブランコ、鉄棒、すべり台、砂場が一通りそろっています。近所の公園レベル。野球場、弓道場、テニスコートも隣接 

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文化系ママさんダイアリー

フニャ~。 泣き声の主は5ヶ月ほど前におのれの股からひりだしたばかりの、普通に母乳で育てられている赤ちゃん。もちろんまだしゃべれない。どうしてこんなことに!!??

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堀越英美

1973年生まれ。早稲田大学文学部卒業。IT系企業勤務を経てライター。「ユリイカ文化系女子カタログ」などに執筆。共著に「ウェブログ入門」「リビドー・ガールズ」。

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