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文化系ママさんダイアリー

2011.01.15 公開 ツイート

最終回

「3歳児の人間模様とあれこれ」の巻 堀越英美

 タイガーマスク運動が流行っているから、というわけでもないのだろうが、保育園のロビーにこぢんまりとした絵本コーナーができた。食育絵本、宗教系の絵本、なぜかお菓子のレシピ本……本のセレクトが天衣無縫に感じられるのは、寄贈された古本を置いているためだろうか。良い試みなのだろうけど、本に執着しすぎる子供を持つ身にとっては、中学校の昇降口にゲーセンを置かれたようなものなのだった。当然のごとく、入り浸ってなかなか帰ろうとしない。気がせいて無理矢理絵本から引きはがして帰ろうとしたら、ギャンギャン泣きわめかれてしまい、職員室から出動した保育士さんにしばらくなだめていただくはめに。以来、娘が絵本を読んでいる限りは帰れないものと覚悟を決め、自分も本を持参して一緒におつきあいしている。

 絵本コーナーに長居してみて、娘と似たような子供がけっこういることに気がついた。「やだ!帰らない!まだ読んでる途中なんだから」と祖父とおぼしき初老の男性を一喝する幼稚園年長さんくらいの女の子。おじいさん、シュンとしちゃってかわいそうに。1人で絵本をながめ続ける1歳児クラスの女児は、帰ろうとするお母さんに抱き上げられるたびに全身全霊で暴れ回る。そんな感じで娘と同じ時間帯に居座る常連がだいたい3人くらいいて、そのいずれもが女児なのだった。男児もときどきはいるが、お母さんに音読してもらっているのを大人しく聞いている子がほとんどで、一人で読みふけったりはしていない。時間帯をずらしてもやはり女児ばかりなので、本に執着しすぎるのはある種の女児の習性なのかもしれない。「お互い、大変ですねえ」と女児のお母さんと顔を見合わせる日々。クラスよりこっちのほうでママ友ができそう。

 もちろん大半の子どもたちは男女問わず、そこまで絵本に執着することはない。娘が熱心に読んでいる本を、ときどき「それなあに」「フーン、面白いの?」と覗き込むクラスメートがいるが、理解はできかねるという様子。そうだよねえ、男の子は走り回っているほうが面白いし、女の子はプリキュアごっこのほうが楽しいよねえ。この構図、まさに中高のクラスにおけるオタクと勝ち組グループの関係。そうか、娘の人生はやはりこっちか、としみじみしてしまう。そして読書とは「奨励すべき良き習慣」というより、脳の偏りがもたらす依存症の一種なんじゃないか、という気がひしひしと。いいのか、「朝の読書運動」なんかやらせて。子供にマリファナを与えるようなものなんじゃないか。

 そんな感じで娘とクラスメートの関わりを眺めてみると、いつの間にか3歳児たちはそれぞれ、くっきりとしたキャラを形成しているようなのだった。たとえば忙しい父母に育てられているA君などは、いち早くママ離れをキメた男の中の男として、男児たちの羨望の的。彼をアニキと慕う甘えんぼうの男児は、「アニキみたいになりたいっス」と率先して着替えができるようになったそうだ。実際接してみると、在りし日の松田優作を彷彿とさせるクールなオーラ。松田優作は3歳のときからきっとこんな感じだったんだろうなあ、とすら思わせる。一方、女児にモテモテの美少年B君は、あらゆる女児に「好き」と言って回るプレイボーイ。娘もご多分にもれず告白をうけ、夜景が見えるスポット(園庭に面した窓際)に連れて行かれて「昔、ここで一緒に風船とばしっこしたよね…」などとしっぽりいいムードに浸っているのだった。しかし明くる日、母は目撃してしまった。彼が別の女の子をロマンチックな絵の前に連れて行ってしっぽりしているのを。たぶん娘は5番目くらいのキープちゃんだな。そしてそんなB君を憎からず思っているCちゃんは、3歳児にしてすでに色っぽく、“女”オーラ満載。娘がB君に話しかけようとすると、すかさずB君に話しかけ、専有しようとする。正直、彼女にビビっている自分がいるのを否定できない。「女ってね、血なんか怖くないのよ……。だって毎月見てるもの」などと言われても不思議じゃないとすら感じる。

 ときに中高生と変わらないくらいの人間模様を見せる3歳児たちではあるが、一つ救いなのが、女の子たちが容姿でヒエラルキー化されていないこと。「カワイイ」と言われることにかけては、3歳児は皆平等なのだった。したがって女児のリーダー格は、男の子にまじってチャンバラを繰り広げるような大柄で活発な女の子Dちゃん。人見知りがはげしく、「3歳児クラスいけてないグループ芸人」だった娘だが、複雑なジャングルジムをクラスで一番うまく登れたことから、彼女に「あんた、やるわね」と目をかけてもらえるようになったようだ。めでたくいけてるグループの仲間にいれてもらえた娘は、どうにか最低限の社交性を身につけた様子。博物館に行って自分と同じようなマニア2歳児を見つけると積極的に声をかけ、仲良く2人手をつないで見て回ったりしている。人格の形成に必要なのは親の教育より子供同士の人間関係、って本当なのだなあ。毎週末、彼女の登り欲に付き合って公園を回った甲斐があったというものである。

 3つ子の魂100までというけれど、3歳にもなると人格がある程度固まってきていることと実感する。確かにそれまでも子供たちはそれぞれ違ってはいたものの、それは人格とまではいえず、傾向と呼んだほうが適切なくらいの差異だったように思う。だから子供の話を書くのも、さほど抵抗がなかった。イヤイヤ期も離乳食を食べないのもトイレトレーニングが大変なのも、子供って多かれ少なかれそうなんでしょ?という安心があればこそ書けたこと。しかし会話が普通に成立するようになってきて、娘が大好きなテレビ番組『モヤモヤさま~ず2』を見ながら友達同士のような会話もできてしまったりなどすると、どうもネタにしづらいのである。1個の人格を持った身近な人間を上から目線でネタにしておおっぴらに世に出していいのかしら?という危惧が。いや、親である時点で上から目線なんですけれども。下からひりだしているわけですし。

 もちろん他の育児エッセイに対して含むところはない。あくまで自分の問題なのです。自分が子供の頃にしてもらいたかったことを娘に施すことで自分の中の欠落を埋め合わせているような人間なもので、あんまり自分がされたくないことはしたくないという、実にシンプルな理由。

 というわけで、そろそろ育児エッセイのような、そうでもないようなこの連載も、潮時なのかもしれない。今までおつきあいくださりありがとうございました。育児ネタなどはTwitter(@ribonko)でときどきつぶやいたりしてますので、そちらでまたお会いしましょう。 

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フニャ~。 泣き声の主は5ヶ月ほど前におのれの股からひりだしたばかりの、普通に母乳で育てられている赤ちゃん。もちろんまだしゃべれない。どうしてこんなことに!!??

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堀越英美

1973年生まれ。早稲田大学文学部卒業。IT系企業勤務を経てライター。「ユリイカ文化系女子カタログ」などに執筆。共著に「ウェブログ入門」「リビドー・ガールズ」。

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