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2009.11.01

第四十一回

「『語りかけない育児』はアリなのか」の巻

堀越 英美

「『語りかけない育児』はアリなのか」の巻

 子供の発達には、母親の語りかけや絵本の読み聞かせが重要らしい。いろいろな流派の育児書を読んできたが、この点において意見を異にするものは見たことがない。そういうことなら、と子どもが生まれてからあの手この手で話しかけてきた。でも、自慢ではないが、母も父もおしゃべりは苦手。まして相手が黙秘を続ける赤ちゃんときては、話しかける内容もすぐに尽きて往生するしかない。母親が赤ちゃんに独特の抑揚(いわゆる母親語)で話しかけられるのは本能だから、男親の自分には難しいという文章を読んだことがあるが、私に限って言えばそんな本能はないと言い切れる。どうにか母親語を操っているときは、柳原可奈子よろしくママさんの形態模写をやっているような気分。

 それでも最初ははりきって絵本などを読んであげた。それも1歳になるまでの話。娘にせがまれたら朗読を代行して差し上げるが、今となっては絵本よりテレビやビデオを見る時間のほうが長い。正直に言えば、読み聞かせをするヒマがあったら、自分が本を読みたいのです。言葉が遅れたとしても、こんな両親のもとに生まれたのが運のつきと思ってあきらめてちょうだい。

 と、後ろめたさを感じつつも隙あらば本を読んでいる母をよそに、娘は言葉に貪欲である。

「の!の!」
 娘が新聞紙を指して騒いでいる。「それは“の”じゃない、“しんぶんし”だ」と教えてやろうと思ったら、夫が「あれ、“の”が読めるようになったの」とつぶやいた。娘の指の先をよく見てみれば、小さい「の」の活字。

 ひらがなを読めている? でも、そんなはずは。ひらがなを教えた覚えはないし、保育園で教えているとも思われない。ものの名前を教えることと、文字という記号概念があることを教えることの間には、深くて長い溝があって、乗り越えるにはサリバン先生のような不断の努力が必要なんじゃないのか。

 混乱していたら、ちょうど読んでいた本に、こんな一節があった。

 まず、子どもに言語を教えるのは両親だ、という迷信を打破しよう。(中略)「ワンワン、見てごらん。ワンワン、いるでしょ? ほら、ワンワン」のように、単純な文型を使って、繰り返し話しかける。現代アメリカの中流階層は子育てを重大な責務と考える傾向があり、わが子が人生という大競争に落ちこぼれないように、ありとあらゆる手を尽くす。ヤッピーたちが「学習センター」に駆けつけて、的の模様のついたミトン(赤ん坊が自分の手の存在に気づくのが早まるという代物)を買い込むのも、母親語による暗黙の授業が言語発達に欠かせないと信じるのも、同じ心境のなせるわざである。
『言語を生みだす本能(上)』(スティーブン・ピンカー著、椋田直子訳)

 「子どもへの語りかけ」という育児界の絶対的な正義にたてついた文章は初めて読んだ。これは育児書ではなく、最新の発達心理学に基づいて人間が言語を獲得する基本原理を明かしたベストセラー書籍である。マサチューセッツ工科大学の心理学者である著者によれば、「話しかけても、どうせわからないのだから、独り言をいうようなもの」と、子どもが話せないうちは親がまったく話しかけない文化圏は少なくないのだそうだ。そんな社会でも、子どもたちは大人が話しているのを見て言葉を覚えていく。なぜなら人間は母語に適用するための文法ルールをあらかじめ脳に備えて生まれてくるからだ、というのが著者の主張。

 確かに、まったくまっさらな状態で子どもが生まれてくるのだとしたら、教えもしないのにひらがなを読めるようになるとは考えられない。でもちょっと検索してみれば、「うちの子、教えてないのにひらがなが読めるようになったんです」といった同年代の子を持つ母親からの相談がいくつも見つかるし、そうした相談には「私も(うちの子も)そうでした。成長したら普通の子になっちゃいましたけど」と相談者をガッカリさせる答えが付けられているのが常だ。

 娘の最近の言動を思い返してみると、「黄色の電車」というふうに「の」を使って単語をつなげることを覚えた娘は、母のカバンから名刺を勝手に取って「これ●●ちゃんの!あげないよ!」と言い張ったり、図書館に行けば「●●ちゃんのカード!」と母の図書カードを奪って返してくれなかったり、とかく所有権を主張したがる。どうやら「の」はものとものをくっつける言葉で、ものの名前の前に「自分の名前+の」をつけさえすれば欲しいものを自分にくっつける(=自分のものにする)ことができると思っているらしい。そしてときどき「大きいのお日さま」「カワイイのおズボン」と、用法を間違えている。他のママさんがたも同じだと思うが、子どもが文法を間違えてもいちいち訂正などしない。母親が言語の先生だとしたら、相当のダメ教師だろう。だからといってどんな子どももいつまでも「カワイイのおズボン」などと言い続けたりはしない。娘は今、「の」が付く言葉の事例を集め、自力で一般化してルールを見つけようとしている真っ最中なのだ。おそらくは母親に絵本を読ませている間も、テレビを見ている間も、「の」に注目しているのだろう。そしてあらかじめ言語習得回路が仕込まれている子どもの脳をもってすれば、「の」が読まれる際に必ずオタマジャクシっぽい記号が書かれていることから敷衍して「の」が読めるようになったとしても、特別不思議なことではない、ようなのだ。

 いや、語りかけは言葉の発達のためだけじゃない、子どもの健全な性格を育むためにも必要なのだ、という主張にも、著者は『人間の本性を考える』(スティーブン・ピンカー著、山下篤子訳)の中で反論してみせる。行動遺伝学の研究者たちがさまざまな家庭に育つ子どもたち(別々の家庭で育った一卵性双子、同じ家庭で育った養子etc.)を調査した結果、知能や人格の発達に影響を与える要素は遺伝が5割で、親の影響はゼロに近いことがわかったそうだ(その他4割強の要素は明らかになっていないが、子ども同士の関係における立ち位置、発達過程における偶然、運命……などが推測されている。なお調査対象は中流家庭に偏っているため、虐待やネグレクトといった極端な家庭環境は調査の対象外)。また多数の研究によれば、母親が仕事を持っていようが家にいようが、保育園に預けようが預けまいが、一人っ子だろうが兄弟がいようが、二人の親が同性だろうが、ヒッピーのコミューンで育とうが、試験管ベビーだろうが、ほかの条件が同じであれば子どもがどんなふうに育つかはほとんど変わらないという。子どもを成功する人間に育てるためのアルゴリズムなど、そもそもないというのが最新の科学が示す知見であるらしい。言われてみれば私自身、親から絵本の読み聞かせなどされたことがないが、3歳になる頃にはわからないひらがなの読み方を手近な大人をつかまえて聞くという方式で勝手に覚え、絵本を一人で読んでいたという。5歳下の弟はまったく本に興味を示さなかったが、インターハイに出場するほどの運動神経の持ち主。私は何をやらせてもダメな運動音痴。同じ親に育てられたのに、こうも違うというのが、何よりこの本の主張を裏付けているように思う。

 こうなると親が子どもにできることは食事を用意すること、排泄や睡眠などの生活習慣をしつけること、社会のルールを教えること、子どもが唐突にカーリングの本場で修業したいと言い出したときのために留学費用を貯め込んでおくことといった、(勝ち組の子どもに仕込むことに比べたら)あまりやりがいのないタスクばかりになりそうだ。こんな事実が知れ渡ったら、教育雑誌や早期教育の商売あがったりだろう。

 いやもっと、親には重要な仕事があるはず。それは子どもに楽しい思いをさせてやることなんじゃないか。バラエティ番組を一緒に見ながら「オモロー」の練習をしている我ら母娘の姿は、傍から見ればバカ親子だし将来の役には立ちそうもないけど、娘がバカ笑いして心底楽しそうだから、これでいいのだ、と思う。将来悪い男にだまされて苦界に落とされたとしても、こんな楽しい日々があったことを思い出して小さな幸せに浸ってくれたら嬉しい。

 そんなことを言いつつも、風呂場にいそいそとひらがな表を貼る母なのだった。それが将来の賢さを保証しないとしても、早く一人で絵本を読めるようになってほしい、というのが実のところの本音。だって、絵本強制朗読から解放されたら、自分の読書時間がガッポリ確保できるじゃないですか(ダメ母)。 

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