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2009.11.15

第四十二回

「“脳科学おばあちゃん”との出会い」の巻

堀越 英美

「“脳科学おばあちゃん”との出会い」の巻

 「の」に続いて「め」に執着するようになった娘。町中の看板から「め」を見いだしては「めがあった!」と叫び、無差別に因縁をつけるちびっこヤクザみたいなことになっている。風呂場に貼った50音表もすっかり気に入って、私がのぼせて上がろうとしても「おかあしゃんここすわって! もう1回やってよ!」と延々ひらがなクイズを要求。つくづく勉強熱心というか、知識を披露するのが好きなんだなあ。女としては確実にモテないタイプ。でも母はコマッシャクレ児童が大好物だから、どんどん得意げにひけらかしていいのよ。

 そんなある日、つけっぱなしにしていたテレビからコマッシャクレ児童萌えを喚起する映像が流れていたので、ついつい見入ってしまった。画面に映っているのは、史上最年少の9歳で大学に入学した男の子と、10歳で大学に入学したその妹。アインシュタイン以来の天才と全米で騒がれる兄妹を育てた韓国人女性(夫は日本人)の育児法を紹介する番組らしい。インタビュー当時10歳だった男の子は、大学の同級生から差別を受けた件について笑顔で語る。「誰かが悪口を言ったりすると、僕はそこから立ち去り自分にこう言い聞かせるんだ。“世の中には意地の悪い人もいるものだ”ってね」。なんてクール! アメリカ現代文学の主人公みたい!(わかりにくい)。一方、13歳になった妹は、「天才って言われるのは好きじゃないわ。そう言う人は私のことを宇宙人のように扱いたがるんだもの」と、こちらは気の強そうなコマッシャクレガール。

 サリンジャーの『フラニーとゾーイー』みたいなキャラのたった天才兄妹って実在するのねえ、とキュンキュンしていると、ノースウエスタン大学才能開発センターの研究者のインタビューが「3歳までに豊かな環境におけばどんな子どももIQの高い子どもに育てることは可能です」と吹き替えられていたり、スタジオのおばあちゃんが「天才は作れるんです!」と断言しだして、一気にウサン臭い方向に。えー、それが事実だとしたら、あの母親を真似た育児法で育てられたちびっ子たちで大学は埋め尽くされてしまうのでは? 果たしてそんなコマッシャクレユニバーシティ、略してシャクレ大はありうるの?

 くだんの母親は、3歳までの子どもの発達を研究しているアメリカの非営利国家機構のサイト「ZERO TO THREE」(http://www.zerotothree.org/)を参考に、「妊娠中に大学の授業を受ける」「散歩中も人目を気にせずたえず胎児に話しかける」「絵本を1日20冊読み聞かせる」「フィンガーペインティングをさせる」といった英才教育を施したのだそうだ。絵本やフィンガーペインティングはともかく、胎教を科学者が勧めるとは思えない。さっそく「ZERO TO THREE」(http://www.zerotothree.org/)を乏しい英語能力でチラ読みしてみたが、「こうすれば万人の子どもがうまくいくという処方箋を授けるサイトではありません。あくまでそれぞれの両親が自分なりのやり方で子育てするのをサポートするための情報を提供することを目的としています」という内容の、実にまっとうな但し書きが。「○歳までに●●の能力を引き出さないと一生身につけるのはムリ!手遅れにならないうちにさあ早く!」という文脈で頻出する早期教育界のキーワード「臨界期」についても、猫や鳥の実験で確かめられた事実を紹介し、人間については言語能力や絶対音感といった一部の能力に臨界期が存在することが明らかになったということを記すにとどめている。また、3歳までに刺激を与える事は確かに子どもの脳のために重要だが、それは愛する子どもにしてやりたくなる普通のこと、つまりタッチやだっこ、揺さぶり、話しかけ、歌で十分なのだそうだ。「あなたの赤ちゃんをより賢く」と謳うhype(誇大広告)が近年あふれているが、科学者は子どもの脳の発達における自然なシナプス結合をさらに増すようないかなる特別なコツも発見していないと、はっきり言い切っている。やっぱり科学者たちが英才教育を煽るわけがない。こうなると研究員にかぶせられた日本語吹き替えも、事実に即しているかどうか怪しくなってきた。

 じゃああの、「天才は作れる!」と断言していたおばあちゃんは誰なん? 調べてみたら、彼女の名前は久保田カヨ子。“脳科学おばあちゃん”という愛称で、テレビをはじめ各メディアでもてはやされる早期教育界の新カリスマなのだそうだ。すごい、コンピューターおばあちゃんみたい。なんでも脳科学者の夫の書物を独学で読み込み、脳科学を利用した育児法を編み出したとある。彼女が始めた0歳児からの幼児教室は大変な人気で、入るのに半年待ちとか(公式サイト(http://www.kubotanouken.com/)にはジャガー横田夫妻の「我が家の大維志も通塾します」という写真が)。その脳科学おばあちゃんが提唱する、脳科学育児10か条とは?

1. おむつ交換のときに子どもに話しかける。
2. 「いないいないばあ」は5回以上やる。期待させて待つことがいい。
3. 子供服はカラフルなものを着せる。色彩感覚を養う。
4. なるべくおんぶする。
5. 幼児語は使わない。
6. 箸、鉛筆は正しく使っている自分の姿を見せる。
7. 「どっちが好き?」と質問をする。人生は決断の連続。
8. 10から0まで数えて0の概念を教える。数学は0を知ることが重要。
9. 子どもとの約束は守る。
10. 子どもに情熱を傾ける。

 ほかにも●ヵ条があるらしいのだが、これが代表的なものらしい。おばあちゃんの知恵として尊重したくはあるが……脳科学関係なくね? むしろ幼児語については、乳幼児心理学の専門家に言わせれば動作を示す言葉を直感的に学習しやすく、言語の発達においてはそれなりに意味があるとされている(小林哲生著『0~3さい はじめての「ことば」』より)。でも彼ら夫婦が提唱する脳科学育児は育児書界でも大人気で、amazonの「子育て」ジャンルの1位、4位、5位、11位を夫または夫婦の育児書が占めている(2009年11月中旬現在)。私がたまたま見た番組ももともと教育番組ではないらしいのだが、視聴率を稼げるからか、しょっちゅう彼らを出して早期教育特集をしているようだ。

 そんなに世間で脳科学やら早期教育が熱いとは思わなかった。別に脳科学を謳ってなければ、武勇伝を聞くだに傑物らしいおばあちゃんの生き様に感嘆しなくもないのだけど。なまじ科学の体裁をとっているだけに、うまいこと天才になれずに追い詰められる親子がいやしないか心配になってしまう。

 でも、どうせ子どもと遊ばなきゃいけないなら脳科学の裏付けがほしい、という気持ちが、けっこうわかってしまう今日この頃。子どもと遊ぶって案外疲れる。雨の日に部屋の中でかくれんぼしようと娘にせがまれたので、せっかくだからエンターテインメント性を重視してわりと本格的に隠れてみたのだが、娘は半泣きで怒り出してしまった。「ここで!」と狭い部屋を指さす娘。えー、鬼が隠れる場所を指定?そんなかくれんぼあり? 仕方なく逃げも隠れもできない部屋でヌボーとしてみた。いそいその隣の部屋からやってくる娘。「みいつけた!もう一回」ヌボー「みいつけた!もう一回」ヌボー「みいつけた!もう一回」あのー、ずっと立ってるの疲れたので座って本を読んでもいいですか。「ダメ!おかあしゃんたっちして!」はい……。どんぐり拾いにしろ、おうまさんごっこにしろ、子どもとの遊びってなんて単調なんだろう。

 こんなかくれんぼ無間地獄に比べたら、ひらがなクイズがどれほど有意義に思えることか。なにしろ徐々に読める字が増えていくのである。モチベーションも上がろうというもの。こうやって教えていけば、いつの日か母の知らないジャンルの本を読むようになって、「えー、お母さんこんなことも知らないのー」とコマッシャクレ全開で母を小バカにしてくるに違いない。その日のことを思うと今から萌える~(SMのMはママさんのM)。いくらでもひらがなクイズ in 風呂のリクエストに応えてあげたい。あなたが望むなら私ゆだってもいいわ。

 そんな感じで、脳科学を心の支えに「いないいないばあ」のリクエストに応え続けるモチベーションを保っている0歳児のパパママがいるなら、それはそれでいいか、などと思ったり。

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