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2009.12.01

第四十三回

「拝啓、せなけいこ様」の巻

堀越 英美

「拝啓、せなけいこ様」の巻

「ニンジンも残さず食べなさいよ~」
「イヤ!これキライ!」

 あんまり日常的にイヤイヤ言われているのですっかり忘れていたが、イヤイヤ期も偏食も、いまだ続行中である。あるとき、ふと思いついてクマのぬいぐるみを手にしながら「●ちゃんはニンジン食べられるんだ~さすが人間はすごいね~」とアテレコしてみたら、「見てな」とばかりにパクリ。上から目線の母には反抗したいけど、下から目線のクマの言うことなら聞くわけか。イヤイヤ期って要は、母の上から目線がムカつくってことなの? 「ついこの間までアタチの奴隷だったくせに、話せるようになったとたん命令しやがって。お前は何様だ?」と、こういうことなんですかお姫様。

 しかしあからさまに母の声なのに、クマがしゃべったと思い込めるなんて、2歳児はさすがにアホである。そう思ってクマを子の前に座らせたまま自分のご飯を食べようとすると、「おかあしゃん!クマしゃん持って!」と引き続きアテレコを強要。母がクマを操っていることは承知しているみたい。ギャルゲの声優が30過ぎのオバチャンであることを知りながら美少女キャラに萌えるオタクみたいな心理なのだろうか。生身の女は嫌いだが美少女イラストというフィルターを通せば愛せる、的な……。母はめんどうなので深入りしないことにする。

 そんなクマ萌えが高じて、絵本『よるくま』(酒井駒子)にも夢中。『よるくま』はもちろん名作と名高い絵本だし、子供が気に入るのは当然のことなのだけど、何度も読むうちにいろいろ思うところが出てくる。こんなにかわいいよるくまを置いて、よるくまのお母さんはどこに行ったの? 男と逃げたの? 育児ノイローゼなの? そもそもお父さんが一切出てこないんだけどそこには触れない方向なの? 果たしてお母さんが夜突然に失踪した真相は、こっそり雲の上で夜釣りの仕事に出て日銭を稼いでいた、というオチ。夜の仕事……水商売の隠喩だろうか。母親がせっせと釣っている魚は男性客の隠喩? 小さな子を夜1人で残していったら危ないだろうに、生活のためにやむなく夜の蝶となる母親の気持ちを思うと泣けてくる。蝶ってかクマなんだけど。

 そうした世界の貧困に思いを馳せているのかどうかは知らないが、「夜、母親がいなくなる」というのは2歳児にとって身近なスリルなのだろう。幾度となく読むようにリクエストされる。スリルといえば、ようやく「オバケ」を怖い存在だと認識したようだ。それもこれも、絵本『ねないこだれだ』(せなけいこ)のおかげ。印税のことを思うと背中を羽虫が這い回る幻覚に襲われるので、なるべくロングセラー絵本を買うのは避けたかったのだけど、やはりロングセラーにはロングセラーになるだけの理由があるのだった。

『ねないこだれだ』に出てくるオバケは本当に怖い。「よなかにあそぶこはおばけにおなり」と呪いをかけると子供の足がなくなり、「おばけのせかいへとんでいけ」と足のない子供の手を持って飛んでいってしまう。次のページをめくったら、キャー!151刷!ってあれ?もう奥付?これで終わり?というあっけなさ。絵本なのにまさかのバッドエンドで終了である。この回収されない恐怖感が2歳児好みなのだろうか。コワイコワイとおびえながら読めという。2歳児が選ぶ『この絵本がすごい!』大賞がもしもあったら、「伏線の回収」も「起承転結」も完全無視のアバンギャルドな選書がなされるに違いない。それはともかく、マイケル・ジャクソンを持ち出してもすでに忘れてしまったのか、それとも「マイケル、ちっとも来なくねぇ?」と疑いをはさみ出したのか、あまり寝付かなくなってしまったところだったので、新たな恐怖対象の登場は実にありがたい。

 イヤイヤ期の子供が皆に嫌われて終わる『いやだいやだ』もお気に入り。娘の食い付きのよさに気をよくした父母は、ちょいちょいせなけいこ先生の絵本を買い求めることにした。『きれいなはこ』も『ふうせんねこ』も、悪い子がひどい目にあっておしまいという教育絵本らしい後味の悪さが魅力的だ。とりわけ娘は、例のオバケが出てくる絵本をおびえながら読みたがる。もっとオバケが出てくる絵本はないかしら。

 オバケが表紙に描かれているせなけいこ先生の絵本がいくつか売られていたので、中身を見ずに大人買いすることにした。『めがねうさぎ』シリーズというらしい。ところがこのシリーズ、どうしたことがオバケがちっとも怖くない。むしろ面白キャラ。おそらくせなけいこ先生、『ねないこだれだ』がトラウマになってしまった子供たちの話を聞いて心を痛めたのではないか。『ねないこだれだ』のAmazonレビューを見ると、半分以上は星5つで絶賛なのだが、星1つをつけている人が6人。シャレにならないほどの恐怖感を植え付けられた子供も、一定数いるらしい。

 めがねうさぎは目が悪く、しょっちゅうめがねを無くすというボケキャラ。オバケはめがねうさぎをおどかそうとするのだが、タイミング悪くめがねを無くしているので、怖がってもらえない。仕方なくメガネを探してやるオバケ。オチがあるのはいいけれど、毎話このパターンなのでオバケの尊厳かたなしである。最新作であろう『めがねうさぎのうみぼうずがでる!!』(2005年)では、うさぎに怖がってもらおうと海坊主に変装する算段までしている。『ねないこだれだ』の圧倒的恐怖はどこへ。オバケのアイデンティティ捨てないで!

「こんどこそ うさこが
きゃあーって いうだろう!
すてき すてき
うみぼうずが でるから
すてき!」

「もう、君たちつきあえっちゃえば?」といいたくなるのは私だけではあるまい。

 娘はツンデレオバケにぐっときたらしく、「オバケかわいいね!」と言いながら読んでいる。うん、うさぎもオバケもかわいいよね。Wボケで。でも君はもう、オバケで脅しても寝付いてはくれまいね。さて、これから寝かしつけはどうしよう……。

「ほら、おかあしゃん見て!クリマシュツリー、かっこいいでしょ!これきれいでしょ!かわいいでしょ!」

 保育園のクリスマスツリーを見つけた娘が騒いでいる。そんなに気に入ったのならもっと近くで見てみたらどう、と娘をひっぱっていくと「こわい!あたしこわいの!」と手を胸の前でクロスさせながら逃げていってしまった。え、これが怖いの? そういえば、枯れ葉を手にして「こわい!」と投げ捨てることが何度かあった。植物の意外にグロテスクなディティールが怖いのだろうか。まるでマロニエの木の根を見て嘔吐するような……おお、サルトルみたい。これ、寝かしつけに使えないだろうか。教育絵本としての『おうと』。せなけいこ先生が描いてくれたらうれしいな。よなかにあそぶこはロカンタンにおなり。 

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