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2010.06.01

第五十三回

「ゴシップ読書から学ぶ家庭マネジメント」の巻

堀越 英美

「ゴシップ読書から学ぶ家庭マネジメント」の巻

 親がテレビを追放できなかったら仕方がない。テレビは子どもの見聞をひろげてくれる、友だちとの共通の話題をもてるというようなことで、みずからなぐさめるよりほかはない。そして目の前で子どもが俗悪になっていくのを見送るしかない。自由世界の支払っているもっとも高価な代価というべきだ。
(『育児の百科(下)』p235)

 当連載で何度かご紹介したことのある松田道雄先生は、テレビに対してたいへん手厳しい。しかしそんなことを言われても、0歳児時代からエロ詩吟好きだった娘はもう手遅れである。2歳児の今、パソコンに向かう母にまとわりついて、「はっぱ隊見ようよぉ!『yatta!』は気持ちいいよぉ」とねだるのはほぼ日課のようなもの。半裸の白人男性たちに合わせて「いつしょーいーじー(It's so easy.)はぴごーらっきー(Happy go lucky.)」とクネクネ歌い踊る姿は、高尚さからは果てしなく遠い。

 雨だからといってせっかくの休日をはっぱ隊で過ごすのはいかがなものか。というわけで、隣駅の図書館へ。幼児向けコーナーにいる間は自分で絵本を選び、1人で大人しく眺めているので、私もしばし読書に浸れる。しかし娘が吟味の末に借りたがる絵本は、赤いケチャップの色味も毒々しい海老フライだの、生クリームのラインが扇情的なパフェだのが描かれた食べ物写真絵本。ファミレスのメニュー表じゃあるまいし、そんなのわざわざ借りなくてもいいじゃない。ほら、お母さんが選ぶ高尚で芸術的な絵本をお借りなさいよ。「いや!これがいいのよう!」。

 児童誌ご推薦の絵本をゴリ押しする母に業を煮やしたのか、娘は私のカバンから図書カードを取り出し、「おかあしゃん、そこで1人で待っててね。ついて来なくていいからね」と言い残して1人で貸し出し手続きを済ませてしまった。付け焼き刃の高尚さを全く受け付けない、堂に入った俗悪ぶりに母も脱帽するしかない。しょうがないわ、母も俗悪だもの。娘の横で何を読んでるかって、一昔前の『婦人公論』読者投稿ばりに不幸がてんこもりの女性作家の自伝的私小説。お母さんも出産前は、前衛文学やらSFやらが大好物だったんだけどねえ。なぜか今、こういうのが面白いのよ。

 なぜ主婦向けワイドショーは芸能人のゴシップだらけなのか。母になって少しわかった気がする。育児にしろ夫婦仲にしろ親戚づきあいにしろ、生身の人間が相手だけにわかりやすい成功法則はない。経営学の学徒たちがあまたの企業の事例を研究して理論を編み出すように、我々オカンもまた、さまざまな人間関係をつぶさに観察することで、家庭戦略マネジメントモデルを模索しているのではないか。たとえば美人女優がハイパーメディアクリエイターの夫から逃げ出す、といった突飛なケースですら、我々への示唆を含まないではない。なぜエリカ様は結婚したあとに、「キモイ」と今さらにもほどがあることを言うのか。ハイパー(略)さんのブログによれば朝の5時半までエリカ様に心構えを説いていたらしいが、その間にヒゲがみるみる伸びていったのが、もしかしたら破局のきっかけとなったのではないか。ならば世の夫婦は朝の5時半まで語らうといった事態を、なるべく避けたほうが賢明なのではないか。玉置浩二は、なぜ“子”のつく名前の女性ばかりと浮き名を流すのか。そうした名前をつける家庭は保守的なので、親や教師に従順でお勉強をしっかりする大和撫子が育つ、と分析した書籍を読んだことがある。この従順さが仇となってだめんずに狙われやすいという傾向が、もしかしたらあるのではないか。娘をだめんずから守るためには、あまり保守的に育てるのも考えものなのではないか。

 とはいえこれらの論考は、妄想の域を出ることがない。玉置浩二はなぜ“子”のつく名前の女性が好きなのか、おそらく彼自身の言葉で語ることはないだろうし、感情の言語化に興味がなさそうなエリカ様については、さらにその望みは薄い。検証のしようがないのだった。

 ところがこうした騒動の中心に文筆家がいると、がぜんケーススタディもやりやすくなる。たとえば、子どもの頃実家にあった井上ひさしのエッセイ『家庭口論』。当時は「一方的に奥さんの悪口ばかり書いて、家庭内が険悪にならないものかしら?」と思っていたのだが、その後奥さんが暴露本を出版。そんな嫁に対抗するかのようにお姑さんも嫁攻撃本を発表。さらには娘もエッセイで参戦して、家族総出の暴露合戦が繰り広げられていたらしい。家族まで筆が立つなんて、さすがは作家。しかしこういってはなんだが、ヘビとマングースのにらみ合いに、キングギドラとミニラが乱入してきたみたいな展開だ。滅多にないですよ、夫婦ゲンカのあらましと考察を3世代から詳細に聞く機会なんて。全て読んだら、きっとなんらかの知見を得られるはずだ。今のところ、『家庭口論』の記憶でおなかいっぱいですけれども。

 娘の横で今、私が夢中になって読んでいるのは、詩人・萩原朔太郎の長女である萩原葉子の一連の作品。作家と母の関係を調べている中で、萩原朔太郎の母は2人の嫁をいびって追い出すようないじわるばあさんだったと知り、どんなものかと孫にあたる萩原葉子の自伝的小説『蕁麻の家』を手にとってみたら、これがもう止まらない。

 詩人の長女として生まれながら、8歳のときに母が男と逃げ、父と知的障害の妹とともに実家で虐げられつつ育った娘の出口なしの不幸。ここで書かれている詩人の母・勝の口の悪さがハンパない。「インラン」「醜女」と孫を罵るくらいは日常茶飯事。「そんな鬼ガワラみたいな顔で、よくも男が本気で相手になると思っている!」「お前のような醜女娘が唇を赤く塗ったって黒豚のサカリがついたようにしか見えないんだよ」。孫に「黒豚」て。もちろん嫁にも容赦がない。「何様のお姫様のお輿入れじゃあるまいし、たかだか洋酒問屋のオールドミスが、洋之介に拾われて来るのに思いあがっているよ」「汚れた女と一緒にされてはたまらない。よくお聞き! この木のタライは、あたしと洋之介と麗子のものだけを洗うタライなんだよ」。昼メロでもなかなか出てこない名調子である。これが昼メロだったらヒロインは王子様が現れて救われるはずが、現実はままならない。自尊感情を損なわれた女の子にありがちなように、王子様には素直になれずに逃げられて、自棄を起こして強引なDVオヤジに身をゆだねて妊娠してしまう。そこへ現れたる勝の娘4姉妹。「やっぱり血筋なのよ」「この間も信子の弟と結婚したいとか、婦系図のお蔦にでもなった気で泣いたっていうけど、サカリのついたお蔦もどきよ」「あの顔でお蔦ネェ! 一体どこで寝たのかしら? お蔦現代版ってところね」「内藤家の仮名に大きな疵をつけてシャア、シャアしているのネ!」「疵者の上にごていねいに『インハラ・ベービー』とやらの、大胆不敵な淫乱娘じゃないの!」と、娘たちもまた名調子のイジメっ子ぶり。

 この本が1976年に出版されてベストセラーとなったとき、「被害妄想」と断じた批評家がいたそうだ。そう言いたくなる気持ちはわかる。出てくる女性たちが皆、絵に描いたようなワルモノなんだもの。しかし友人知人から似たようなオカン話をさんざん聞いたことがある私は、ある程度は本当なのだろうな、と思う。夫や息子にかいがいしく仕えながら、男尊女卑の鬱屈を実の娘を含む目下の同性にぶつける女性というのが、かつては少なからずいたのである。「人として生まれたならば、相手の心をくんで、少しでも心地よく暮らせないものか」とあとがきで荒川洋治があきれているが、自らの努力が承認される場を持たない人間がそうした健全な考え方を獲得することは、とっても難しいのだ。

 もっとも、彼女が冷静な視線を向けるのは同性の陰湿さだけではない。続く『閉ざされた庭』では、米兵や学歴にコンプレックスを抱き、「シャーラップ!!」と妻を英語で怒鳴りつけ暴力を振るう貧弱な夫の気持ち悪さが夜の生活にいたるまでみっちりと描かれていて、これまたワイドショー的興味をそそる。しかし彼女の息子である萩原朔美が亡母を語るエッセイ『死んだら何を書いてもいいわ』を読んでみると、いろいろと話を大げさに盛る人ではあったようだ。ノンフィクションじゃなくて私小説なのだし、人間の醜さにぐいと分け入ってデフォルメする勘の良さがあったからこそ、「こういう女(男)いるいる!」と共感を得られて作家として成功したのだろう。が、書かれた人はたまったもんじゃないだろうなあ。

『死んだら何を書いてもいいわ』には、萩原葉子のほか太田治子、幸田文、森茉莉、室生朝子といった名前を挙げて、父親が文学者の娘は結婚生活がうまくいっていない場合が多い、とする記述がある。神格化された父親と夫を知らず知らず比べてしまうから、というのがその理由だが、たぶん私は「文章を書いちゃうから」というのも理由の内に含まれると思う。皆さん随筆家、または私小説作家として活躍された人々だ。文豪の娘に限らず、複雑きわまりない人間を分節化する能力があるということは、それ自体暴力的だったりするんだろう。すると、私がここから育児について学ぶべきことは、「子どものことはあまり書かないほうがいい」だったりするのだろうか。わあ、育児エッセイ全否定。 

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