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2010.11.01

第六十二回

「私の中のカツマーVSカヤマー論争」の巻

堀越 英美

「私の中のカツマーVSカヤマー論争」の巻

 風呂場の排水溝にこびりついた黒ずみを、古い歯ブラシでごしごし掃除するという地味な家事にいそしんでいたとき、ふとこんなことを思った。

「カヒミ・カリィもこんな風に古い歯ブラシでごしごしやってるんだろうか」

 私はあまり生産性の高い人間ではない。経済学的には、「人的資本が少ない」とでも言うのだろうか。だから嫌いな家事でも「私の身分を考えれば、いたしかたない」と諦めて適当にやりすごしている。けれどカヒミ・カリィはどうか。かつてはその美貌とウィスパーボイスで渋谷系のプリンセスと呼ばれ、結婚・出産を経た今も美しく、母子向けのスキンケア商品をプロデュースしたり、大正家屋でのスローライフぶりを数々のメディアで語ったりと、そのおしゃれさは健在だ。そんなおしゃれカリスマな彼女が、排水溝の掃除をするなんて、人的資本の無駄づかいもいいところだ。大正時代に建てられた家屋なんて、我が家よりはるかに掃除が面倒くさそうなのに。しかしスローライフを語る彼女がメイドを雇っているとも思えず、普通に考えれば彼女がやっているのだろう。古歯ブラシじゃなくて、おフレンチな亀の子ダワシだったりするのかもしれないけど。

 そういえば同じく渋谷系のアイドルだった渡辺満里奈が結婚後、女性誌でエコ商品を紹介しているのを読んだことがある。その中で、自身も重曹と酢で台所の排水溝の掃除をしているということが語られていた。やっているんだ、マリナ様ですら。とんねるずに最も愛されたアイドルのうちの一人で、その魔性はフリッパーズ・ギターの解散の原因ともなったと噂され、彼女が始めることはすべて女たちの流行りごとになるサブカル女神・マリナ様が、排水溝の掃除をやっている。

 世界経済フォーラムが今年10月に発表した男女平等度ランキングによれば、日本は134カ国中94位で、主要先進国の中では最下位だったそうだ。これは予想された数字だが、アジア地域で一番スコアが高かったのがフィリピン(9位)だったというのが意外だった。フィリピンではメイドを安価に雇えるため、中流家庭以上の女性が家事や育児にとらわれず仕事に邁進できるから、というのが理由の一つらしい。階級社会の上で実現する男女平等かあ、と思うと複雑な気持ちになる。そしてこの事実は、もう一つの暗い現実を示している。階級社会でメイドがするような仕事を性別故に請け負うことになる日本人女性は、もとより二級市民なのだということ。アーティストだろうが元アイドルだろうが女医だろうが、この現実から逃れるのは難しい。

 もちろん日本では表向き、差別はイケナイということになっている。だから女は二級市民だなどと表だって語る人は(あまり)いない。その代わり、「男を立てて女らしくきちんと家を切り盛りする女性こそが賢い女性なのだ」「母性はすばらしい」といったふんわり仕上げな言葉で、下層労働が美しく装飾される。オノ・ヨーコはTwitterで若い女性から寄せられた「母親としてなにか心構えがありますか?」という質問に、こう答えていた。母性礼賛は、「兵士になる人に戦う美しさを唱えているのと同じ」で、(面倒なことを女性に押しつけたい)「社会にとって便利」だから言われているにすぎない。その覚悟をして母親になりましょう、と(原文はこちら)。

 女性ファッション誌の「ダイエットで自分磨き」「愛されコスメで女子力アップ」「カラダの中からキレイに」「本当の自分探しをして内面から輝こう」といった言葉遣いのしゃらくささは時折やり玉にあげられるけれども、これも「兵士になる人に戦う美しさを唱えている」のと同じことなんじゃないか。「二級市民のお前らが生身の人間のまま社会に出て来ることは許されざる害悪なので、全身のむだ毛を剃り、脂肪をそぎ落とし、毛穴という毛穴を隠すべし」という社会からの残酷なメッセージを覆い隠し、女たちも努力次第で自己資本を高められる一級市民の一員であるかのようにおだてようとすると、どうしたってしゃらくさくなってしまうのだろう。おそらくは「ホメオパシー」「マクロビオティック」「デトックス」といった疑似科学、あるいは「パワースポット」「ヒーリング」「占い」といったスピリチュアルは、それらの言葉の延長線上にある。加齢や出産を経て疑似科学やスピリチュアルにハマる女性が多いのは、一級市民であるべき自分がヨゴレを引き受けるにあたって生じる自意識のギャップを、美しい物語で埋めてくれるからではないだろうか。そう考えると、現在のカヒミ・カリィがマクロビオティックやホメオパシーの、渡辺満里奈がエコ・ナチュラルの伝道者となっているのも、納得がいくのだった。

 当連載で何度もネタにしてきた私が言うのもなんだが、最近高まってきたこれらの信者に対するバッシングについても、思うところがないわけではない。社会が女を実質二級市民扱いしながら一級市民であるかのようにおだてて消費を煽るという不思議な扱いをやめない限り、この手のインチキが無くなることはないんじゃないかと思うからだ。ホメオパシーがインチキであることが知れ渡っても、また別の美しいインチキが心の隙間につけいるだけなのでは。

『勝間和代 成功を呼ぶ7つの法則』によれば、家事をしない夫を抱え、2人の娘の育児や家事に追われながら外資系の銀行で働いていたかつての勝間和代は、帰国子女のワーキングマザーがメイドを雇っていたことにカルチャーショックを受けたという。さっそく彼女は週1回のメイドサービスを使い、食器洗い機と衣類乾燥機を購入したそうだ。彼女の行動原理は実にシンプルだ。美容や家事といった二級市民として課せられた面倒事にかける時間を外注や機械導入で合理的に短縮し、空いた時間で一級市民として生きる。ここに疑似科学やスピリチュアルがつけいるスキはない。彼女の場合はたまたまやりたいことがキャリアアップだっただけで、空いた時間ですることは趣味でもなんでもいい、とすればキャリア無縁の自分でも充分に勇気付けられる考え方である。「女子力アップ」や「ていねいな暮らし」という物語に精魂を込めて取り組んだら、私のような怠け者は仕事や育児や読書にまで手が回らなくなってしまう。

 一方で、そんな勝間和代にかみついたのが、香山リカ。勝間和代のせいで彼女を目指して心を病んでしまう人が増えたというのが批判の論拠らしい。むしろ私は香山リカの存在に、周囲にあわせて適当なことを言う空気読み能力と「女の子」を演じるスキルにたけた女性じゃないと文化系業界を生き抜けなさそうな現実を感じて心を病みそうになるのだけど……。そんなヒガミ根性はさておき、『くらべない幸せ』という新刊をいただいたので、読んでみることにした。いただいたのに申し訳ないのだけど、さっそくタイトルに、「1997年の『VIEWS』の小沢健二バッシング号でオジサンたちに混じって「東大って言っても文Iじゃなくて文IIIでしょ」とか言ってバカにしてたじゃん。すごい高いところで比べてたじゃん」とつっこみたくなってしまった。渋谷系の呪いである。

 本書によれば、育児でなかなか研究ができないことに悩む女性准教授や、自己承認に飢える専業主婦は、人と比べてしまうために多くを求めすぎて不幸になる欲張りな女性、と位置づけられる。彼女にかかれば女子アナウンサーの内田恭子が推定年収700万円の一般人と結婚したことも、「女であることの存在証明」のために結婚したことになってしまうし、年下の男性と結婚した角田光代や真矢みきは「あきらめ婚」と呼ばれてしまう。え?普通に好きだったりいっしょにいて楽しいから結婚したのでは……?

 しかし読み進めていくうちに、著者自身の葛藤が見えてくる。彼女が研修医として世に出たのは男女雇用機会均等法が施行された1986年。<その頃は、大学を出て仕事についた女性が20代で結婚を考えるのはある意味でタブーであった>。<当時はまだ、「結婚、出産は当分はしません」と約束しなければ採用してくれない、という企業もあたりまえのようにあったのだ>。そして働く女性にとって、結婚はそれほどメリットはないと言う。<男女平等とは言うものの、まだまだ「家事は女の役割」と思っている男性は少なくない><家事には抵抗がない、と言っている男性にしても、実際に頼めば簡単な掃除をしてくれる程度で、完全に家事を分担するレベルにはほど遠いことが多い>。なるほどそういう認識なら、キャリア女性の結婚についてうがった見方をするのも道理だ(そして最後のほうは、女性に比べて脳天気すぎる男性批判が炸裂する。紅一点としてうまく生きているように見えて、いろいろ溜まっていたんですね)。

 そんなことはない、うちはちゃんと分担しているという20~30代の共働き家庭は多いと思う。けれども彼女の年代では、そんな結婚はめったにありえない夢物語だったのだろう。「家事は女の役割」と思われることは、単に大変だということだけじゃなくて、好きな相手に二級市民として扱われることでもある。その哀しみをスピリチュアルで癒そうにも、知性が邪魔をする。勝間和代と香山リカは同じ絶望を生きてきたんだなあ、と思うとなんだか切なくなった。 

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