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ツレ&貂々のコドモ大人化プロジェクト

2012.08.01 公開 ツイート

その82

四歳と四十八歳の「なつやすみ」 望月昭/細川貂々

 息子の幼稚園が夏休みに入った。年少クラスの最後に編入した息子にとっては、初めての「なつやすみ」である。
「これからしばらくお休みなんだよ。秋になって涼しくなるまで、幼稚園はお休み」
 こう言われたときの息子はちょっと愕然とした表情になっていた。
「えっ? ようちえん、おやすみなの? せんせいも、かわっちゃうの?」
 息子は長い休みのあと、クラスも先生もお友達も替ってしまうものと思っているようだった。それも仕方がない。この前のお休みは春休み。息子にとって、初めての幼稚園だった三カ月の年少クラスのあと、クラス替えがあり先生もクラスのメンバーも替ってしまったのだから。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。クラス替えがあるのは春だけだから。秋になっても先生もみんなも一緒だよ。それで運動会の練習をするんだよ」
 これを聞いて、息子は少しホッとしたようだ。
 夏休みの導入に、幼稚園では「なつまつり」が催される予定だった。夕方に浴衣、甚平などを着て幼稚園に集う。チケット制で、夜店(のようなもの)で「ソースせんべい」や「フランクフルト」と引き換えたり、ヨーヨー釣りとかクジ引きで遊んだりできるという催し。日暮れ時にはクラスで一番体の大きなコが太鼓を叩いて、他のコたちは「ぼんおどり」を踊るというイベントもあって、息子はへにゃへにゃと盆踊りの振り付けの練習をしていた。
 でも、その「なつまつり」は、開催予定日が大雨になってしまい、予備日も雨が降ったり止んだり。結局、周辺地域に大雨洪水警報が出てしまったということで、中止になってしまった。
 夏休みの最初から、楽しみにしていた「なつまつり」がなくなってしまい、出鼻を挫かれる息子(とその親たち)である。
 これから長い夏休みを幼稚園抜きで過ごさなければならない。昨年の夏はそうして過ごしていたはずなのだが、なかなかつらく苦しかった覚えがある。それに、息子の行動力とやんちゃぶりは、昨年の比ではない。夏休みに入る直前の幼稚園が午前中で終わった日、食料の買出しにスーパーに連れて行ったら、その場で二度も迷子になった息子である。
「夏中、これをやらねばいかんのか」
 そう思うと少しウンザリする。ちょっとした外出とか、食料の買出しに常に連れていかなければならない。迷子にしてしまったのは僕の気の緩みがあったからだろうが、スーパーで幼稚園のお友達に遭遇してハイテンションになった息子にも原因はあろう。いや、たぶん夏休みの間中、近所での買出しは幼稚園のお友達にはいっぱい遭遇するはずだ。どこも事情は同じだから。
「まあ、それはそれでいい息抜きにはなるんだろうが……」
 問題はそれ以外の時間である。近所の公園で遊ばせる。市民プールに連れていく。それ以外に夏休みだからできることと言えば。
「パパ、ぼくでんしゃにのりたいです」
 そうだよなあ。昨年の夏も、暑さをものともせず、あちこち電車で連れていったよなあ。しかし、なんだかもう一通り回ってしまうとパパはもういいや、って感じなんだなぁ。
 息子の電車でどこか連れて行け圧力と、パパの日常にけだるく埋没してしまいたい逃避心が鋭く対立しそうな夏休みの始まりなのであった。

 しかし「なつまつり」への期待が連続二日で流され、大きな失望に終わってしまったところで、やはり息子をどこかに連れて行かねばと思うパパなのであった。
「大阪の天神祭に行ってみるか?」
 と、地元の阪急の情報紙に載っていた「天神祭」の写真を息子に見せてみる。
 あまり興味を示してくれない。
「らんでん、のりたいです」
 などと言っているが、京都はなぁ、暑ぅてかなわん。おまけに風もないし。
 路面電車で一番涼しそうなのは、函館の電気軌道だろうか。しかし北海道は遠い。
 そんなことを考えていたら、広島に住む僕の中学時代の同級生からメールが来た。たまたまこちらもヒマだったのだが、なんだか向こうも時間的に余裕がありそうな感じだ。
 そうだ、息子。突然だが、広島に行ってみるか? 広島は路面電車の天国やで!

 ということで、夏休みの初っ端だが、父と息子は衝動的に広島へ日帰りの旅に出たのだった。
「ヒロデン、乗りに行こう。ヒロデン乗りたいやろ?」
 と息子に問うと「ええーっ、ヒロデン!」息子は早くも狂喜している。実は息子はiPadのゲーム「路面電車GoGo!」というゲームで広島電鉄5号線と2号線をバーチャルで運転した気分になり、車内に流れる効果音などもそらんじているヒロデン好きなのである。
「じゃあいこう、パパいこう。ぼくぼうしかぶる」
 日ごろ強制されるもののあまり好きではない帽子まで被って、行く気満々の息子である。
「パパ、なにせんにのっていくの?」
 と息子が訊くので、
「まずはな、阪急今津線や」
 息子はまた大喜びだ。遠出をするときはJRに乗ることが多いのだが、なぜか乗り慣れた地元のローカル線でスタート。
 今津線で西宮北口まで出て、阪急神戸線に乗り換え。新開地で山陽電鉄に乗り換えて姫路までトロトロと行く。姫路からは新幹線「こだま」レールスターに乗って、山陽新幹線の各駅停車で広島を目指す。瀬戸内の海岸沿いの景色はどこまで行っても似ているし、なぜかどこでも大河ドラマにかこつけた「平清盛」関連のイベントが目に着く。
「広島なんてなあ、目と鼻の先や。県でいうたら兵庫、岡山、広島や」
 と息子に説明してみるものの、千葉、東京、埼玉のようなわけにはいかず、広島に着くまでに五時間くらいかかってしまった。それでも時間のかかる経路を選んだおかげか、車内はどこでも空いていて、楽しい鉄道旅を満喫できた。
 途中福山駅で、駅弁の「あなごめし」を買って食べる。息子は「ウナギ、ウナギ」と大喜びでたくさん食べるのだが、それはウナギとちゃうんやで。でも、小食の息子がたくさん食べるので、どんどん食べさせた。そのせいか広島に着くと「うんち」と言い出す。まあ、そんなバタバタを乗り越えて、暑い広島の地に踏み出す。

 広島の路面電車はなかなかのものだった。近隣では岡山にも同じような電気軌道があるので、その規模を予想していたのだが、路線の規模も運行本数も、連結車両の数や乗客の勢いなど、全てにおいて岡山よりも上回っていた。
「ぐりーんむーばー、まっくす。ぐりーんむーばーまっくすです」
 息子が叫ぶ。緑色の車体の低床車「グリーンムーバー・マックス」が目の前を走っている。レトロな雰囲気の路面電車ではなく、ちょっと前のSF映画のような近未来的な感じの車両だ。その車両に庶民的な町のオジちゃんオバちゃんが乗り込んでいる。息子も何度も話しかけられた。
 ヒロデンの一日乗車券600円を買い、広島港へ行き宮島口に行き、戻りは別のルートを使ったりして、半日路面電車乗り放題を楽しむ。午後六時に広島駅に戻り、戻りは素直に新幹線「のぞみ」で新神戸まで直行した。これだと二時間で新神戸まで戻れるので、往路の非効率さを改めて感じる。息子は新幹線ではグッスリ眠っていた。
 息子の「鉄道乗りたい欲」をまずは満足させてやれたようだ。

 ところで、広島行きを計画した僕の目的、中学時代の友人に再会するというものだが、これもしっかり果たすことができた。僕の中学時代の友人S君には、高校生のときにも一度会ってはいる。しかしそれが最後の久しぶりの再会だったので、これは三十数年ぶりのものだった。不思議なことにお互いがお互いの風貌を認めて、駅の改札口でもすぐに気づく。そして、会えば中学生時代の会話の続きを話し始めている。
 けっこう長い時間がかかった路面電車の路線コンプリートに付き合ってもらって、積もる話をいろいろした。お互いが知っている他の友人についての情報交換もした。
 だから、僕にとっては初めての場所のはずの広島が、なんだかとても懐かしい場所にもなってしまった。S君が住んでいると思うだけで、広島もまた故郷だ。そんな故郷で夏休み気分も満喫した。
 この再会に関しては、僕が関西に居を移したときに思いついてFacebookで検索をかけて大阪時代の同級生を何人か探し出したことに端を発している。大阪に来たら、みんなが居るような気がして探したのだが、同級生たちは見事に全国に散らばっていた。自分も首都圏暮らしを続けていてそうだったのだから、まあ納得するところではあるのだが。

 そんなふうに役に立ったFacebookだが、今年の春に画像データをアップロードしようとしていて、間違ったデータを送信してしまったことをきっかけに、全く使えない状態になってしまっている。本人に操作ができず、Facebookの登録を削除することすらできない。もしどなたかが見かけても友達申請はしないでやってください。 

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『ツレがうつになりまして。』で人気の漫画家の細川貂々さんとツレの望月昭さんのところに子どもが産まれました。望月さんは、うつ病の療養生活のころとは一転、日々が慌しくなってきたのです。40歳を過ぎて始まった男の子育て業をご覧ください。

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望月昭/細川貂々

望月 昭
1964年生まれ。幼少期をヨーロッパで過ごし、小学校入学時に帰国。セツ・モードセミナーで細川貂々と出会う。 卒業後、外資系IT企業で活躍するも、ある日突然うつになり、闘病生活に入る。2006年12月に寛解。現在は、家事、育児を一手に引き受ける。著書に『こんなツレでごめんなさい。』(文藝春秋)がある。

細川貂々
1969年生まれ。セツ・モードセミナー卒業後、漫画家、イラストレーターとして活動。夫のうつ闘病生活を描いた『ツレがうつになりまして。』がベストセラーに。結婚12年目にして妊娠が発覚。現在は、夫と息子、ペットのイグアナたちと同居中。その他の著書に『その後のツレがうつになりまして。』『イグアナの嫁』(共に小社刊)『どーすんの?私』『びっくり妊娠なんとか出産』(共に小学館)など多数。

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