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ツレ&貂々のコドモ大人化プロジェクト

2012.02.15 公開 ツイート

その71

息子、四歳になる 望月昭/細川貂々

 息子の幼稚園通いは、順調に軌道に乗っている。
 年少クラスの最後の三カ月にいきなり編入したうちの息子だが、親の心配をよそに、なかなかの協調性も見せ、すっかり毎日幼稚園に行く生活になじんでしまった。
 年少クラスというのは、昨年四月の時点でのいわゆる三歳児クラスなのだが、残り三カ月となったいま、ほとんどのコが四歳になっている。
 昨年末に、幼稚園の見学で「このクラスに編入します」と言われたとき、僕がそこにいた園児に、
「みんな大きいな〜。何歳や?」
 と訊いてみたのだが、周りから「よんさいや!」「よんさいになってん」という答えばかりが返ってきていた。そのとき、わが息子は体格が一回り小さいのみならず「いくつ?」と訊かれてもモジモジして答えられない。大丈夫かなと思ったものだったが。
 そんな息子も、編入したその月に四歳の誕生日を迎えることになる。
 そうすると幼稚園では「一月のお誕生会」でお祝いしてもらえるのらしかった。
 幼稚園からお知らせのプリントが回ってきた。「一月生まれのおともだち」というところに息子の名前が書いてある。他に三人。一月生まれは全部で四人いるのだった。
「お誕生会の日のお昼ゴハンはカレーライスです」と書いてあって、その日は弁当はいらないらしい。「誕生月の保護者はエプロン持参で来てください」とある。
 エプロン持参? 給仕か。幼稚園は保護者の参加するイベントが多いらしいと聞いていたが、さっそくそういうのが来たわけだ。

 しかし、我が家の保護者はパパや。ええんかパパでも。
 それとなく尋ねてみたが、まあパパでもいいらしい。小さなキョウダイがいたりして、ご両親都合つかなくておじいちゃんが来たりするケースもあるらしい。逆に、両親が揃ってお誕生会に来るというのはどうだろう?
 レアケースではあるが、たまにそういうのもあるらしい。
「ちーと君のお誕生会、君も行くか?」
 相棒に訊いてみると、ちょうど仕事が一段落して都合が付くようなので、お誕生会の日には揃って行くことになった。相棒は幼稚園選びのときからノータッチで、あまり送り迎えにも参加していないので、息子の幼稚園ライフを見てもらう良いチャンスでもある。それって、いかにも専業主婦家庭のパパみたいなポジションなのだが、我が家は逆転しているわけなので……。
 ちょうど息子が幼稚園に入って半月余り。いいタイミングでイベントがあるので、両親が揃って出向くのも一興だ。

 お誕生会のその日は、いつもと同じように晴れてときどき雪が舞う、この地方特有の天気だった。僕は一回息子を送り届け、一度戻ってきてから相棒とまた幼稚園に行った。
 大きな教室に年少から年中、年長まで全部の園児が集められている。つまり全体集会のようなものだ。そこでお誕生月の園児がマイクでひとことずつ挨拶するということになっている。息子、大丈夫か?
 年長クラスの生徒たちは、やっぱりとてもしっかりしている。一人一人性格もはっきりしていて、しっかりした感じのコや、笑わせたいという受けを狙ったコ、おっとりしたコなど。そうか、もう四月からは小学生になるコたちなのだ。年中クラスになると、すこしボーっとした感じになって、先生に促されるままフニャフニャと返事をしている。そして息子の所属する年少クラス。やっぱり前二者と比べるとずいぶん頼りない。まず名前を言って、次に「よんさいになりました」または「よんさいになります」と言って、それから「幼稚園で好きなことは何ですか」と訊かれて「つみきです」「ブランコです」「ねんどです」などと答えるという形式になっている。それでも全園児の前で立って、マイクを使って喋るのだ。一人一人がそれにちゃんと答えるというだけでも、たいしたもんだと思う。
 そして、一番小さくて頼りない、うちの息子の番がやってきた。
「もちづきちとせです。よんさいになります」
 おおっ、ちゃんと言えた。すごいぞ息子。家で見せている頼りなさとは全然違うぞ。
 親バカではあるが、喜んでいた僕と相棒に、次に頭の中が真っ白になる瞬間が訪れる。
 幼稚園で一番好きなことは何ですか? という先生の質問に、うちの息子はなんと。
「グレンダイザー」
 と答えたのだ。は? 幼稚園で一番好きなことは、グレンダイザー?
 先生は意味がわからなかったらしく、訊き返している。「すべりだい? ブランコ?」とよく知っている単語に誘導しようとしているのだが、息子はまたも頑なに。
「グレンダイザー、グレンダイザーだよう」
 と主張してしまった。先生は適当に笑顔で。
「クレンライダー、なんとかライダーごっこ? だそうです」
 と締めくくった。ああよかった。よしよし。と僕らは引きつった笑顔のまま拍手を送ったのであった。

 さて、息子が口にしたグレンダイザーとは何者であるか。両親である僕らはもちろんわかっていたのであるが、園児、先生たちはもとより、同じ年頃のコを持つ保護者の方々にも理解できなかったのではないかと思う。園長先生はもしかしたら「記憶にあるようなないような」と思ったかもしれない。
 グレンダイザーこと「UFOロボグレンダイザー」とは、1975年秋から一年半に渡ってフジテレビ系列で放映された戦闘ロボットアニメである。「マジンガーZ」「グレートマジンガー」に続く、いわば「マジンガーZ」の続編第三作目であり、原作は永井豪先生。
 放映時の人気はそこそこあったが、当時の少年少女たちの記憶に永らく残っているアニメとはとても言えない、と思う。「マジンガーZ」のほうがきっと知名度も高く、覚えている人も多かろう。しかし、そんな「グレンダイザー」、どうしてうちの息子の口から出て来たのか?
 ここで僕が解説すると、日本での人気はそれほど際立っていたとは言えないグレンダイザーなのだが、僕が幼少時を過ごしたフランスでは大人気だったのだ。「ゴルドラック」という題名で放映され、コドモ世代のテレビ視聴率百パーセントを記録してしまった。つまり僕らと同じ世代のフランス人なら誰でも知っている存在なのである。フランスでは大人気を博した男のコ向けアニメはもうひとつあって「キャプテン・アルバー」こと「キャプテン・ハーロック」もそうなんではあるが、ハーロックのことは置いておいて……。
 さて、昨今のネット時代になって動画検索サイトというものが現われた。親が昔見たことのある映像を、自分のコドモに見せてやることもできるのだ。もちろんフランス語の検索サイトを日本から見ることもできる。それで僕が自分のコドモ時代に見たものを探していて、シャンタル・ゴヤの童謡ショーだの、マスコット「カシミール」君の映像を見ているうちに「ゴルドラック」や「キャプテン・アルバー」にたどり着いてしまったのだ。
 息子もなぜか、僕の好きだった「ゴルドラック」にはまってしまった。もちろんここでの主題歌はフランス語なのだが、それを口真似で口ずさむようになった。
 「ゴルドラック」の主題歌は、日本版の主題歌をそのままフランス語に置き換えたものだ。よくできた主題歌で、フランス語で歌詞をつけるとちゃんとそのままフランス風に聴こえる(検索サイトでアラビア語版のものも聴いたが、これはそのままアラブ歌謡に聞こえるものになっていた……)。
 息子のあまりのはまりぶりに、
「本当はこれ、日本語のが正しいんやで」
 と、つい日本語の動画検索サイトでオリジナルを探し出して息子に聴かせてしまった。
 息子は狂喜した。本編の内容を見ることもなく、主題歌だけでロボットアニメにはまってしまったのだ。
 グレンダイザーを好きになった気持ちを推し量るに、空飛ぶ円盤と合体して戦う巨大な「UFOロボ」は、我が家で息子の親友でもある、ペットのカメたちとどこかかぶるところがあるのだろうか。昨年の夏は毎日、甲長三十センチのミドリガメの「マツキチ」とベランダで水遊びして遊んでいた息子だった。

 話は幼稚園でのお誕生会に戻る。
 誕生会の最後は、クラスごとに分かれて、カレーライスを食べながらの歓談である。ここで僕と相棒は持参したエプロンを着用して、給仕をこなしたりもした。
 そして四組の親子は、用意された特別席に座って、他のコたちにハッピーバースデイの歌を歌ってもらい、「ちーとくん、おたんじょうび、おーめーでーとう」という絶叫唱和のお祝いのコトバを浴びせられた。
 それに対して、息子はすかさず「あーりーがーとう」とこれも絶叫で返していた。
 昨年の春先にすっかり怯えて登園拒否をしていた息子の面影はどこにもなかった。
 相棒は涙ぐんでいた。どうもすっかり涙もろいようだ。
 カレータイムが終わると、息子は周囲のコたちと遊び始めた。仲の良い男のコたちもずいぶんいるらしい。息子のそばにやってきた男のコは、息子にむかって「スクリューパンチ」と叫んだ。すかさず息子が「スペースサンダー」と応じている。
 なんとこのコたちは、「グレンダイザー」ごっこをやっていたのだ。
 テレビ放映から35年以上も経って、本編すら見ていないコドモたちに必殺技を真似されるグレンダイザー。なんだかすごいことになっている。

 その後も楽しそうに幼稚園に通い続ける息子であるが、先日は「おままごとしてあそんだの」と言っていた。「××ちゃんが、おかあちゃんで、○○ちゃんが、おとうちゃんで、△△くんがあかちゃんなんやで」と言っていたので「ちーとくんは、なんのやくをしたん?」と訊いてみたところ。
「ちーとくんは、グレンダイザー」と返ってきた。
 そのおままごとの家庭には、どうやらグレンダイザーがいるらしい。まあ、うちにもグレンダイザーみたいなカメが三匹もおるけどな。 

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ツレ&貂々のコドモ大人化プロジェクト

『ツレがうつになりまして。』で人気の漫画家の細川貂々さんとツレの望月昭さんのところに子どもが産まれました。望月さんは、うつ病の療養生活のころとは一転、日々が慌しくなってきたのです。40歳を過ぎて始まった男の子育て業をご覧ください。

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望月昭/細川貂々

望月 昭
1964年生まれ。幼少期をヨーロッパで過ごし、小学校入学時に帰国。セツ・モードセミナーで細川貂々と出会う。 卒業後、外資系IT企業で活躍するも、ある日突然うつになり、闘病生活に入る。2006年12月に寛解。現在は、家事、育児を一手に引き受ける。著書に『こんなツレでごめんなさい。』(文藝春秋)がある。

細川貂々
1969年生まれ。セツ・モードセミナー卒業後、漫画家、イラストレーターとして活動。夫のうつ闘病生活を描いた『ツレがうつになりまして。』がベストセラーに。結婚12年目にして妊娠が発覚。現在は、夫と息子、ペットのイグアナたちと同居中。その他の著書に『その後のツレがうつになりまして。』『イグアナの嫁』(共に小社刊)『どーすんの?私』『びっくり妊娠なんとか出産』(共に小学館)など多数。

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