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2011.09.15

その62

ゆるぎない小さな輝き

望月 昭/細川 貂々

ゆるぎない小さな輝き

 義母が突然死してしまった。
 相棒の母親。僕も「かあちゃん」と呼んでいた。かあちゃんは享年70歳。誕生日の前日の死去だった。小柄で痩せた女性。相棒に良く似ていた。相棒に言わせると「私のマイナス思考はかあちゃん譲りなんだ」とのことで、いろいろなことをよく心配していた。
 息子にとっては「ばあちゃん」である。相棒の実家は「じいちゃんと、ばあちゃんの、おうち」である。ちなみに僕の両親のことは「じーじと、ばーば」と呼んでいる。
 息子にとっての「ばあちゃん」、僕と相棒にとっての「かあちゃん」は、ここ数年はいつも咳がひどかった。喘息ということで病院に通ってたくさんの薬を飲んでいた。でも薬がちっとも効かず、今年の春先に別の医者に診てもらったら「非結核性肺炎」と診断された。それで5月頃、一ヵ月間入院して、集中的に薬物を投与され、それで咳のほうはずいぶん良くなったが、入院のせいで筋肉が落ちてしまっていた。
 6月頃会ったとき、いっそう細く見えたことと、関西に遊びに来るよう誘ったときに「行けないよ〜」ととても弱気だったことが少しひっかかっていた。だけど僕の祖母もそうだったが、往々にして「もう長生きできない」と弱音を吐いている人が長生きしてしまうということがある。だから細く長く生きてくれれば良いと思っていた。

 だけど、この夏の終わりに、かあちゃんは突然胸の痛みを訴えて入院してしまった。そのときの診断は「たこつぼ心筋症」。医師からは「重篤な病気ではないので、安静にしていれば必ず良くなる」と言われていた。僕も聞きなれないその病気のことをネットで検索したりして、いかにも心配性なかあちゃんらしい病気かもな、と安心してしまった。たまたま相棒は首都圏に行く仕事があったので、単身病院に見舞いに行った。そのときはとても元気で、秋に公開の映画の話などをして、別れたのだと言う。帰るときには歩いて病院の出口まで見送ってくれたそうだ。
 その夜に、かあちゃんは病院のトイレで倒れた。発見まで40分ほどかかり、見つかったときは心肺停止状態だったそうだ。その後、蘇生装置につながれたが、どういうわけか肺に血が漏れていってしまい、輸血しても口から血が噴き出すありさまだったらしい。
 相棒は呼び出されてすぐに駆けつけた。たまたま仲の良い友達連(前世の三姉妹だそうだ)が一緒だったので、友人たちが動転する相棒をなだめて、新幹線に乗せ、病院まで連れて行ってくれた。相棒が到着したあとも意識がもどらず、日をまたいだ早朝にかあちゃんの死亡宣告がなされた。
 僕は、病院に向かう前の相棒と相棒の友達連からの連絡で、心肺停止の一件を聞いた。しかし、まだ信じられなかった。数日前には元気で、電話で話もしていたのだ。
 夜はほとんど寝られなかったが、翌朝に相棒から死去のショートメールが入り、僕は息子とすぐに相棒の実家に向かうことになった。宝塚から東京を経て、熊谷経由で行田市へ。しかし、息子はなかなか起きてきてくれなかった。実は前日、相棒がかあちゃんの見舞いに訪れている最中に、僕と息子は宝塚から鉄道の旅に出て、琵琶湖の周囲をぐるぐる回り、最終的に敦賀の鉄道博物館に訪れたりしていたのだ。
 僕は息子の顔を軽く叩いて、揺さぶって起こした。起きなければ着替えだけさせて、ベビーカーにくくりつけて連れて行くつもりだった。
「おい、ちーと。ばあちゃんが死んじゃったって。どうしても行かなければならないよ」
 そうしたら、息子はきょとんとしながらも起きてきた。僕の真剣な様子に動かされたというような雰囲気でもないが。僕はしょっちゅう真剣に怒っているのだが、彼は聞いた試しがない……。
 それで、ともかく冷蔵庫の中の食品を整理し、冷凍できそうなものは冷凍に移し、生ゴミもしばらく捨てられないので冷凍庫にしまった。息子の着替えと、相棒からのリクエストの化粧品や着替え、自分の着替えはほんの少し、そして植物食ゆえ食いだめのできないリクガメを箱に入れてベビーカーにくくりつけ(ヌマガメたちはお留守番)、息子を連れて新大阪駅に向かった。
 息子は途中で、電車で同席した地元のお年寄りと懇意になり、いつものごとくはしゃいでいた。
「ぼく、これからどこ行くのん? おとうちゃんと旅行か、ええなあ」
 そうしたら息子は、屈託のない大きな声でこう言った。
「これから、しんかんせんのって、たかさきせんのる。ばあちゃんしんじゃったの」
 もちろん、それを聞いたお年寄りの顔はこわばり、車内の空気も緊張した雰囲気になってしまった。僕はかなり動転して。
「こら、それ大きな声で言うことやないから。……そうなんですわ。ちょっとね」
 すると、お年寄りは「ぼく、ちいさいのにわかってるんやな。たいへんやね。気をつけてね」と言ってくれて、それでなんとなく車内の空気も「大変ですねお父さん」みたいな感じになった。
 僕がそう言ったから、息子はそれをそのまま口にしたのだと思うし、彼の祖母の死ということをわかっているはずもなかったが、それでも以前にペットのイグアナが亡くなって、お寺で焼いて骨になったあと、しばらく「いぐちゃん、しんじゃった、しー」と言っていたこともある。幼いなりに、何か緊張したものを捉えているのだろうかとは思った。

 そして、新幹線を二本乗り継いで僕たちは相棒の実家に向かった。息子の言っていた「高崎線」には乗らなかった。緊急事態なので東海道新幹線から上越新幹線への乗り継ぎを使ったのだ。この新幹線の旅が実に実にタイヘンなのであった。
 それまでも新幹線を使って何度も移動したことはあったのだが、それは時間的な余裕があるときに、特に空いている時間を吟味して移動していたのだった。このときは夏休みの終わりで指定席も満席だったから、僕は息子を膝の上に抱えて移動するということになった。
 息子は移動中、ぐずるか、騒ぐか、歌うか、「ばあちゃんしんじゃった」を連呼するかで、どうしようもなかった。しょっちゅう席を立って、抱き上げて通路に連れ出していたのだが、通路も乳幼児を抱いているお母さんたちで一杯で、とても窓の外を見せてやる余裕もなかったのだった。僕は苦行のような時間に疲れ果て「わざわざこんなときに、こんなことにならんでも。急いで息子を連れていってもしょうがないじゃないか。かあちゃんもう死んじゃったし、息子は何もわかってないし、焦って行くことないやんか。なんでやねん」と関西人的なお手上げ心境に至っていた。
 荷物も多いし、リクガメも箱の中でときどきボコボコ暴れているし、息子はぐずるし、でもかあちゃんが死んでしまったというし(まだ半ば信じられない)ほとんど卒倒しそうな心理状態で東海道新幹線をクリアーし、上越新幹線に乗り換えた。
 上越新幹線のほうは、二階建てMaxの一階席を確保したので、これはほとんど乗客がいなかった。ホッとした。そういうときに限って息子は寝てしまった。もっともMaxの一階席は、窓からの景観がほとんど無いに等しい。駅についたときだけ、ホームすれすれの風景が見られて面白いのだが、ほとんど駅にも停まらないし。
 熊谷駅で降りて、秩父線に乗って行田市駅に行った。そこから市内の循環バスに乗って、相棒の実家に行った。既に親戚が大勢集められていて、葬儀前の奇妙な賑わいを醸し出していた。実際にはそれから通夜が四日後、葬儀は五日も先になるのだが。
 義母の急死で、周囲もみんな慌てていた。そこに長女の夫である僕と、故人の唯一の孫である息子が到着したのだが、足を引っ張りこそすれ戦力にならない二人は、なんとなく放っておかれた。僕はヘトヘトになっていたので「あんなに苦労して急いで来たけど、なんかそんな必要もなかったみたいやんか」と隅のほうでちょっといじけていた。息子は途中で寝たので、元気を取り戻していて、走り回って存在をアピールしていた。
 そして、葬儀屋が来たりお寺の人が来たり、近所の人が来たり親戚が来たり料理が来たりお菓子が来たりと慌しく時間が流れていった。相棒や実家の家族たちは直後は涙も涸れんばかりに泣いたらしいが、すでに泣いている余裕もない忙殺の境地に入っていた。

 夜になって慌しい客は皆去り、遺体と数人の家族が残された。
 全員が、「やっぱりまだ信じられない」という表情をしていた。しかし、悲しみは徐々に沁みてくる。人を一人喪ってしまったという思いと、生きているうちにしておくべきだったことへの後悔も、それぞれの口をついて出てくる。
 ともすれば、どんよりと暗く沈んで行ってしまいそうなその場の雰囲気を救い続けたのが、ほとんど何もわかってないだろう息子の存在だった。息子には空気を読んだり、場を和ませたり、一人一人を力づけようという意図はまったくなかった。ごくごく自然に振舞っていた。だけど息子から放たれる小さな揺るぎない輝きが、今その家の中を明々と照らしていた。
「じいちゃん、じいちゃん」
 と呼びかけ、遊びをねだり、からかうと真顔でスネる。相棒や他の家族のところにも行って、屈託のない笑顔をふりまく。まだ何もわかっていない幼子だが、言い聞かせれば遺体の前に座って手も合わせる。しかし、油断していると電車のオモチャを遺体の周囲にどんどん集めてきてしまう……。周囲が息子に振り回され、明るい笑い声さえ響くようになっていた。

 僕は、苦労して連れてきた甲斐があったってもんだ、と感じた。連れてきて良かったと。コドモってやつは、なんか本当に凄いところがある。人の力を超えた原初の生命力に訴えかけるものがあるのだと思った。かあちゃんが残した思いは相棒に託され、そして僕や息子にも確かにつながっているのだと。息子のもたらすその輝きからは確かにそれを感じ取れた。 

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