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カレー沢薫の廃人日記 ~オタク沼地獄~

2024.04.12 公開 ツイート

バズった「推し活」noteから考える二次元オタで良かったと思う理由 カレー沢薫

先日「推し活」に関する記事がバズり、Xを中心にネットが騒然となった。

しかし、数日経った今、私の見た限りもうその件に触れている人間がほとんどいないのが最高にXだし、Xを擬人化する際は「口臭はドブだが意外とサッパリした気持ちのいいやつ」という設定でいきたい。

そんな忘れられかけの話題に今から触れようという私の粘性が一番強いと思うが、そうでなきゃ実写デビルマンの話を20年も続けられないのである。

まず概要を話すと、二十歳前後の男性が、某お笑い芸人コンビのファン、そしてそのコンビの片方にガチ恋をする「リアコ」となり、愛ゆえにそのコンビのネタが自分にとって面白くなければそれが許せず涙し、路線変更をするといえば迷走していると不安を覚え、その思いを包み隠さず当人にDMしたり、SNSに書いたりしている内に、他のファンに嫌われ、芸人本人にも嫌われはじめ、ついにクローズドな場所でのリアコ発言をセクハラとして他のファンに通報され、運営から「もうこういうことは書きません」という誓約書を書かされ、そしてそのお笑い芸人両人からSNSをブロックされるに至ったという。

その顛末が男性本人により事細かに記されたnote記事がバスり、様々な意見が飛び交った。

まず「痛いファン」として拡散され「ミザリーのババアみてえ」と、批判や純粋な恐怖を抱く人も多数いたが、少しわかると共感を示す人や、自分も気をつけなければと自戒する人など反応は多岐に渡っていた。

記事を書いた方の行動の良し悪しは置いておく、それ以前に私が言える立場ではない。

だが、これを読んでからもし私が二十歳ごろに三次元の推しがいたら同じようなことをしていただろうという恐怖で数日外に出ていない、むしろこの記事を読む前から出ていないほどだ。

まず、私は自分が二次元のオタで想像以上に命が助かっていると気づいた。
命というのはどちらかというと推される側の命だ。

今まで、三次元と比較して二次元の良さについては、突然お葉っぱ所持や、未成年にIN&GOでお縄にならないなど「裏切らない」ことを筆頭として挙げていたが、これからは「二次元キャラはこちらの言動で傷つくことがない」というのを一番に上げていきたい。

もちろん二次元とて、こちらの言動で、それを作り出した人や、同じキャラを愛する人などを不快にさせてしまうことは多々あるので、気をつけなければいけないが、キャラ自身が気分を害すということはおそらくない。
それこそ二十歳ぐらいのころは「私の好きな人の唯一の欠点は画面から出てこないこと」などと言っていたが、今思えば「次元」は、我々を阻む壁ではなく、私から推しを守る盾だったのかもしれない。

私がどれだけガチ恋粘着獣で、推しを拉致監禁し、私だけのために領域展開的なことをさせて一生そこで二人きり、みたいな計画を立てたとしても、相手が二次元だと、頭の悪いセミのように次元の壁にぶつかって終わるし、その欲求は二次創作という比較的穏便な解消策がある。

しかし、これは推しが二次元だったおかげで事故らずにすんだ、という話でもない。
ただ推しに対してはやったことがないというだけで、周囲の人間に対する「距離感バグ」による事故は頻発させてきた自信がある。

「少し優しくされただけで相手を好きになる」というのはコミュ症人間あるあるだと思うが、私も普通に会話ができたというだけで好きになっていたし、特に私の話を聞いてくれる人に対しては猛烈に懐くという習性があるし、多分今もある。

しかし、私と普通に話せる人は、大体の人間と普通に話せる人であり、頑張れば鳥類ぐらいまでは会話できそうなコミュ強である場合が多く、こちらは大勢の中の一人にすぎない。
だが、こっちは相手に「やっと俺のことが見える人に出会った」という、現世に500年留まった地縛霊のようなオンリーワン感を感じてしまっているのだ。

この時点で、双方には凄まじい温度差があるのだが、それに気づかず急速に距離を詰めてしまったりするのだ。
相手からしたら昨日知り合った人間が、灼熱のスピードで体当たりを繰り返してくるので、純粋に怖いし、周囲から見ても怪異に襲われているようにしか見えない。

もしくは相手が引いているかもしれない、と少しは想像するのだが、結局「この人に俺の話を聞いてほしい」という自分の熱い気持ちの方を優先してしまうのである。

さらに話の内容についても相手がそれを言われてどう思うかを想像しない。

または「こんなこと言ったら失礼かもしれないけど」などと一応相手を慮ってみるが、それに相手が「失礼とわかっているなら言わないでくれ」と言っても「それでも君のためを思って言うけど太ったしハゲたよな」と最終的に相手の尊厳より「俺はこれを言いたい」という意思の方を尊重してしまう

その結果、相手がその温度に耐えられなくなりブロック的なことをされたり、それを見ていた周囲からもさらに距離を取られるようになる。
そして、NASA開発級の耐熱性能を持つ人間だけが「数少ない友人」として生き残ることもあるが、相手は「耐えられる」というだけで友達とは思っていないかもしれない。
私は三次元の推し活をしたことがないのだが、芸能人であれば、イベントなどにきてくれたファンに対し、少なくとも初対面では愛想よく接してくれるだろう。

もし私が三次元の推しを持ち、本人に会ってファンへの愛想を受けてしまっていたら、容易にバグっていただろうし、向こうからすれば大勢のファンの内の1人なのに、乳児からの付き合いで手足口病をうつし合った仲みたいな距離感で接して、本人にも他のファンにも嫌われていただろう。

実生活でも未だにそういうことをしがちだが、推し活でも同じことをしていたらいよいよ居場所がない。
強制的に「次元」という距離を取らせてくれる、二次元のオタでやはり私は良かったと思う。

関連書籍

カレー沢薫『人生で大事なことはみんなガチャから学んだ』

引きこもり漫画家の唯一の楽しみはソシャゲのガチャ。推しキャラ「へし切長谷部」「土方歳三」を出そうと今日も金をひねり出すが、当然足りないのでババア殿にもらった10万円を突っ込むかどうか悩む日々。と、ただのオタク話かと思いきや、廃課金ライフを通して夫婦や人生の妙も見えてきた。くだらないけど意外と深い抱腹絶倒コラム。

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カレー沢薫

漫画家。エッセイスト。「コミック・モーニング」連載のネコ漫画『クレムリン』(全7巻・モーニングKC)でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』(ともに講談社文庫)、『ブスの本懐』(太田出版)がある。

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