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あぁ、だから一人はいやなんだ。

2024.03.30 公開 ツイート

第221回 愛称⇆蔑称 いとうあさこ

北品川にあります六行会ホールで行われた我が劇団・山田ジャパンの3月公演「愛称(あいしょう)⇆蔑称(べっしょう)」。無事、終わりました。お話の舞台は長野の小さな町の中学校。生徒たちは素朴で素直。みんな子どもらしく“あだ名”で呼び合い、無邪気に笑い、とても仲良かった。そこに東京から転校生が。

 

その母親が「あだ名禁止にしてください!」と職員室に怒鳴り込んでくる。それをきっかけに、教員と親たちによる職員室での討論が始まる。今回私はその中学校の教頭役。がっつりこの討論に参加いたしました。いつもよりちょっと長い2時間20分のお芝居。もちろんいろんなシーンはありつつも中心はこの職員室での討論。公演前に受けたいくつかの取材で私は「『朝まで生テレビ!』のように、その目の前で起こっている討論にご自分も参加しているつもりでご覧ください」と言っていた。本当にそうなった。舞台の上ではそれぞれの“事情”、それぞれの“正しさ”がぶつかりあっていて。カーテンコールの際、舞台上から拝見する皆さんのお顔の多くは疲れ果てていたり、「まだまだ話したい!」だったり、そして泣いていたり。この討論に一緒に参加してくださっていたように感じられた。観に来てくださった若槻(千夏)さん、さっしー(指原莉乃さん)の証言によると、アンミカさんはちっちゃい声で「せやねん」「うーん」と本当に参加していたとか。さすが。そしてありがたい。

私は高校まではずっと“麻子”の“あ”をとって「あーちゃん」と呼ばれていた。“母ちゃん”と同じイントネーションの「あーちゃん」。18歳の時、予備校の仲間には同じ「あーちゃん」ですが発音が変わりまして。“ザーサイ”のイントネーションと同じ「あーちゃん」に。人から見たらどうでもいいでしょうが、私はこの“大きな”変化がめっちゃくちゃ嬉しかった。そんな“あーちゃん”人生の中で短期的にあだ名がついた事も。1985年中学3年生の時。ウーパールーパーが日本で大ブームになりまして。おそらく目の離れ具合が似てたのかなぁ。すぐに「あーちゃんに似てる!」となりまして。そこからは「ウーパー」だの「ルーパー」だの「ウーパールーパー」だの呼ばれて。これなんかはまさに“愛称”なのか“蔑称”なのか微妙なところではありますが、私としては誕生日にウーパールーパーグッズなんかをいっぱいもらったりしてね。それらのグッズはもちろん可愛かったし、ピンクな感じもキュートだし。そして何せ人気者でしたから、ウーパーは。イヤな気持ちは全然なかったです。まあブームと共に、私のその呼び名はどこかにいってしまいましたが。そして以前にちょっと書いたことあるのですが、同じく中学の時の英語の教科書にフィリピンの事を紹介する英文がありまして。その中でフィリピンの挨拶が「MABUHAY(マブハイ)」だと。その響きがよくて、何故かそれを「あだ名にしようよ!」となり、仲良しの理子(みちこ)ちゃんの事を“マブ”、私の事を“ハイ”と呼ぶことに。ただやっぱり“ハイ”なんて、普通の英語の挨拶「Hi!」もあるし、日本語の「はい」という返事もあるし、まあ呼びにくいといいますか。あっという間に「あーちゃん」に戻りました。ちなみに理子ちゃんの事は私、まだ「マブ」と呼んでいます。

そんなこんなで特にあだ名がなかった私。そんな私に40歳過ぎてから転機がおとずれます。そのあだ名は「ばばあ」。ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが『世界の果てまでイッテQ!』での私の“あだ名”です。しかも最初に呼ばれた瞬間を覚えておりまして。あれは2014年、東南アジア最高峰・キナバル4095m登山に挑むことに。メンバーは森三中の大島ちゃんと黒ちゃん、川村エミコと私、それにイモトの5人。見ての通りイモト以外は全員ずぶの素人。初日は標高3300mの山小屋を目指したのですが、普通の人が6時間で登るところをうちらはおよそ倍の11時間で到着。山頂に匹敵する達成感で全員大号泣したくらい。結局いつもイモトと山登っているプロ・天国じじいこと貫田さんが黒沢とエミコは「ここまで」と決断。大島ちゃんとイモトと私の3人で山頂アタックすることになりました。夜中2時出発。暗闇で見えない上にそこは断崖絶壁。ロープを頼りに登っていくほど困難な道のり。初心者にはとんでもないチャレンジでした。途中の崖で大島ちゃんが軽くパニックになるのを通称天国ジジイこと貫田さんが付きっきりで指導。その時のナレーションです。「取り乱す親方(大島ちゃん)。イラつく天国じじい。ほっとかれるばばあ」。はい、これ。この最後の“ほっとかれるばばあ”が私です。まあ前に“じじい”があるので、そこからきた部分もあるとは思いますが、こういう経緯で私の初「ばばあ」が生まれたのです。こんなの完全に蔑称だ、とほとんどの方がおっしゃると思います。だって私もそう思いますから。でもね、なんか嬉しかったんですよ。うっかり、めちゃくちゃ嬉しかった。今までほぼ「あーちゃん」一本でやってきた私に新しい“あだ名”がついた、と。新しい“特徴”が出来た気分になったのです。どこかの国のフリーフォールで私の顔にGがかかった時なんて、ナレーションが「ばばあ、じゃなくて、じじい」。更にひどい。でも自分でも「たしかに」って思っちゃってますから。でもね、これらを振り返ってもイヤな気持ちにならないのは、『イッテQ!』が私のことを愛してくれているのを知っているから。なんておこがましいかな。でも本当にあのCMの台詞「そこに愛はあるんか?」です。ちゃんとそこに“愛”が感じられて。だからまさかの“嬉しい”になったんだと思います。もちろん道端で知らない人から“悪意”満載で「ばばあ」って言われたら「なんだこら!」と怒りますよ、ええ。

愛称。蔑称。見る角度によってどちらにでもなる。いろんな事を考えた、そしてこれからも考える。そんな公演になりました。ご覧くださった皆様、観れなかったけど山田ジャパンの事を考えてくださった皆様、そしてこの公演に関わった皆々様、本当に本当にありがとうございました。今年の秋にまたお会いしましょう。

 

【本日の乾杯】揚げ芽キャベツ。もう大好きな芽キャベツの短いシーズンも終わり。粉チーズとバルサミコ酢をかけて。外パリパリ、中ホクホク。日本酒ロックと共に、ゆっくり味わいます。

関連書籍

いとうあさこ『あぁ、だから一人はいやなんだ。3』

海への恐怖を感じた、初めての遠泳。4人で襷を繋いだ「24時間駅伝」。お見合い旅inマカオ。“初”キスシーンに、“初”サウナ。ドラクエウォークで初めての高尾山。接続できずに大騒ぎのリモート飲み会。拍子抜けだった大腸検査。ブームに乗って、のんびり「おばキャン」、のつもりが……。いくつになってもあさこの毎日は初めてだらけ。

いとうあさこ『あぁ、だから一人はいやなんだ。2』

セブ旅行で買った、ワガママボディにぴったりのビキニ。いとこ12人が数十年(?)ぶりに全員集合して飲み倒した「いとこ会」。47歳、6年ぶりの引っ越しの、譲れない条件。気づいたら号泣していた「ボヘミアン・ラプソディ」の“胸アツ応援上映”。人間ドックの検査結果の◯◯という一言。ただただ一生懸命生きる“あちこち衰えあさこ”の毎日。

いとうあさこ『あぁ、だから一人はいやなんだ。』

ぎっくり腰で一人倒れていた寒くて痛い夜。いつの間にか母と同じ飲み方をしてる「日本酒ロック」。緊張の海外ロケでの一人トランジット。22歳から10年住んだアパートの大家さんを訪問。20年ぶりに新調した喪服で出席したお葬式。正直者で、我が強くて、気が弱い。そんなあさこの“寂しい”だか“楽しい”だかよくわからないけど、一生懸命な毎日。

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