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森へ帰ろう

2023.09.06 公開 ツイート

第10回

美しさと厳しさが共存する、山小屋の冬 小川糸

10月末の朝、2階の窓から外を見下ろすと、重なり合った落ち葉を真っ白な雪がふんわりと覆っていました。ちょっと前まで、乾いた風が吹くたび、梢から葉が舞い落ちる自然のスペクタクルを眺めていたはずなのに、まさかの初雪。久しぶりに見る雪景色に、幼少期を過ごした雪国の山形でのわくわく感を思い出しました。季節はジャンプするように秋から初冬へと進み、11月に入ると一面に朝霜が降り、足を下ろすたびに霜がサクサクと鳴り、地面のふかふかな感触が伝わってきます。

森の中は静寂な時間が流れています
 

山小屋は断熱材で寒さ対策をしっかりしてあるので、初冬のうちは日中を床暖房でしのぎ、夕方になってから薪ストーブに火を入れて暖を取ります。早い時間に薪ストーブを点けると炎に見入って、何時間も過ぎてしまうからです。

慣れないうちは、思うように薪ストーブの火が育たず、何度もやり直して着火剤を無駄にしてしまいました。薪ストーブは、急いで点けようとすると駄々をこね、こまめに面倒を見るとご機嫌になって炎を上げてくれます。まるで人格や感情を持っているようです。

ご機嫌に炎をあげてくれますように。

当初、山小屋は避暑のための別宅のつもりで、秋冬はあまり山小屋に滞在しないつもりでした。寒さや雪など未体験のことへの怯えがあったからです。そして、自分が使わない季節は友人に貸し、共有できたらいいな、と思っていました。

 

しかし、実際に住んでみて考えが変わっていきました。

まず、初めて来る人が短い旅行感覚で過ごすには、なかなか難しい場所であること。車がないとたどり着けませんし、まわりにお店も街灯もなく、夜は真っ暗になります。

長野在住の人にも、標高1600メートルは高く、冬は相当な覚悟がないと住めない過酷な環境だと言われました。

ですが、私自身、夏から秋、初冬を山小屋で過ごすうちに、冬を山小屋で過ごさないのはもったいない、山小屋の醍醐味は冬なのでは? と思い始めてきたのです。

もちろん、たいへんなことは山ほどあります。

薪ストーブのことを念頭においておかなくてはいけませんし、棚から薪を運ぶのも、スコップで除雪するのも重労働。大雪が降れば、買い物にも行けなくなります。

さらに、「八ヶ岳おろし」という強い北風が吹き、日中でも氷点下が続く最も寒さが厳しい季節が来ます。

それでも、「山の冬は素晴らしい」と、山の達人たちは口をそろえます。

自然には美しさと厳しさが共存し、美しさだけを享受することはできません。そこには必ず厳しさがついてきて、その厳しさに耐える覚悟が必要です。

過酷だとしても、神聖で美しいものしかない世界に日々触れられる……なんて幸せなことでしょう。今の自分の生活力でどのくらい山小屋で暮らせるかこの冬で見極めようと、私も覚悟を決めました。

合宿をした山小屋の薪ストーブ

取材・文 坂口みずき 写真 鳥巣佑有子

関連書籍

小川糸『昨日のパスタ』

ベルリンのアパートを引き払い、日本で暮らした一年は料理三昧の日々でした。春はそら豆ご飯を炊いたり、味噌を仕込んだり。梅雨には梅干しや新生姜を漬けて保存食作り。秋は塩とブランデーで栗をコトコト煮込み、年越しの準備は、出汁をたっぷり染み込ませたおでんと日本酒で。当たり前すぎて気がつかなかった大切なことを綴った人気エッセイ。

小川糸『真夜中の栗』

私の毎日はいたって平凡だ。仕事をして、料理を作る。市場で買った旬の苺でサラダを作ったり、暖房が壊れた寒い日には、キムチ鍋を囲んだり。眠れない夜には、茹でただけの栗を食べながら窓辺で夜空を見上げ、年末には林檎ケーキを焼きながら年越しの準備をする。誰かの笑顔のために、自分を慈しむために、台所に立つ日々を綴った日記エッセイ。

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森へ帰ろう

『食堂かたつむり』『ツバキ文具店』『ライオンのおやつ』などのベストセラー作家・小川糸。小説だけでなく、その暮らしを綴ったエッセイも大人気。コロナが流行する前は、ベルリンに住んでいた彼女が次に選んだのは、八ヶ岳。愛犬ゆりねとの、森の中での静かな暮らしをお伝えします。

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小川糸

作家。デビュー作『食堂かたつむり』が、大ベストセラーとなる。同書は、2011年にイタリアのバンカレッラ賞、2013年にフランスのウジェニー・ブラジエ小説賞を受賞。その他の著書に、小説『ツバキ文具店』『キラキラ共和国』『ライオンのおやつ』、エッセイ『グリーンピースの秘密』『昨日のパスタ』、絵本『ちょうちょ』『まどれーぬちゃんとまほうのおかし』など多数。ホームページ「糸通信」http://www.ogawa-ito.com/

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