『東京バンドワゴン』シリーズをはじめ著書多数、幅広い作風で多くの読者を獲得している小路幸也さん。これまでも日常のなかに不思議な要素がはいった作品を発表してきましたが、完全に異世界を舞台にしたファンタジー作品は『旅者の歌』三部作がはじめて。単行本刊行に先駆けてReader Storeで配信されている本作は、現在第二部が終了したところです。第三部の刊行が待ち遠しい今、スペシャルイベントとしてごく少人数の読者の方々が小路さんを囲むお食事が開催されました。
某日、東京・西麻布にあるフレンチレストラン〈PLATE TOKYO〉。こちらの地下の個室に集まったのは、小路幸也さん、そして多数の応募者から抽選で選ばれたReader Storeのお客様。担当編集者の音頭で乾杯し、まずは読者の方々の簡単な自己紹介から。小路さん作品をすべて読んでいるという愛読者、もともとハイファンタジー好きだったので本作も楽しんだという方まで、応募理由はそれぞれ。みなさん著者との距離の近さに緊張するというより、むしろワクワクしている様子。ちょっぴり照れた様子の小路さんのほうが、むしろ緊張しているかも?
料理に舌鼓を打ちつつ、さっそく作品についての質問開始。まずははじめて異世界ファンタジーを書くことになったきっかけについて。
「つまらない話なんです。幻冬舎の編集者との打ち合わせで“次はどかんとしたものを書いてほしい”と言われたので、つい“どかんとファンタジーでもやりましょうか”と言ってしまって。あらすじを考えたのはその打ち合わせが終わってからなんですよ」
という言葉に驚きの声があがり、「すぐストーリーができるんですか」という質問が。
「ストーリーづくりで悩んだことはないんです。フックがひとつ見つかると、そこから広がっていく。今回頭に浮かんだのは“魂はどこからくるんだろう”ということでした。そこからまず登場人物を決めていきましたが、主人公を14歳の少年にしたのは、自分できちんと物事を考えることができるけれど、まだ大人になりきっていない年齢としてちょうどいいと思ったから。13歳だと幼いし、15歳はちょっと…生々しいでしょ?(笑)」
本作の主人公はシィフルの地に住む14歳の少年、ニィマール。野獣に姿を変えてしまった双子の兄と姉、同じ年の婚約者の姿を元に戻すために、彼は〈旅者(リョシャ)〉となって、皆と一緒に最果ての地を目指し、さまざまな困難に向かっていく壮大な物語です。彼らの行く先々で現れる不思議な光景や風変わりな他の民族たちなど、小路さんの豊かな空想力に読者の方々は夢中になった模様。
「最初にこの世界の地図を作りました。この世界のルールや固有名詞、数字の数え方など細かな部分を考えるのは楽しい作業ですね。プロットに関してははじめにゴール、つまりラストどうなるかを決めて、そこに辿りつくにはどういう道筋があるのか考えていきます。僕はゲームシナリオを書いた経験があるので、ファンタジーの設定については熟知しています。それで今回は逆に魔法は使えないことに決めました。魔法で簡単に生き返ったりできてしまうと“魂とは何か”というテーマから外れてしまいますから」
そこで参加者のお一人、70代の女性がゲーム好きだというお話に。彼女がオンラインゲーム愛好者と聞いて小路さん、思わず「すげー!」。しばしゲーム談義が弾みます。著者の気さくな口調に、みなさん和んでいる様子。この間も室内には映画『ホビット』のテーマ曲が流れています。実は毎回作品ごとにサウンドトラックを作るという小路さん、本作の執筆中にはこの曲をかけていたのだそう。他にはシルク・ドゥ・ソレイユの公演「ZED」のサントラ盤、映画『シッピング・ニュース』からアイリッシュフォーク調の曲などを聴きながら執筆していたといいます。
再び話題は『旅者の歌』に。リョシャと旅する仲間も魅力的だという感想については、
「婚約者を猫にしたのは、優しく強く主人公に寄り添っていく存在にしたかったから。実はキモになっているのは双子の兄と姉。お兄さんを馬、お姉さんを鷹になってしまいましたが、それぞれの方法でリョシャをサポートしていくんです」
小路さん作品にしては珍しく主人公の一人称ではなく、語り部が語るというスタイルの三人称なのはなぜか、という鋭い質問には、
「三人称で書くほうが楽なので、今まであえて難しい一人称で書くことを選んできました。でもこれはさすがに主人公の視点からだけでは書けなくて。語り部が誰なのかは明かしていませんが、もちろん自分の中で誰かは設定してありますよ」
ここで普段の執筆スタイルについての質問に。仕事場を借りて通うのが面倒なので、自宅の部屋の隅の2畳ほどのスペースに本棚と机を置いて「無理矢理仕事部屋にしている」とのこと。一日の執筆時間は5~6時間。それ以上頑張ると頭の働きが鈍くなるので控え目にし、残りの時間はパソコンの前でツイッターを見たり漫画を読んだり。
「24歳で広告業界に入ってからずっとパソコンの前にいる生活を送っていますが、腰が痛くなったり目が疲れたりすることが一切ないんです。作家は天職ですね(笑)」
との言葉には「羨ましい」との声が。そこから、なぜ広告マンから作家になったのかという話に。学生時代からミュージシャンを目指していたものの24歳で見切をつけて広告会社に入社。バブルの頃で業界も絶好調だったのに、30歳の誕生日にこのままではダメだと思ったという小路さん。
「広告というのはチームでものを作る。でも、やっぱり自分ひとりで何かを表現したいと思ったんです。音楽はもう辞めたし他にないかと思った時、広告のライターとして文章を書いた経験はありましたから、これは小説家しかないと思ったんです」
会社に勤めながら年に新人賞に応募する生活を続け、38歳で退社してゲームシナリオ制作に追われた時期もあったけれど、43歳でメフィスト賞を受賞してデビュー。以降次々と小説を発表してきたことを受けて「アイデアをひねり出すのに苦労はしないのか」という問いが。
「ネタに困ったことがないんです。僕は漫画も映画もテレビも黄金期と言われた時代に育って、それらを相当見てきました。先人たちが作ったものすごくたくさんの物語が僕の中にはある。フックさえ見つければ後はこういう物語にしてこうすればいい、と当てはめていけばいいだけ。だから物語を作っているというよりも、編集している感覚です。フックを見つける作業も、広告業界でどれだけ空気感をつかんで表現できるか鍛えられてきたので、苦労はしません」
今後の活動について話が及ぶと、次々とみなさんの口から出る「第三部が気になります!」という言葉に押され気味に「年内には出る予定です……まだ書いていませんが(苦笑)」。なかには「第三部で終わってしまうのはもったいない。ずっと続いてほしい!」という声も。小路さんもまんざらでもなさそうだけど、その可能性ははたして…?
デザート&コーヒータイムには、小路さんからみなさんへサイン本のプレゼントが。集合写真のほか、ご持参のカメラで2ショットも撮影もできて笑みがこぼれます。あっという間の120分なのでした。
(司会・レポート:瀧井朝世)
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