モンゴルマンの登場により、ペットロスに沈む初老夫婦に光が戻った。
この年で子猫を育てていると、もう完全に孫である。
30代の頃は余裕がなくて、猫たちがケンカすると「ケンカしなさんな!」と怒っていたが、今は「ハイハイばあばと遊ぼうか~」とおだやかに対応できる。
これも加齢の恩寵かもしれない。
「なんでこんなに可愛いのかよ~猫という名の宝もの」と歌いながら、大泉逸郎ってまだ生きてんのかなとググったら、地元でサクランボを栽培しながら歌手として活動しているそうだ。
ちなみに『孫』に登場する実在のお孫さんは、中学の入学式で「君って孫だよね?」と声をかけられたり、思春期は孫イジリがつらかった……と回想していた。
全世界に孫ノロケを開帳したくなる気持ちはわかる。我々夫婦も子猫にメロメロである。
ムササビ期の子猫はなんにでも飛びつくため、夫は風呂上りに金玉を引っかかれていた(猫は揺れるものが好き)。
私もひらりひらりと飛びつかれて傷だらけになったが、「かわいいかわいい」「ラーメンマンもこうだったねえ」と目を細める初老夫婦。
いたずら盛りの子猫がいると人間は食事もままならず、皿を持って立ったまま飲食するのも懐かしかった。
子猫が台所の排水溝の蓋を外して排水溝ネットをくわえて走っていても「なんて器用、チンパンジーかしら」「さすが天才キャットだなあ」と称賛する初老夫婦。
なにより子猫がもりもりごはんを食べるのが嬉しかった。ラーメンマンは最後は食べられなくなり、みるみる痩せていったので。
モンゴルマンは食欲旺盛でみるみる成長している。「夜寝て朝起きたら大きくなってるねえ」と寿ぎながら、こっちまで寿命が延びる思いだ。
実際、寿命が延びているかもしれない。
ラーメンマンを亡くした直後はごはんも食べられなかったけど、「子猫のためにも長生きせねば」と身体に気をつけるようになった。
格闘家の夫はつねに酔拳みたいな修行をしているが、私もYouTubeを見ながら筋トレするようになった。「まえあきチャンネル」は中高年に優しい内容なのでおすすめだ。
男いらずの完全生命体タイプの女友達は、猫を飼い始めて「私の人生に足りないのは猫だった」と語っていた。
自分のためだけに生きることに虚しさを感じていたけど、猫のおかげで生きる力が湧いてきたと。
わかる(わかる)
人は世話する存在がいると「生きねば」と思う。
それに猫の何がすごいって、耳の先から尻尾の先までかわいいのがすごい。
こんな完璧なデザインをこさえるために神は何日徹夜したのか。眠眠打破を飲んで地獄のミサワみたくなってたんじゃないのか、神。
ラーメンマンを失った我々にとって、モンゴルマンは救世主だった。
両者とも甘えん坊のひょうきんキャットだけど、性格はかなり違う部分もある。
ラーメンマンは人見知りだったが、モンゴルマンはコミュ力つよつよキャットである。
獣医のMちゃんいわく、ご実家にいた時期にいろんな人や猫や犬と触れあったからだそう。猫がコミュニケーションを学ぶ「社会化期」は生後3~9週齢の間なんだとか。
消防設備点検の人が来ると、ラーメンマンは怖がって夫にしがみついていた。
一方、モンゴルマンは消防設備点検の人にもごろごろ甘えて、そのお兄さんは「めっちゃかわいいですね! うちも保護猫が三匹いるんですよ」とスマホの写真を見せてくれた。
二匹の共通点については「やっぱり生まれ変わりやわ~」、相違点については「バージョンアップしてるわ~」と都合よく解釈する初老夫婦。
そしてモンゴルマンを愛でるたび、ラーメンマンのことを思い出している。
ペットを亡くした後、新しい子を迎えるのを躊躇する人もいるだろう。
前の子と比べてしまうんじゃないかとか、前の子ほど愛せないんじゃないかとか、その葛藤はよくわかる。
モンゴルマンはラーメンマンの生まれ変わりという設定だったので、そのへんはクリアできた。
「亡くした子は特別な存在だったから二度とペットは飼えない」という人もいて、それもひとつの選択だろう。
ただ新しい子を迎えたいけど迷っているなら、迎えてほしいなと思う。それだけ深くペットを愛せる人なら、次の子もきっと幸せになるはずだから。
どんな出会いであっても、ねこねこネットワークやいぬいぬネットワークから派遣されてきた子が運命の子なのだろう。
ラーメンマンが毛皮を着替えて戻ってきた、という設定のモンゴルマンは虎柄で背中に翼のような模様がある。
朝ドラ『虎に翼』、皆さんご覧になってますか?
フェミ友の間で視聴率100%の本作の中で、ヒロインの寅子に娘の優未が「お父さんはどんな人だったの?」と聞く場面がある。
言葉に詰まる寅子にかわって「あなたのお父さんは朝ドラ史上最高の夫でしたよ」と答えてあげたかった。
フェミ友の間では「優三さんってアンドレだよね」と言われている。書生の優三さんと馬番のアンドレは、縁の下の力持ち的にヒロインを支える点が共通している。
ベルばらの二人が初めて結ばれる場面で、アンドレは「おれにはおまえをしあわせにできるだけの地位も身分も財産もなにもない。ほんとうになにもない。男としておまえをまもってやるだけの武力も」と語る。
それに対してオスカルは「血にはやり武力にたけることだけが男らしさではない。心やさしくあたたかい男性こそが真に男らしい、たよるにたる男性なのだということに気づくとき、たいていの女はもうすでに年老いてしまっている」と返す。
そして「よかった……すぐそばにいて、わたしをささえてくれるやさしいまなざしに、気づくのがおそすぎなくて……」と涙を浮かべる。
教科書に載せたい名言である。
ちなみに当時のオスカルは33歳、令和の初老からするとピチピチギャルだが、18世紀のフランスでは「中年女性」のカテゴリーだったのかもしれない。
私も中年になってから気づいた。心やさしくあたたかい男性、ケアできる男性こそがベストパートナーであると。
私の場合は恋愛地獄行脚に疲れはて、「惚れた腫れたはいらない、家族がほしい!!」と満身創痍だったタイミングでたまたま夫(上下迷彩服のオタク)に出会い、友情結婚のような形で結婚した。
そしたら相手がたまたまケアが得意な男だった。
夫は私以上に老猫介護をがんばっていたし、おまけに母親の介護もしていた。
86歳の義母は一人暮らしで頭はしゃんとしているが、歩行が困難になっている。そのため夫が通院の付き添いや買い物や掃除など身の回りの世話をしている。
夫は「ババアんちに行ってくる~」と義母宅に通って「あのババアはやっぱり頭がおかしい」と悪口を言いながら、淡々と介護をこなしている。ケアマネさんやヘルパーさんの対応も全部ひとりでやっている。
「拙者も助太刀いたすぞ」と言うと「平気」とおっしゃる。
要介護度がさらに進めば私の出番も来るかもしれないが、今のところ何もしていない。あまりに何もしてないので「これババア殿に」と現金を渡している(義母はこの世で一番現金が好き)。
結婚前、ひとり親家庭で一人っ子の夫に「母親が要介護になったら俺が全部やるから」と言われて「まあ口ではなんとでも言えるしな」と内心思っていた。
しかし夫は有言実行マンだった。老猫介護と老親介護に取り組む姿を見て、私の中で夫の再評価が高まっている。
私の場合はたまたまケアが得意な男を引き当てたわけだが、フェミ友の一人は「年収や学歴や見た目はどうでもいい、とにかくケアが得意な男と結婚する」と宣言してパートナーを選んだ。
彼女が妊娠した際、夫氏は「あなたは命がけで妊娠出産してくれるのだから、産む以外は全部俺がやる」と宣言して、有言実行している。
仕事が好きな彼女は産後半年で職場復帰して、夫氏は1年以上の長期育休をとって子育てしている。
彼女は周りから「あなたほんとに幸せ者ね」「旦那さんに感謝しなきゃ」と言われまくって「男女逆だったら言いませんよね?」とプリプリしているが、「この夫を選んでよかったです」と幸せそうだ。
私の周りには妻が大黒柱で夫が専業主夫のカップルが数組いるが、「子どもはやっぱりママじゃなきゃ、みたいな言葉は男性にも失礼ですよね? 夫は私よりずっと家事育児が得意ですよ」と妻たちは語る。
この言葉をフロイトに聞かせてやりたい。
『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か? これからの経済と女性の話』によると、精神分析の父と呼ばれるフロイトは「女性はヴァギナが汚いから掃除をするのに向いている」と信じていたそうだ。
女は自分の体の不浄を埋め合わせるためにせっせと家をきれいにする、という理屈なんだとか。
「おまえ私のヴァギナ見たんか?!」としばき回してやりたい。
実際には女性器はすぐれた自浄作用があって清潔に保たれており、男性器のほうが包皮に垢が溜まりやすく細菌が繁殖しやすいそうだ。
女が「男はペニスが汚いから掃除に向いている」と珍説を唱えても、精神分析の母にはなれなかっただろう。
そんなトンデモな理屈や疑似科学や「母性」「本能」「伝統」といった言葉で、家父長制社会は女にケア労働を押しつけ、経済力を奪い、家に閉じ込めてきたのだ。
『虎に翼』に「結婚って罠だよ!」というセリフがあるが、あの時代の女に結婚以外の選択肢はほぼなかった。
経済力を奪われた女は「誰が食わせてやってるんだ!」と殴られても従うしかなかった。住み込みの家政婦やナニーには賃金が支払われるのに、「妻」は無償ケア労働を強いられた。
『逃げ恥』で平匡にプロポーズされたみくりは「それは好きの搾取です」「愛情の搾取に断固反対します」と抗議する。
結婚って罠、愛情の搾取、といった言葉がドラマに出てきて大ヒットする時代になってよかった。
女の幸せは結婚、という洗脳が女を不幸にしてきたから。
介護の末に末期がんの母親を看取った友人が話していた。
「父が本当に役立たずで、母が最後ホスピスに入院した時も邪魔しかしないんだよね。それで頭にきて「あのおっさんはほんまにあかんわ」と愚痴ったら、母が「あのおっさんは……ほんまにあかん……」と言って、息をひきとったの」
まさかそれが最後の言葉になるとは、と彼女は笑っていたが、せつない話である。
最近の調査によると、20~30代女性の9割以上がパートナーに「家事育児の能力や姿勢」を求めているそうだ。また男性の半数以上がパートナーに「経済力」を求めているという。
結婚に夢や憧れを抱かず、幻想じゃなく現実として見ているのは、上の世代の苦労を見ているからか。
妻の夫に対する愛情が冷めた理由の1位は「子育てに協力的じゃなかったこと」らしいが、そりゃそうだろう。
妻に子育てを丸投げする夫には百年の恋も冷めるだろう、たとえコン・ユであっても。
映画『82年生まれ、キム・ジヨン』では、コン・ユがジヨンの夫役を演じている。
この夫は一見スパダリ風味なのだが、「(子どもを)作っちゃえばいい。何も生活は変わらないよ。僕も手伝うし」「僕が育休を取るよ。読書や勉強をゆっくりしたかったし」などポンコツ発言を連発する。
周りのママたちは金田一の犯人よりやることが多い。「子育ては24時間休みなしで仕事の方が百倍楽」と彼女らは語る。
たしかにクライアントがギャン泣きしたり、企画書をビリビリに破ったりすることはない。
コントロール不能な育児に追われている最中、夫に当事者意識ゼロな発言をされたら、たとえコン・ユでもしばき回したくなるだろう。
ちなみに私はコン・ユよりマ・ドンソクが好みだ。マブリーが子猫を抱く写真が超ラブリーなのでググってみてね。
夫も子猫を抱いて猫育てに励んでいる。
生き物を育てるのが好きな彼はクワガタも飼育している。
先日「やばい、クワガタが一匹逃げた!」と騒いでいたので「猫が食べたらどうするの、喉に角が刺さるやないの」と言ったら「あれは角じゃなく顎だ」と返された。
以前、トカゲのエサのコオロギが大量脱走した時も「家にカマキリをはなとう」と言っていた。うちは草むらか。
「虫と同居は絶対ムリ」と青ざめる友人もいるので、自分は虫が比較的得意でよかったなと思う。
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