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幸せへのセンサー

2024.05.25 公開 ツイート

#4 体を変えたい? 吉本ばなな

自分を変えたい。

わかりやすいたとえとして、そのきっかけとして筋トレにハマる人たちが増えていますよね。

体を変えることで見た目も変わって、健康になれるなら別にいいんだけれど、生身の人間がやるにしては、やり方があまりにも極端なことが多い気がするんです。

ジムに通ってマシンで体を鍛えるだけじゃなくて、食事もそれまでとはガラッと変えてしまう。とにかく脂肪を燃やして、筋肉をつけたい。そのためにはタンパク質が必要だからと、プロテインを飲んだり、サラダチキンばかり食べたり。

それで短期間に十キロ以上、体重を落としたりしている。意志の力でがんばって、がんばって、目標は達成できたかもしれないけれど、あまりにも急激な変化が体と心に何をもたらしたのかは、その時点ではまだわからないわけです。そして変わったら変わったで、今度はその筋肉をつけた体を維持するために、その極端なやり方を継続していかなければならなくなる。

流行っているグルテンフリーや糖質制限にしても、考え方としては似たようなものですよね。小麦粉に含まれるグルテンで頭がぼんやりしたり、アレルギーの原因だから、小麦粉を使った食品をとるのを一切やめてしまえば、面白いくらい一気に体調が良くなったりする。そのためにものすごく偏った食生活を長期間にわたって自分に課している。あるいは糖質をギリギリまで制限すれば、一気にやせる。ファスティングだって、やり方によっては即効性を期待しているわけですよね。一週間断食して、体内をデトックスすることで、違う自分になれる。体のシステムそのものをこれまでとまったく違うものに根本から変えようとしているわけです。そうでない穏やかなファスティングもあるのでいちがいには言えないですが、急なことはとにかく体がびっくりしますよね。心身が一丸となれるペースが必須だと思います。

実は、私もお酒と炭水化物を一カ月くらい断ったことがあるのですが、確かに体重は五キロくらい減ったんですけど、生きてることがまったく楽しくなかった。私に関してはですが、小説に影響が出そうだな、と思って、すぐにやめました。

 

わかりやすくて極端な方法って、短期間で結果が出せるから、ハマる人が多いのもわかる気はするんです。でも、果たして一生続けていけるのか。続けていっても本当に大丈夫なのかは、やってみないとわからないわけで、それってあまりにもリスキーじゃないですか。

体も人によって違いますから、ある人にとっては大丈夫でも、自分も大丈夫とは限らない。こんな食生活を続けていくのはやっぱりむりだと思って、ある日突然ずっと食べていなかった小麦粉を体に取り入れたら、それこそアレルギー反応が起きて、へたをすれば、命に関わるかもしれない。

体重を落とし、見た目を変えるという目的のために、あまりにも安易に極端なやり方を取り入れても、内臓から全て働きが変わってしまった体は、もとに戻せるかもわからないし、その先もずっとその体でやっていくしかないかもしれない。それが人生にとってよいことかどうか、わからない。

 

変身願望はたぶん誰にでもあって、それまでの自分とは違う自分になれたら、幸せになれるんじゃないか。その気持ちはみんな持っていると思います。でもきっとそれはまるで人生に定着させるかのように、少しずつ完成していくものだと思います。

ビフォアの自分をリセットして、まったく新しい自分になるなんて、フィクションの中なら楽しいけれど、現実にはビフォアもアフターもずっと同じひとつの体を生きてきたし、その先もその体でずっと生きていくわけです。

アスリートの人たちは、目標があって、それに合わせた体づくりをそれこそ子どもの頃からコツコツやってきたわけです。それくらい長い時間がかかっていれば、体もバランスをとってくれるけど、短期間でわかりやすい結果を出そうとすると、必ず何か起きますよね、生理が止まるとか。何か起きてから引き返そうとしても、もとの体に戻るには、ものすごく長い時間が必要になる。

人間の体というのは、そのくらい精密にできていて、本当にデリケートなものなんだと思うんです。

叶姉妹なんて一見極端の極致に見えるじゃないですか。

でも違うんです。ポッドキャストの番組の質問コーナーで「十キロ太っちゃったんだけど、もし叶姉妹だったらどうしますか」と聞かれた恭子さんが「私の体は作品だと思っているので、十キロ増えるまで気づかない、対処しないということはありえない」という意味のことを答えてらしていて、やっぱり、そのくらい日々繊細に体と向き合っているから、あそこまで徹底できて、完成されているんだなとあらためて思いました。

 

自分の体を急激に変えようとするのは、自分の体を信じていないからですよね。

でも、今、生きてるし、心臓も止まっていないということは、あなたの体はこれまで実によくやってきたし、そのためによくバランスをとってきたということでもあるはずです。

その人がその年齢まで育ってくる中には、体が毎日二十四時間どれだけの反応をして、どれだけの処理をしてきたのか。ぎりぎりのところでやっているところもあれば、比較的たやすく動いているところもある、そのバランスもその人だけのバランスであって、その年齢までがんばってつくりあげてきたものだと思うんです。

ずっと体のことを気遣った生活をしてきたかと言えば、若い時にハメもはずしたし、無理もしてきたという人がほとんどだと思います。大量のお酒が入ってくれば、それを消化して、寝不足でもとにかく機能を止めずに、なんとかやってきた。ここまで生きてきたんだから、自分の体には自分のためのシステムができているはずで、それをまるごとなかったことにしようとしないで、もっと自分の体を信じてもいいんじゃないかと思うのです。

 

運動も健康法も思想も、そのことで自分が快適、だから毎日が楽しいというレベルでちょうどいいんじゃないかと思うんだけど、みなさん、もっともっとって、その先に行こうとしますよね。歯止めがきかなくなっている。それは欲ですよね。はたから見ると、そういう状態は、やっぱりちょっと息苦しく思える。「最近、あの人に会うとちょっと息苦しい」親しい人がそういうことを感じ出したら、たぶん注意すべきポイントにきている。そこで見直したり、立ち止まったり、引き返すことができないと、どんどん苦しくなっちゃう。

何がそこで幸せになることを阻害してるかっていうと、やはり欲だと思うんです。

欲って、人間にとって本当に毒にも薬にもなるものだから、扱いには気をつけたほうがいい。もっときれいになったら、もっとお金が入ってきたら、もうちょっと土地をもらえたら、何でもいいんだけど、今の自分では満たされなくて、もっとよくなりたいみたいなものさえ自分で自覚、あるいはコントロールできれば、その人の幸せな感覚はおのずとあがると思います。

 

欲望って、突き詰めれば突き詰めるほど、目指すほど分量が大きくなっていく。

そうして、いつしか自分のキャパシティを超えてしまう。

欲が肥大した状態というのは、恐ろしい。欲望のまま、全てをかなえようとすると、それこそ木嶋佳苗さんみたいになってしまう気がするんです。

週に七日、美味しいものを食べて、毎日のようにセックスをして、お金ももっともっとほしい。満たされても満たされない、突き詰めても突き詰めきれないものを追い求めてしまうのは、体に制限されていない完璧な自分に戻りたいっていう、ひとつの根源的な欲望があるんじゃないか。

早く違う自分になりたいとがんばってもその先に一体何があるのか。もっと完璧な自分、もっともっとって追求すればするほど、自己完結して、孤独になっていく。ひょっとしたらひそんでいる気持ちはそれまでの人間関係も全とっかえしたい、かもしれないし、お金持ちになりたい、かもしれない。だとしたら、見つめるべきだったのは外見ではなくて、人生に、命に感謝できない自分の状況だったのではないか。

 

じゃあ、百パーセント自分が好きな自分になれたら、それで幸せになれるかって言ったら、百パーセント周りから友だちがいなくなると思います。自己完結して、孤独になるだけで、自分だけいればよいということになってしまう。

好きなところと嫌なところ、どっちもあるから、つきあっていきたいと思えるんじゃないでしょうか、お互いにだめなところがある人間として。自分だけで完結する、本当にそんなふうになりたいの? って、いつも問いたくなるんです。

神様だって、自分を百パーセント好きってことはないですよ、きっと。

神話を読んでも、どんな国の神様たちであっても、いいところはすごくいいけれど、悪いところは極端に悪い。いいところもあれば、悪いところもあるから、人間というかたちをした存在はすばらしいのであって、Aの欠点をBが補う、そうしてそれぞれが得意なことで力を合わせて補い合えるから、人は他人を必要とするんだと思うのです。

関連書籍

吉本ばなな『幸せへのセンサー』

「幸せってそもそも何でしょう? 59年間生きてきてわかった、幸せっていうのは、つまりこういうことじゃないか。こういう考え方をしたら自分にとっての幸せがどういうものかわかってくるはず。ということを、お話ししてみます。」吉本ばなな

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幸せへのセンサー

幸せって、何でしょう? 作家の吉本ばななさんが、60年でたどり着いた「現実の中で幸せになる方法」を考えてみました。刊行を記念し四回連続・試し読みをお届けします。

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吉本ばなな

1964年東京都生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年小説「キッチン」で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。89年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で第39回芸術選奨文部大臣新人賞、同年『TUGUMI』で第2回山本周五郎賞、95年『アムリタ』で第5回紫式部文学賞、2000年『不倫と南米』で第10回ドゥマゴ文学賞を受賞。著作は30カ国以上で翻訳出版されており、イタリアで1993年スカンノ賞、96年フェンディッシメ文学賞、99年マスケラダルジェント賞、2011年カプリ賞を受賞。noteにてメルマガ『どくだみちゃん と ふしばな』を配信中。
プロフィール写真撮影:Fumiya Sawa

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