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純喫茶図解

2024.05.17 公開 ツイート

津田沼【からす】- 満開のバラが咲き誇る三角屋根のアットホームな純喫茶 塩谷歩波

「珈琲屋からす」に出会ったのは年の暮れの頃だ。

 

友達の家でひとしきりお喋りをしたあと、近くに純喫茶があると聞いて立ち寄ってみたのだ。最寄駅は、京成津田沼駅。駅前は年末とあって大荷物を抱えながら慌ただしく人々が行き交い、頬を刺す冷たい風がビュービュー吹き荒れている。心も体もなんだか落ち着かない。そんなクサクサした気分で歩いていたので、三角屋根の温かな雰囲気の建物が見えた時にすっかり心がほぐれてしまった。

「からす」店長 中本さん撮影

外壁は白い漆喰(しっくい)と、模様のように木の板が張り巡らされている。1階の壁は全てレンガで、その周りを花壇がぐるりと囲む。あいにく冬は緑が乏しい様子だったが、5月から秋にかけて30~40種類のバラが咲き誇るそうだ。今でさえ可愛らしい雰囲気なのに、バラが満開になった日には、絵本に出てきてもおかしくないほどメルヘンな姿になるだろう。

少し薄暗い店内に入ると、出迎えてくれるのが2体の木彫りのトーテムポール。大きな眼でカッと睨みつけられて、少し怯んでしまう。純喫茶に木彫りのトーテムポール。この組み合わせ、どこかで見たことがあるような……?

店内はほぼ正方形で、壁側にソファ席が6セット、中央に3セットで計28席。いくつかのソファ席はボックス席のように柱で区切られていて、立ち並ぶ柱の間を通ると、まるで林の中にいるような心地になる。

道路側の窓はかまぼこ型にくり抜かれていて、季節が変わればここからたくさんのバラを眺めることができる。少し色褪せた赤いソファにもたれかけながら、バラを眺めつつコーヒーを啜る。想像しただけでうっとりするような体験だ。

色紙やかわいいイラストで彩られたメニュー表から選んだのは、ツナトーストとシナモントーストに、ココア。寒い日にぴったりなお腹をあたためる組み合わせだ。

さっそく、できたてホヤホヤのツナトーストにかじりつく。カシュッ。パリパリに焼き上げられたトーストは一口かじっただけで小気味のいい音がする。香ばしいトーストの味を感じたあと、しっとりとしたツナの優しい味わいがふわっと口に広がる。ああ、おいしい。マヨネーズとツナと玉ねぎが入ったシンプルなメニューだが、昔お母さんが作ってくれたような優しさと懐かしさがある。肩肘張らないこの素朴な美味しさが、冷えた体に染み入る。

シナモントーストはホイップがつけられたデザート系の一品。バターがしみしみのトーストにたっぷり乗ったシナモン。さらにここにホイップを乗せれば、甘みと香ばしさとコクのあるうま味で脳がじわじわとろける。ツナトーストとシナモントースト、しょっぱさと甘さの最高のマリアージュで、交互に食べれば無限に食べ続けられてしまう。ここにさらにココアを加えれば……濃厚な味わいとトーストは相性抜群でさらに食欲は加速する。これはとっても危険な組み合わせだ!

すっかり空になったお皿を前に、満足げにため息をつきながら店内をぐるりと見渡してみる。アフリカの民芸品を思わせる木製の象やお面、抹茶などのメニューが彫られた木の板、山小屋のランプのようなオレンジ色の照明。やっぱり、どこかで見覚えがある。その答えは、「珈琲屋からす」の歴史にあった。

「からす」のマッチケース
「さぼうる」のマッチケースとコースター

珈琲屋からすは、実は4度店を変えている。初めは、津田沼駅近くのビルの2階のテナント。昭和38年に創業し、8年ほど営業した後、昭和46年ごろに今の建物の前身となる一軒家の形でオープン。今よりも駅に近い立地で、今よりも小さかった。現在の建物はこの時のデザインを踏襲していて、店内のど真ん中にカウンターがあったなどの違いはあるが、漆喰の壁や木製の机、赤いソファなどは当時の雰囲気のままだ。さらに昭和53年には、JR津田沼南口にあった商業施設「サンペデック」にテナントの店舗もオープンしていた。駅ビルの開業時に合わせて開店し、一軒家のからすを運営しながら20年ほどテナントの店舗も営業していたそうだ。そして、道路計画に伴い平成7年に今の場所に移転し、現在の形になった。

からすを開業したのは、現在の店長である中本千絵さんのお父さん(ここから初代店長とする)。初代店長は喫茶店を作るにあたって、さぼうるに通い、その初代マスターである三浦守さんにコーヒーや経営について教わったのだそうだ。そう、さぼうるとは、『純喫茶図解』でも取り上げた純喫茶「さぼうる」である。入り口のトーテムポール、メニューが描かれた木製の板、からすのロゴ、マッチケースなど、すべて三浦さんの手によってデザイン・制作されたものなのだ。

「さぼうる」の入り口とトーテムポール

どうりでみたことがあるはずだ! この疑問に思いもよらない答えが出て、ぞわぞわと鳥肌が立ってしまった。

その後さぼうるは他の方に経営を委ね、からすも初代店長が運営を行った。ルーツは同じでもその後は全く違う2つの店舗は、いわば生き別れの兄弟のようなものだ。

トーテムポールやロゴなど似ている部分は多いけれども、それぞれ魅力は異なる。からすは、初代店長が他界してから現店長である千絵さんが引き継ぎ、今現在は娘さんとともに営業している。よく見ると、店内にはそこかしこに値段つきの小物が置かれている。これは千絵さんが引き継いでから置くようになったそうで、作品作りをするお客さんが持ってきたものをここで販売しているのだそうだ。

優しい味のツナトーストや、色紙などで切り貼りされたメニュー表、お客さんの小物など、手作り感があってどこかアットホームな雰囲気が、からすには流れている。体が冷え切った寒い日でも、からすの建物を見ただけでどこかホッとしてしまう。それが、珈琲屋からすの魅力なのだと思う。

さぼうるで以前お話を伺った際には、からすのお話は伺えなかった。今経営を担っているご夫婦は4代目にあたるので、もしかしたらご存知ないのかもしれない。もしそうなら、どこかでお伝えして中本さんをお連れできたらいいな。

そんな“兄弟”の再会に少し妄想を膨らませて、温かな家のような場所を後にした。

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純喫茶図解

深紅のソファに煌めくシャンデリア、シェードランプから零れる柔らかな光……。コーヒー1杯およそワンコインで、都会の喧騒を忘れられる純喫茶。好きな本を片手にほっと一息つく瞬間は、なんでもない日常を特別なものにしてくれます。

都心には、建築やインテリア、メニューの隅々にまで店主のこだわりが詰まった魅力あふれる純喫茶がひしめき合っています。

そんな純喫茶の魅力を、『銭湯図解』でおなじみの画家、塩谷歩波さんが建築の図法で描くこの連載。実際に足を運んで食べたメニューや店主へのインタビューなど、写真と共にお届けします。塩谷さんの緻密で温かい絵に思いを巡らせながら、純喫茶に足を運んでみませんか?

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塩谷歩波

1990年、東京都生まれ。2015年、早稲田大学大学院(建築専攻)修了。設計事務所、高円寺の銭湯・小杉湯を経て、画家として活動。

建築図法”アイソメトリック”と透明水彩で銭湯を表現した「銭湯図解」シリーズをSNSで発表、それをまとめた書籍を中央公論新社より発刊。

レストラン、ギャラリー、茶室など、銭湯にとどまらず幅広い建物の図解を制作。

TBS「情熱大陸」、NHK「人生デザイン U-29」数多くのメディアに取り上げられている。

2022年には半生をモデルとしたドラマ「湯あがりスケッチ」が放送された。

著書は「銭湯図解」「湯あがりみたいに、ホッとして」

好きなお風呂の温度は43度。

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