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月が綺麗ですね 綾の倫敦日記

2024.05.08 公開 ツイート

「本の世界だから許される?」“女性への暴力”“同意なきセックス”を描く小説がベストセラーになる理由 鈴木綾

フランスでは24歳のアルジェリア人作家による小説「Captive」(虜)シリーズがベストセラーになっているそう。いったいどんな小説なのでしょうか?

ポストMeTooとしてのダーク・ロマンス小説

「このサイコパス野郎への愛は彼への嫌悪を超えた」

「以前、彼はあなたの死を見ることを望んでいた。だが今、彼はあなたのためなら死んでもいいと思っている」

“Mon amour pour ce psychopathe dépassait ma haine.”

“Avant il voulait te voir morte, maintenant il peut mourir pour toi”

 

これは、Sarah Rivens(セイラ・リベンズ)というペンネームを使っている、歴史上最も読まれているアルジェリア人作家の筆から生まれた台詞。24歳のセイラの作品「Captive」(虜)シリーズは、なんと去年、フランスでハリー王子の自伝を抜くベストセラーになった。

「Captive」(虜)は彼女のデビュー作だが、すでにシリーズ全体で40万部も売れて、出版社に700万ユーロもの利益をもたらした。Pas mal!(悪くないですね!)

こんなに売れた小説とは一体どんな話なのだろう。「Captive」は、マフィアのボスの「虜」になっている女性主人公Ellaの物語を描く。ボスのAsherは、Ellaに火傷を負わせたり、体が凍えるほど寒い部屋で寝かせたり、彼女に暴力的な行為を繰り返すが、最後には二人は恋に落ちる。私は読みながら下手な表現や展開に呆れ顔になったが、このようなタブーな話が女性読者をハラハラドキドキさせて惹きつける理由はわからないでもない。

「Captive」は、ここ数年の欧州で注目されている「ダーク・ロマンス」というジャンルに属している。このジャンルは、特にBookTokの読者、TikTokで本の推薦や解説を共有する愛読者コミュニティーの間で人気を博している。BookTokは今ではベストセラーを生み出すほどの影響力があると言われており、欧州ではBookTokコーナーを設けている書店も少なくない。

普通のロマンス小説では、主人公の恋人たちは二人とも善人で、彼らの愛を妨げる悪人が登場する。一方、ダーク・ロマンスでは、女性主人公は悪人に恋をする。多くのダーク・ロマンス小説では、暴力や場合によってレイプ――読者たちは「non-consensual sex(同意なきセックス)="non-con")と呼ぶ――も描かれていて、本の中に読者への注意喚起として「Trigger warning」的な「警告」が記載されている。

特に肉体関係において女性の権利向上を訴えるMeToo運動の時代において、「Captive」のような小説が本当にありうるのか、と疑問に思う人が多いだろう。現代の女性たちは、このような虐待的な物語を考えるだけで嫌悪と怒りを感じるだろう。

とある保守派の批評家(女性)は、MeTooがあったからこそ「Captive」のような小説が流行るようになったのだと解説している。明確な同意が健全な性行為への必要条件となり、女性への暴力がタブーになったMeToo時代では、女性読者は逆にタブーを扱うエロティックな小説を読みたくなったのだ、と彼女は強調している。

しかし、このような話は昔からあるプロットだ。例えば、「美女と野獣」。「Captive」や他のダーク・ロマンス小説ほど過激ではないかもしれないが、ストックホルム・シンドロームや男性による独占欲の物語は、歴史を遡れば山ほどある。

なので、このような物語が以前より読まれている、あるいは好まれていると断定するのはどうかと思う。さらに言えば多くのダーク・ロマンス小説はちゃんとした出版社から出版されておらず、ネット上でのみ公開しているので具体的なデータがない。「Captive」のような、大手出版社から出版され紙媒体で何十万部も売ったダーク・ロマンスはむしろ珍しいのだ。

「Captive」は元々、Wattpad(ワットパッド)というプラットフォームで公開されていた。ワットパッドは、日本の女性小説投稿サイト、「魔法のiらんど」と全く同じ。「Captive」はワットパッドでなんと1900万回も読まれたそう。

ワットパッド上では、投稿していいものと悪いものの基準がある。そんなに厳しくはないが、違法行為の描写、セックスだけを描く小説はNG。それに加えて、読者は13歳以上でないといけない。

フランスの雑誌「Elle」に乗った「Captive」特集では、10代のファン――14歳も含まれる――が多かったことが明らかになった。著者のセイラさん自身、19歳から執筆を始めたという。大人になっていない、場合によって性交同意年齢未満の女性が、このような本の影響で将来、不健全な恋愛をするのではないか、と批判の声を上げる人もいる。

これに対してセイラさんは「「Captive」は普通の創作小説(フィクション)です」と強調している。私の意見を言えば、「Captive」の読者たちは、本当にやったら傷つくようなことを、安全な架空の世界だから想像できる、本の世界ではやってはいけないエロい空想に浸ることが許されている、ということを分かっているのだと思う。架空の世界だからできることを楽しむ、というのは、SF小説だってクライムサスペンスだって同じだ。

つまり、ダーク・ロマンスで描かれているような「non-con」関係は、登場人物の女性が同意をしていなくても、読者が読書を通じてその行為に同意している。要するに、SMプレーの一環として、本来の社会のルール上では御法度な行為が許されるような状況と変わらない。SMプレーの際、支配されている人がセーフワードを言えば相手がやめてくれるように、ダーク・ロマンス小説の読者はいつでも読書をやめて通常の世界に戻ることができる。こういう本は女性に悪影響を与えている、という意見を否定はしないけれど、必ずしもそうとも言えないと思う。

ダーク・ロマンス小説を批判するなら、男性のキャラクター設定を指摘してもいいと思う。男性主人公は一種の「アンチヒーロー」。ダーク・ロマンス小説で恋愛対象になる男性は、確かに暴力的だけど、ハンサムでお金持ちの白人が多い。男性の主人公がマイノリティーになっているダーク・ロマンスは聞いたことがない。このような男性は、男性優越主義のピラミッドで上位に位置している。社会的地位の高い男性との恋愛は、支配されている女性に一種の権力を与える。このようなエロい想像を持っている女性は、男性優越主義社会に同意しているのか、と私たちがもっと議論すればいいと思う。

ダーク・ロマンス小説は女性作家が女性のために書いている。男性作家が男性の目線から性行為を描くAVよりはよほど健全だと思う。

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イギリスに住む30代女性が向き合う社会の矛盾と現実。そして幸福について。

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鈴木綾

1988年生まれ。6年間東京で外資企業に勤務し、MBAを取得。ロンドンの投資会社勤務を経て、現在はロンドンのスタートアップ企業に勤務。2017〜2018年までハフポスト・ジャパンに「これでいいの20代」を連載。日常生活の中で感じている幸せ、悩みや違和感について日々エッセイを執筆。日本語で書いているけど、日本人ではない。

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