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夜のオネエサン@文化系

2024.04.07 公開 ツイート

運命の男ガチャは考えてみれば怖すぎる~「私の夫と結婚して」 鈴木涼美

客観的にも個人的にも、人より恥と後悔の多い青春を歩んできたとは思う。なんであんなことを的な後悔はリストアップしているだけで日が暮れそうだけど、かといって生き直したいかというと、きっとやり直しても私の性格とポテンシャルを考えると、せいぜい一つ目の落とし穴を避けて右横のやつに突進し、二つの穴は地中で繋がっていたので結局同じ下水道に流れる、みたいなことになりそうだとなんとなく思ってしまってそんなにやる気が出ない。

 

私はきっと十九歳あたりからブラッシュアップライフできたとしても、一度目とは違うスカウトマンを使ってAVデビューし、働いていた店の斜め向かいのキャバクラや入社した新聞社の競合他社でのらりくらりと働き、特にどこでも天下をとらず、三十歳前後で野良ライターとなって今に至る気がする。別にそれが六歳でも十四歳でもそう違わないだろう。

だから後悔のない人生とは程遠いものであってもやり直し願望はそれほどないのだけど、強いて言えば、男選びとその後の付き合いに関しては後戻りできるなら修正したいポイントというのはいくつかある。私が十代の頃、母が私の服やメイクなどの装いを指して、あなたは近づいて欲しくないものをおびき寄せ、近づいて欲しいものを遠ざけようとしているようにしか見えない、と言ったものだが、なるほど私のその後の恋愛事情も、大切にすべきものをなぜかぞんざいに扱って遠ざけ、絶対に付き合ってはいけない24時みたいなものに執着していた時期が長い気がする。

まぁこの分野だって何度やり直しても粗大ごみの隣の生ごみを手に取り、毒キノコの隣の有害植物を摘むみたいな結果になりそうではあるのだけど、手に取ってしまうのは仕方ないからせめてもっと早くにリリースせよ若き日の私、とは時々振り返って思う。

そのような私は最近結婚したのだけど、この歳になると周囲の友人知人に関して言えば結婚より離婚の報告を聞くことの方がずっと増えた。ただでさえ昔に比べて長くなった平均寿命の、しかもほぼ一番の長寿国にいるのだから、たとえば二十代で結婚したらそりゃ途中で交換が必要になるかもなと思いつつ、私の周囲に限って言えば意外とみんな憎み合って殺意わいて別れる、みたいなことにはなっておらず、子どもの親として今後も仲良く的な雰囲気をまとっているので、みんな大人な上にこの歳だと男選び間違えたっていう別れ方ではないのだな、と感心している。

ちなみに前にもどこかで書いたかもしれないけど、友人が離婚時にこぼした名言で最も印象的だったのは「彼はどこも悪くないし、結婚したこと自体に後悔があるわけではないが、なんとなく生物としてすべてにおいて私の方がちょっとずつ優等な気がして一緒にいる意味が見えなくなった」というものだった。

さて、もう十五年以上前に結婚して数年前から夫の地方転勤についてって北の方へ移住し、とくに離婚もせず、ほどほどの婚外恋愛と東京でのほどほどの夜遊びを楽しみながらしっかり子育てなどしている高校時代の友人に、「ピーチガールみたいで面白いから絶対見て」と言われて私らが高校時代にちょっと流行った漫画『ピーチガール』が懐かしすぎてちょっと読み返したりして観始めるのが遅れたのだが、韓国ドラマ「私の夫と結婚して」をやっと観終わった。

最初、第一話を見たら主人公がいきなり末期がんで、最近身体の調子が悪いので、身体の調子が悪い人のドラマなんかを観る気がわかずにちょっと放置していたが、また別の友人にも「やばい、終盤になってBOA出てきた!」と教えられ、最初に勧めてきた友人にも「暗いのは一話だけであとはほんとにピーチガールみたいになるから」と強く推されて、主人公の相手役の長身俳優がイケメンなので、長い長いドラマシリーズに突入してみたら確かに末期がんの話ではなかった。

第一話で病におかされていた主人公は、地味だけど美人でよく働く才女なのだが、会社の同僚と結婚したところ、そいつが本当にとんでもないクズで、株で儲けるといって会社をやめて全く儲からず、主人公の稼ぎで生活するヒモ夫となり、そんな彼を溺愛する母親ともども主人公をゴミ奴隷のように扱う。末期がんになっても一切同情されず、働くことと稼ぐことを強要され、入院費すら払ってもらえず、あげく学生時代から唯一の親友と思っていた女と自分の夫との浮気現場を見てしまい、親友は自分の保険金を狙っていることまで判明。そしてその二人に殺されてしまうというとんでもなく辛い一度目の人生を経験する。

で、気づくと殺されて死んだはずの自分が十年前に巻き戻っていて、そこから彼女の夫や親友への復讐を含めた生き直しが始まるわけだが、その復讐の核となるのが親友面して自分からすべてを奪おうとしていた親友と、自分を苦しめたクズ夫とを結婚させるという計画。

一度目の人生では地味で自分の主張をせず、会社でも不遇な立ち位置だったのを、二度目の人生で強くなった彼女はパワハラし放題の上司と戦い、いきなり超おしゃれ女子に変身して堂々と生きようとする。それでももちろん色々多難で、前の人生で自分を裏切った親友は改めてよく見ると完全に自分のものを全て奪い、自分を絶対に幸福にさせないようにたくらむやばい女だし、夫だった男は結婚前から酷い男のサインを色々出していたので、ところどころ胸糞悪くなりながらも、復讐が完成していくにつれ、また新人生の方で何かと力になってくれるイケメン部長との恋が発展していくにつれ、だんだん爽快な感じになっていく。

生き直しにはそれほど興味のない私も、自分が掴んでしまった最低最悪な男を、やはり最低な女友達にあてがう、という復讐方法がユニークで、もし今まで付き合った男をうらみのある女とくっつけるとしたら誰と誰がいいかな、なんて想像しながら楽しんだ。とりあえず私をフライパンで叩いた男と大学時代に私をヤリマンだと吹聴していた女、私のAVをばらまいた男とロンドンの小学校で私を仲間外れにしようとしたあの女、私がクロネコヤマトのお兄さんと喋っているのを見て「色目を使うな~」とブチギレた男と小学校時代にうちの母と戦っていためっちゃ頭の固い女教師をくっつけたい。

一度目の人生で色々と学んで強い意志を持って二度目に取り組む主人公とはいえ、根本的な性格や記憶がすげ変わっているわけではないので、親友と一度目の人生の夫となる恋人の裏切り場面を目の当たりにすれば涙がこぼれ、後に最低夫になった男であっても過去の記憶はそれなりに甘いものを思い出してしまう。

かつて親ガチャなんて言葉が話題になったことがあるが、親と子のマッチングは双方の意思が一切介在しないのに対し、夫と妻は色々な事情があるにせよ双方の意思によってマッチすることになっているので、最低男と結婚したことは、最低親のもとに生まれたのと同じテンションで同情はされない。しかし男も女もその後最低に七変化するかどうかというのを付き合いが浅い段階で見極めるのはなかなか難しく、結構なガチャ要素がある、とそれなりの大外れを引いてきた私は思う。

フィクションの外、のっぺりとした現実を生きる我々はたぶん転生や生き直しはできないが、唯一出来るのは今手元にあるクズを捨てて、何かを学び、次はどうにかクズではない宝物を見極める力を身に着けることくらい。ドラマの主人公が、一度目とは打って変わって良い男を選び取るのと同じように、散々な過去を肥やしにした私たちアラフォー女子の選び取るものが、どうかクズではなくほんものの宝物であるよう、辛ラーメンの赤いスープの表面に祈った。

関連書籍

上野千鶴子/鈴木涼美『往復書簡 限界から始まる』

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夜のオネエサン@文化系

夜のオネエサンが帰ってきた! 今度のオネエサンは文化系。映画やドラマ、本など、旬のエンタメを糸口に、半径1メートル圏内の恋愛・仕事話から人生の深淵まで、めくるめく文体で語り尽くします。

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鈴木涼美

1983年東京都生まれ。蟹座。2009年、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。著書『AV女優の社会学』(青土社/13年6月刊)は、小熊英二さん&北田暁大さん強力推薦、「紀伊國屋じんぶん大賞2013 読者とえらぶ人文書ベスト30」にもランクインし話題に。夜のおねえさんから転じて昼のおねえさんになるも、いまいちうまくいってはいない。

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