サイン会。ある程度作家業を続けていると、視界の端にちらつきはじめる単語である。
かくいう私も、昨年初めてサイン会をやらせてもらった。そして今年に入り、作家人生で2度目のサイン会の機会が巡ってきた。
きっかけは、昨年、『文身』(祥伝社文庫)がKaBoSコレクション(勝木書店グループ主催)という賞で金賞をいただいたことだ。金賞に選ばれると、グループ店で1年間受賞作として展開していただける。書き手としては、書店さんに応援してもらえることほどありがたいことはない。
この受賞を記念して、福井市にある勝木書店SuperKaBoS二の宮本店(以下、二の宮本店)にて、3月にサイン会をさせてもらえることになった。岩井としては、福井の皆さんとお会いできる願ってもないチャンスである。しかもサイン会の前には、1時間程度のトークショーまでついている。張り切らないわけにはいかない。
そして3月上旬。勝木書店の皆さんや出版社の方々のおかげで、トークショー&サイン会は盛会のうちに終わった。
当日駆けつけてくださった読者さんのなかには、これから『文身』を読むと言ってくれた方、『文身』や既刊の感想を熱く語ってくれた方、さらには「既刊すべて読んでいます」という方までいて、著者としてはこのうえなく幸福なひとときだった。
そして。このサイン会が決まった時から、私は思っていた。
――このお店のポップはすごいぞ……。
SNSの情報などを拝見していると、二の宮本店(特に文芸コーナー)には、手書きのポップが所狭しと飾られていることがわかった。コピーではなく、すべて直筆で書かれた一点ものである。それを読んでいるだけで一日過ごせそうだ。
購買意欲をそそられるこのお店で、ぜひ買い物をしてみたい。さっそく企画協力のお願いを打診したところ、快く承諾していただいた。
そういうわけで、企画「あなたの書店で1万円使わせてください!」第5回は、勝木書店SuperKaBoS二の宮本店で行うこととなった。
* * *
サイン会の翌日、私は某社担当編集者氏と、あらためて二の宮本店に伺った。
同店はえちぜん鉄道八ツ島駅から徒歩3分ほどの場所にある。当日は福井駅からタクシーで伺ったのだが、だいたい10分で到着した。
ちなみに、この日は北陸新幹線が敦賀まで延伸される前週だったためか、福井駅の構内に入っているお店はリニューアルオープンに向けて閉まっているところが多かった。大きな変化を目前に、なんとなく街全体がワクワクしている気がした。
お店の外観はこんな感じ。大型の店舗で、
前回まで、ルールは「(できるだけ)一万円プラスマイナス千円の範囲内で購入する」と定めていたが、これまでの4回は「10153円」「9713円」「10241円」「9595円」であった。この結果を踏まえ、今回は試行的に「(できるだけ)一万円プラスマイナス500円の範囲内で購入する」というルールに改訂する。もしオーバーしたら、元に戻そう。
前日にサイン会で訪れた時にも思ったが、店舗はとても広くて見通しがよく、居心地がいい。買い物の間は、担当編集者氏だけでなく勝木書店のHさんも同行してくださることになった。Hさんは前日のサイン会でも一緒に登壇してくださった方で、文芸コーナーのポップを書かれているのもHさんである。お忙しいなか同行していただけることに恐縮しつつ、買い物をスタート。
正面出入口から入って、さっそく目についたのが「ご当地ラーメン」コーナー。各種缶詰も販売されています。
しかもこのフェアは間もなく終了とのこと。「うにらーめん」や「いぶりがっこ醤油ラーメン」、「ラーメン仮面」に心惹かれつつ、ここはやはり本を買おうと考えなおし、なんとかコーナーを離れる。
次に目に留まったのは、「小学一年生」コーナー。図鑑やドリル、歴史コミックなどがずらりと展開されている。
聞けば、ボードをはじめ、ランドセルなどの小物もすべて手作りとのこと。売り場への愛がすごい。
続いて新刊文芸のコーナー。
ここで気になったのが、間宮改衣『ここはすべての夜明けまえ』(早川書房)。発売前からSNSなどで話題になっていた。担当編集者のなかにも、最近読んでよかった本としてこの一冊を挙げる人もいた(その人はプルーフで読んだらしい)。
Hさんからも「いいですよ、これ!」と強烈なおススメをいただく。そこまで言ってもらって、買わないわけにはいかない。今日の1冊目はこちらに決定!
その近くにあったのは、『特別報道写真集 2024.1.1 能登半島地震』(中日新聞社)。今年元日に震災があった能登半島には、勝木書店グループの店舗もある。本書には、被災地の生々しい状況が掲載されていた。
左方向にスライドすると、文庫を平積みで展開しているテーブルが。『朱色の化身』などの横に並んでいるのは……
拙著『文身』ではないか!(しらじらしい)
はい。もちろん、前日に訪れているので知っていました。
ありがたいことに、店内の一等地で大々的に展開してくださっています。またここ以外にも数か所、『文身』を置いてくださっているのを見かけた。聞くところによると、すでに勝木書店グループで1,500冊以上を売り上げているという(KaBoSコレクションの発表は昨年11月)。ありがたすぎる。
背後にはひときわ目を引くサグラダファミリアの模型のほか、文苑堂書店、明文堂書店と共同開催の「がんばろう北陸!!」フェアも。こちらのフェアは、売上金の一部が能登半島の復興支援金になるとのこと。
次に、入店時から気になっていた児童書コーナーへ。
緑色の柱で囲まれているため、遠目でも非常に目立っている。これなら、背が低い子どもでも、どこに児童書が置いてあるのかすぐにわかる。新作から懐かしの絵本まで揃っていて、「はらぺこあおむし」や「ノラネコぐんだん」のグッズも充実していた。
続いて文芸のコーナー。
文庫を中心に、おびただしい数のポップが掲示されている。手書きのポップはすべてHさんの作品とのこと。すごい!
店頭を眺めているうち、あるポップに視線を奪われた。
紹介されているのは、西加奈子『漁港の肉子ちゃん』(幻冬舎文庫)。有名作品だが、実はまだ読んでいなかった。「読む人の存在をまるごと全部包み込んでくれる大きな一冊です」とのこと。こんなポップを読んだら、買うしかない。
今日の2冊目はこちらに決定!
その後、学習参考書コーナーやノベルスコーナーを見ながら店内を徘徊。
こちらは文庫の週間ベストセラー。
KaBoSコレクション発表以後、『文身』は長らく1位を堅持しているそうです。感謝!
気になったのは、4位にランクインしている塩田武士『朱色の化身』(講談社文庫)。福井県のあわら温泉街や坂井市・雄島が舞台だそうで、入口前でも平積みされているのを見かけていた。
せっかく福井に来たのだから、福井を舞台にした本を買いたい。ということで、3冊目は『朱色の化身』に決まり。
2階へ上がるため、いったん入口前へ戻る。
階段を使って2階へ上がると(エレベーターも設置されています)、トレーディングカードやCDなどの売り場が広がっている。
さらに奥へ進むと、岩波書店コーナーが!
岩波書店が揃っていることの意味については、こちらの記事が参考になる。
https://www.asahi.com/and/article/20190131/400121609/
〈日本の多くの出版社は、書店が仕入れた本を返品できる委託販売制を採用しているが、岩波書店では返品不可の買い切り制を採用。そのため、書店によっては岩波書店の書籍の種類が限られているところが少なくない。だから、岩波書店の本がほぼ揃っており、自由に手に取れるというだけで、他にはない大きな強みを持っていることになる。〉
面白そうな本ばかりだが、そのなかでも自然と手が伸びたのが、坂上香『プリズン・サークル』(岩波書店)。
実はこの書名は、聞いたことがあった。帯には〈日本初となる刑務所内での長期撮影、10年超の取材がここに結実〉とある。傑作の匂いが漂っている。
4冊目は、迷うことなくこちらで決定!
さらに奥には、岩波書店の文庫コーナーも。圧巻の眺めである。
もはや全部面白そうに見えてくる。危ない。
そんななかでも、タイトルに惹かれて選んだのが隈研吾『負ける建築』(岩波現代文庫)。この「負け」という言葉に強く興味をもっていかれる。「負け」でいいのか!?(そもそも建築に勝ち負けがあるのかもわからないが)
数々の面白そうな本を横目で見つつ、5冊目はこれに決まり。
引き続き2階を巡る。次はライトノベルやコミックのコーナー。
ライトノベルのおすすめをHさんに訊いてみると、四季大雅『わたしはあなたの涙になりたい』(ガガガ文庫)を教えてくれた。オビには〈このライトノベルがすごい! 2023 総合新作部門第1位〉とある。すごそうだ。
というわけで、6冊目はすんなりと決まった。
コミックの棚では、小森みっこ『センチメンタルキス』(集英社)に注目。剣道着を着ている男の子のイラストに惹かれて手に取ったのだが(一応剣道経験者)、繊細な絵がとても素敵。しかし10巻買うと余裕で1万円をオーバーするため断念。
サイン色紙も充実している。
さらに、2階にはソファやテーブルのセットも。
星野アイとのツーショットも撮りました。
いつもなら6冊購入したらそろそろ終了だが、文庫中心のためか、この時点でまだかなり余裕が残っていそうだ。引き続き店内を探索するため、再び1階へ。
次はさっき訪れていなかった、法経書・理工書のコーナーへ。
理工書大好きな私が惹かれたのは、サム・キーン/斉藤隆央訳『アイスピックを握る外科医 背徳、殺人、詐欺を行う卑劣な科学者』(柏書房)。
これ、絶対好きな本だわ。
しかし3,080円(税込み)という価格が重くのしかかる。残額を考えると、これを買ったらもう他には買えなくなりそうだ。しかし面白そうな本なのは間違いない。だが、まだ文芸コーナーへの未練も残っている……
他のお店ならたぶん買っていたが、二の宮本店は文芸コーナーのポップがすばらしく充実している。それを堪能しきらずに帰るのはもったいない……ということで、泣く泣く棚へ戻すことに。
そして満を持して、再び文芸コーナーへ!
売り場に戻って最初に気付いたのは、「昨年のKaBoSコレクション金賞受賞作をまだ読んでいない!」という事実だった。
昨年の受賞作は、西澤保彦『神のロジック 次は誰の番ですか?』(コスミック文庫)。オビによれば〈大大大大大衝撃の展開〉とのこと。先ほど迷いに迷った反動からか、まずこの一冊を即決。
次に単行本の棚へ移り、ポップを眺めていると、永井みみ『ミシンと金魚』(集英社)で足が止まった。
話題作とあってタイトルは聞いたことがあったが、こちらも未読。ポップの熱い文章に導かれるように、8冊目はこちらに決定。
あと1冊か2冊はいけそう。新書コーナーを眺めつつ、次に買う本を考える。
それにしてもポップがすごい。数はもちろん、手書きで一つ一つ丁寧にしたためられた文章からは、静かな熱量が伝わってくる。
そんななか、再びポップに導かれて手に取ったのが東直子『とりつくしま』(ちくま文庫)。あらすじはこうだ。
亡くなった人に、「とりつくしま係」が問いかける。この世に未練はありませんか。あるなら、なにかモノになって戻ることができますよ、と。
めっちゃ面白そうやん!
9冊目はこちらで決まり。
さすがにそろそろ1万円に達しているかもしれない。が、前回9595円で終了した記憶が蘇る。ここは攻めの一手。あと1冊、文庫ならいけるのではないか。
そこで最後の1冊に選んだのは、藤崎翔『お梅は呪いたい』(祥伝社文庫)。
実はこの本は、最初に文芸コーナーを訪れた時から気になっていた。ポップなカバーイラストとタイトル、そして添えられたポップ。Hさんからも「面白いですよ!」とお墨付きをいただいたので、10冊目はこれに決定。
ということで、今回は10冊も購入。もちろん過去最高記録。
さあ、合計いくらになるのか。今回からルールは「(できるだけ)一万円プラスマイナス500円の範囲内で購入する」に変更。果たして成功するのか。
ドン!
オーバーしてるやん!!
編集者氏から「ちなみに、9冊だったらどうなってたんですかね?」とコメントが入り、『お梅は呪いたい』を除いた9冊の合計額を見てみることに。
その場にいた3人からそろって「あ~」という声が上がる。
「お梅の呪いだ……」
誰かのつぶやきがその場にこだました。
まあしかし、企画発足当初のルールにのっとれば、一応OKの範囲内である。そこはゆるくやっていく、ということで別にいいではないか(私は誰に向かって許しを乞うているのか?)。
10冊購入は変えずお支払いへ。ちなみにこの企画の支払いは、岩井の完全自腹である。企画用に1万円が支給されているわけではない。
それにしても、10冊も本を買うと本当に気持ちがいい。最も有益な1万円の使い方は、本を買うことかもしれない。
「またぜひ来てください!」というHさんの温かい声に送られ、二の宮本店を後にした。自宅への帰り道、「また福井に呼んでもらえるように頑張ろう」と、あらためて気合いを入れ直したのだった。
* * *
最後に。
この企画に協力してくださる書店さんを募集中です。
「うちの店でやってもいいよ!」という書店員の方がいらっしゃれば、岩井圭也のXアカウント(https://twitter.com/keiya_iwai)までDMをください。関東であれば比較的早いうちに伺えると思いますが、それ以外の地域でもご遠慮なく。
それでは、次回また!
【今回買った本】
- 間宮改衣『ここはすべての夜明けまえ』(早川書房)
- 西加奈子『漁港の肉子ちゃん』(幻冬舎文庫)
- 塩田武士『朱色の化身』(講談社文庫)
- 坂上香『プリズン・サークル』(岩波書店)
- 隈研吾『負ける建築』(岩波現代文庫)
- 四季大雅『わたしはあなたの涙になりたい』(ガガガ文庫)
- 西澤保彦『神のロジック 次は誰の番ですか?』(コスミック文庫)
- 永井みみ『金魚とミシン』(集英社)
- 東直子『とりつくしま』(ちくま文庫)
- 藤崎翔『お梅は呪いたい』(祥伝社文庫)
文豪未満
デビューしてから4年経った2022年夏。私は10年勤めた会社を辞めて専業作家になっ(てしまっ)た。妻も子どももいる。死に物狂いで書き続けるしかない。
そんな一作家が、七転八倒の日々の中で(願わくば)成長していくさまをお届けできればと思う。
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