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あぁ、だから一人はいやなんだ。

2024.03.15 公開 ツイート

第220回 初ソロキャン〈後編〉 いとうあさこ

さて。ガシャン、の続き。音がしました。確実にガシャン、と音がしました。ただ何故でしょうね。明らかに何かが起こっているのはわかっているけれど、しばらくそのままワイン飲む自分。正しくは“動けない”かもしれないですが。明らかに周りにも聞こえているであろうその音を、まるでよそでの出来事かのように、不自然なくらい落ち着いた感じで一度ワインを飲む。

 

少ししてからワインの入ったコップを置いてゆっくり、これまたまるでテント内に何かしらの用事があるかのように普通にテントの前室に入ってみた。すると先ほど風を避ける為に避難させた机が倒れている。机が倒れているという事は当然、その上のものも……。そうです、置いておいた鍋が見事なまでに真っ逆さまに地面に落ちていた。蓋は離れたところに飛んでいっている。一旦何事もなかったように焚火の前に戻る。どうしていいかわからない時の行動ですね。ちょっと想像してみてください。土の上で真逆になっている鍋を。きっちり“真っ逆さま”の為、パッと見“ただ鍋が伏せてある”状態。でもそんなわけで中身、パンパンですから。風がひどすぎてほぼ食べられてないので鍋の中身はほぼフル、と言っても過言ではないくらい。下敷きのような薄い板を鍋と土の間に差し込んでひっくり返せば被害が最小で済むかもしれない、と考えたが、そんな都合よく下敷きなんてあるわけない。何も思い浮かばないまま、再びテントの前室へ。夢と思いたいが、鍋はちゃんとひっくり返っている。この中身がおっきいプリンだったら鍋をスッと上にあげるのも楽しいけれど、中身はカレー鍋。もう考えてても仕方がない。思いっきり鍋をあげた。“地面”という蓋を失ったカレー鍋が一気に地面に広がった。そこからはもうシンプルにキッチンペーパーで根気よくかき集めるようにカレーを拭き上げ、それをゴミ袋へ。この動作を一体何回やっただろう。薄暗い中、どこまでがカレーでどこからが土か全くわからない。もう無限地獄。

15分から20分くらい拭き続けたでしょうか。もうさすがに土だろう、という所までいった私はやっと、また焚火の前に戻った。ただねぇ、どんどん強くなる風。夕方まではまったくもって平気でしたが、やはり真っ暗闇の中での強風は急激にめっちゃ心細くなった。いつも使っているランタンは2つあるけれど、元々焚火をしに来ているくらいですから「そんなに明るくなくていい」と思っていたので、どうしても薄暗い。そして風のパワーが凄すぎて、寒さもそうですがテントやら椅子やらがはためき倒して、その音ももう、ちょっと怖さに。ゆっくり22時まで楽しもうと思ってたっぷり薪を購入しておりましたが、急激にそれらを火にぶち込み始める私。もう早く燃やしてテントの中に入ろう。憧れの“ゆっくり”とは真逆、ものすごいスピードで薪を燃やす。なんなら棒でつついて、燃えた薪を崩して更なるスピードアップをはかる。

ただ風が強い分、星はいろいろ見えた。携帯に入れている星座早見盤アプリで空の星と照らし合わせる。シリウス、アルデバラン、ペテルギウスなどなど有名な星がたくさんあった。なんかそれぞれ近年の歌の歌詞にも出てきている気もしますが、口ずさむとこまではいけなかったのは残念。そうやって空に携帯向けて照らし合わせていた時、ふと見ると充電残りあと12%。でも私、慌てません。ちゃんとモバイルバッテリー持って来てますからね。スマートにバックから出して携帯に差し込む。無反応。ん? どした? もう1回差す。無反応。あれれ? このバッテリー、パンパンに充電してきているし、そもそもこないだ買ってまだ使った事もない。何度やってもダメ。どうやらバッテリー、壊れている。一瞬でも楽しく星を見ていましたが、こうなったら1%でも大事な充電を無駄に出来ない。即行、星座早見盤を消す。薪もだいぶ燃えて、もう大丈夫だろう。時刻は20時半。でももう風がヤバすぎるので、テントに入ってゴロゴロしながら、なんとなく眠りにつくことにした。

朝。目が覚めると風は止んでいた。静か。テントの外に出ると町ってこんなにまたたくのか? と思うほど、眼下に広がる明け方の町が霜の張った土のようにめっちゃキラキラしている。あの強風のおかげで雲がまったくなく、目の前には大きな富士山が。携帯を見ると充電9%残っている。よかった。薄暗い中、夜明けの富士山の写真をパシャリ。その瞬間、携帯の充電、ゼロに。ん? どして? 今、9あったじゃん。どして? 日が昇ってくると、薄暗い富士山に積もった雪がどんどん赤くなってくる。キレイ。キレイすぎる。写真撮りたい。でも、ゼロ。あ、そう言えばタブレット持ってた! リュックから出してきて、スイッチをONに。画面に温度計のマークが出て、消える。何度やってもそう。冷たすぎると起動しない事を知る。何度も出る温度計のマークに「だから冷えてるって言ってんじゃん!」と怒られている気分に。車で充電できるけれど、こんな早朝にエンジンかけるわけにもいかず。ただただ、夜が明けていくのをぼんやり見つめておりました。ま、そんな朝も、いっか。

そんなこんなでハプニングしかない初ソロキャンでしたが、なんとか無事に乗り越えました。帰り、全てを片付けて車に乗り込むと隣のカップルキャンパーさんがこちらへ。何か怒られるかと思ったら「いとうあさこさんですよね?」と。え? ちょっと待って。いつから気づいていらっしゃいました? もしかしてあの“テント設置苦戦事件”や“鍋ガシャン事件”、“薪信じられないスピードで燃やす事件”などご覧になってたりしました? 急激に恥ずかしくなって「お先に失礼いたします」と言い残し帰りました。あ、山を下りた途端に最初に見えたコンビニに駆け込むほどお腹空いていた、というご報告でこの長々話を終えたいと思います。ご清“読”ありがとうございました。

 

【本日の乾杯】これが全ての“食”を失い、ただただワインを飲んでいる時の写真です(笑)でも遠くの町明かり、目の前の焚火を“ツマミ”に飲むワインは美味しかったです。そばにあった丸太をテーブル代わりに。

関連書籍

いとうあさこ『あぁ、だから一人はいやなんだ。3』

海への恐怖を感じた、初めての遠泳。4人で襷を繋いだ「24時間駅伝」。お見合い旅inマカオ。“初”キスシーンに、“初”サウナ。ドラクエウォークで初めての高尾山。接続できずに大騒ぎのリモート飲み会。拍子抜けだった大腸検査。ブームに乗って、のんびり「おばキャン」、のつもりが……。いくつになってもあさこの毎日は初めてだらけ。

いとうあさこ『あぁ、だから一人はいやなんだ。2』

セブ旅行で買った、ワガママボディにぴったりのビキニ。いとこ12人が数十年(?)ぶりに全員集合して飲み倒した「いとこ会」。47歳、6年ぶりの引っ越しの、譲れない条件。気づいたら号泣していた「ボヘミアン・ラプソディ」の“胸アツ応援上映”。人間ドックの検査結果の◯◯という一言。ただただ一生懸命生きる“あちこち衰えあさこ”の毎日。

いとうあさこ『あぁ、だから一人はいやなんだ。』

ぎっくり腰で一人倒れていた寒くて痛い夜。いつの間にか母と同じ飲み方をしてる「日本酒ロック」。緊張の海外ロケでの一人トランジット。22歳から10年住んだアパートの大家さんを訪問。20年ぶりに新調した喪服で出席したお葬式。正直者で、我が強くて、気が弱い。そんなあさこの“寂しい”だか“楽しい”だかよくわからないけど、一生懸命な毎日。

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