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猫屋台日乗

2024.02.17 公開 ツイート

中華って何だ?

テキトーな中華でも、生ビールと、ピータンか腸詰さえ置いてあればどこでもOK! ハルノ宵子

完全予約制の、知る人ぞ知る『猫屋台』の女将であり、吉本隆明氏の長女・ハルノ宵子さんがその日乗を綴った『猫屋台日乗』より「真っ当な食、真っ当な命」をめぐるエッセイをお届けします。

大将は、ちょっと東映映画に出てくるような、太い眉毛のちょい悪コワモテ風おやじで、出っ張った腹に下着一丁で、勢いよく鍋を振っていた。大将の風情といい手際といい、絶対に美味しいはずなのに、なぜか吐く程マズかった。麺は伸びきり、チャーハンの皿を傾けると、20㏄位の油がたまった。

中華って何だ?

実は中華料理って、あまり好きではなかった。というか、なじみがなかった。

もちろん“町中華”は、子供の頃からあったが、食べるのはラーメン、チャーハン位で、他に何があったのか、メニューすら見なかった。今思えば惜しいことをした。

よく父に、買い物がてら連れられて入ったのは、谷中銀座の「夕やけだんだん」(言っておくが、昔はこんな名前付いてなかったからね)を下った角にあった、『生駒軒』という店だった。しかし父だって好き嫌いが多いので、食べられるのはラーメン、チャーハン、餃子程度だ。お子ちゃま舌だった私にとっては、見た目が地味な中華よりも、オムライスやナポリタンなどの洋食の方が、魅力的だった。

本格中華は繁華街に1、2軒ある程度だったので(しかも誰も好きではなかったし)、浅草『セキネ』の肉まんや、シュウマイしか食べたことはなく、特に美味しいとも思えなかった。先日『セキネ』のお持ち帰りで、買って食べてみたら、まったく思い出と同じ味だったので、納得した。

これはホンモノの中華じゃないんだ。『崎陽軒』の「シウマイ」同様、つなぎたっぷり懐かしの、昭和の味だったのだ。

現在の家に越してきた40年前、ごく近所の大通り沿いに、Tという中華屋さんがあり、いつも出前を頼んでいた。出前持ちの奥さんは、気さくで田舎のおばちゃんといった風情の、おしゃべり好きだった。大の猫好きで、うちが留守中、外猫のエサやりのお願いをしたりした。

大将は、ちょっと東映映画に出てくるような、太い眉毛のちょい悪コワモテ風おやじで、出っ張った腹に下着一丁で、勢いよく鍋を振っていた。大将の風情といい手際といい、絶対に美味しいはずなのに、なぜか吐く程マズかった。麺は伸びきり、チャーハンの皿を傾けると、20㏄位の油がたまった。父はたいがい、ラーメンかレバニラ炒め、母は食べられる物がナイと、夏は冷やし中華、冬はタンメンだった。私はよく、オムレツを頼んだ(中華にオムレツがあるのもナゾだが)。オムレツは、表面はコゲ気味、中はドロドロだったが、細かく切ったチャーシュー、ナルト、玉ねぎやピーマンなどが、たっぷり入っていた。巨大なので、食べ切れたためしはないのだが、何でか懐しくなり、自分でも作ってみる。しかし、あのオムレツに使われた卵の数(4、5個?)と油の量を考えると、あそこまで振り切る勇気はなく、決して同じ味にはならない。

今思うと、父が時々作った具入りオムレツに、似ていたのかもしれない。

こんな経験ばかりだから、一応マトモな中華料理を食べたのは、30代に入ってからではないだろうか。それでもさほどピンとこなかった(まだ上には上が、あるのだろうが)。

この頃は、私の味覚が急速に広がって行った時期だった(つまりやっとオトナ舌になったのね)。何でも食べられるようになったし、1度食べたら何料理であれ、ほぼ味を覚え、再現できるようになった。うちでも中華を作ってみたいところだったが、父は酢と魚介がキライで、香辛料を使った料理など、味の正体や食感が分からない物はダメだし、母は油っこい物全般がムリなので、作りようがない。

現在、時々お客さんなどに、たとえばエビチリなんか、ちゃんと良い材料を使って、ていねいに下処理をして作ったら、それなりに、なまじの店より美味しいんだよな──とは思うが、やはりホンモノの中華ではないのだろう。

食文化が豊かな国の料理は、皆そうだ。フランス料理だって、超高級古典的料理から、創作料理、家庭料理まで、これがスタンダードだ──と、どれも言い切れない。以前にも書いたが、使う油1つにしても、バターかオリーブオイルか、バター派地方の中でも、有塩か無塩かで分かれる。

日本だって、超高級懐石料理や、回る寿司、回らない寿司。郷土料理なんて時々「ウッソ~!」と思う物もあるし、各家庭料理、出汁や味噌やしょう油の味も違う。そして他国の料理をバンバン取り入れ、逆に取り入れられたりする。今やラーメンも餃子も、カレーもナポリタンも(イタリア人は激怒するらしいが)、国民食と言っていいだろう。

中国はメチャだだっ広いから、北京、広東、上海、四川と、それぞれ食材や香辛料が違うし、その中でもさらに細分化されるのだろう。だからもう、自分が中華だと感じる物が、中華料理でいいのだ。

2000年代頭頃から、これまでの町中華を巻席する勢いで、中国人経営の中華店が増え始めた。一見して分かる、ハデハデしい電飾や、赤系の看板が目立つ店がそうだ。だからって、ホンモノの中華ではない。8割方は、「日本人には、コレでいいんでしょ?」って感じの、業務用スーパーのギョーザ、点心、ラーメン、麻婆豆腐定食など、化学調味料てんこ盛りの、テキトーな中華だ(中にはまれに、地域同胞の食堂化している、ディープな店も紛れているのだが)。しかし私はよく利用する。ガッツリ料理を食べる気はないし、店の前のメニューをガン見して、生ビールと、ピータンか腸詰さえ置いてあれば(何せコレは、切るだけだしね)、どこでもOKなのだ。

近所にも、それ系と言っていい店がある。1人飲みでも入るし、友人Mちゃんの家との中間地点にあるので、ブツの受け渡しとか、ちょっと1、2時間話がある時などに、よく利用する。 味はまぁ、可もなく不可もなくだが、店は広々としてるし、ビールがいつも美味しいし、ピータンと腸詰があるので、文句はない。気の毒なことに、この店の通りを挟んだほぼはす向かいに、TVでもよく取り上げられる、超有名町中華があるのだ。そこは極寒だろうが炎天下だろうが、いつも、20、30人(時には数十人)の、行列ができている。美味しいことは美味しいけど、そこまでの店だったっけ? 昔は普通に入れて、生ビールと鶏そばなんか食べたのだが、今や地元民は近付けない。

──で、こちらの中華店は閑散としているが、お昼時には(有名町中華にあぶれた?)お客でそこそこ埋まるし、広々としているので、大学のサークルや、年配客のグループや家族連れには都合が良く、けっこうお客さんは絶えない。何よりも、ここの店主のお兄さんの接客が秀逸なのだ。色白で、ちょっと「はんにゃ」の金田(を少々ふくらませた)似で、イケメンの部類に入るだろう。特に年配客に優しいので、も~おばさんはコロッと参ってしまった(真に受けるなよ!)。

以前私が1人飲みをしていた時のことだ。突然「ウ~! ア~!」と、大声で叫び、白髪を振り乱して、手押し車を押しながら、お婆さんが入って来た。お婆さんは「ウ~! ア~!」と、トイレの方を指さす。ろう唖の人なのか、単に発語ができないのか、あっけにとられて見ていると、店主のお兄さんは、「はいどうぞ」と、トイレのドアを開けた。間に合わなそうで、焦ってたのか。用が済んでトイレから出て来たお婆さん、席に着くのかと思いきや、そのまま「ウーアー」と、手押し車で出て行ってしまった。ア然として見ていると、お兄さんは、「またどうぞー」と、にこやかに見送った。何だったんだ!? あのお婆さんは。トイレを借りに来る常連だったのだろうか──にしても、あの対応は私でも難しい。その日から、密かにお兄さんを尊敬している。

私の『それでも猫は出かけていく』の中国語版が出た時、まぁ~中国の出版社はお金持ちなのか、見本を20冊も送ってきた。「どーすんだよコレ!」。自分でも読めないし、中国人の友だちもいないし──「あ、そうだ!」と、中華店のお兄さんに、「お友だちでも、知り合いでも、猫が好きそうな人に配ってください」と10冊贈呈した。それからというもの、「おカさん(お母さん)、スゴイ人です」と、慕ってくれる。

ある日Mちゃんと、この店で“密談”などしていると、元気なチビッ子が走り回ったり、椅子の手すりを乗り越えたりと、遊んでいる。接客をやっている奥さん(彼女もけっこうカワイイ)が叱っても、おかまいなしだ。お兄さんに「坊っちゃんですか?」と尋ねると、4月には小学生になると言う。するとお兄さん、いきなり「この辺にブッケンありますか?」と、尋ねてきた。「へ? ブッケン~?」と、Mちゃんと顔を見合わせた。

つまり物件──できれば新築の1戸建てがいいそうだ。ここは店だけで、住まいは県境をまたいだ隣県のK市にあるのだと言う。確かにそこには、有名な中国人コミュニティーがある。店を終えて帰ったら、翌日になることだろう。そりゃたいへんだ。 お兄さんは息子をこの辺の小学校に入れたいのだと言う。住んでる辺りの子供は乱暴だ。

この辺の子供は、お客さんでもおとなしくて、行儀がいい。この辺の小学校に入れたい。

「どこが一番いいか? S小か? 高校はどこがいい?」と、グイグイ来る。かなりの“教育パパ”だ。私はずっとこの辺育ちだし、Mちゃんも息子2人を育てているので、学校のレベルは熟知しているが、最近のこの区は文教地区として有名になり、子育て世代には人気となっている。新築1戸建てとなると、かなりお高いだろう。するとMちゃんが、「失礼ですが、ご予算はおいくら位?」と聞いた(マジ失礼だ)。するとお兄さん、あっさり「○千万」と答えた。「おっ金持ち~!」と、2人同時に驚いた。それでもまだ、少々足りないかもしれないが、かなりの額だ。

「それは私たちなんかじゃなく、ちゃんと不動産屋に行くべきよ」「まず賃貸マンションに住んで、そこからゆっくり探したら?」などとアドバイスしたが、その奥には、正規の不動産屋では受け入れてもらえない、知己を頼って何とかならないものか──という、苦しい思いが透けて見えた。

中国の人は、1度胸襟を開いた友人には、あっさり年収まで明かしちゃうと聞いたが、本当かもしれない。ブッケンの件は、ビンボーで力のない私たちには、どうすることもできないが、友人として言ってあげたい。

あなたが憧れてやって来たであろうこの国は、今や落凋の淵にある。もはや学歴や、いい会社なんてイミを成さなくなってきている。それよりも、あの伸び伸びした坊っちゃんには、好きなコト興味あるコトだけやらせてあげようよ。きっと幸せになるよ、だいじょうぶ。あなたの子供なんだから。

関連書籍

ハルノ宵子『猫屋台日乗』

完全予約制の、知る人ぞ知る『猫屋台』の女将・ハルノがその「日乗」を綴り始めたのはコロナが蔓延り始めた2020年の春。女将は怒っていた。緊急事態宣言、アルコール禁止、同調圧力、自粛警察……コロナが悪いんじゃない、お上が無能なんだ――と。怒りの傍ら綴るのは、吉本家の懐かしい味、父と深夜に食べた初めてのピザ、看板猫・シロミの死、自身の脱腸入院、吉本家の怒涛のお正月、コロナの渦中に独りで逝った古い知人……。美味しさとユーモアと、懐かしさ溢れる、食エッセイ。

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