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いま気になること

2024.01.08 公開 ツイート

佐々木秀夫氏に聞く#2

「怒羅権」創設者があえて言う。「闇バイトで弱い人を襲う、いまの若い子の倫理観は壊れている」 石井光太

チャイニーズマフィア「怒羅権(ドラゴン)」創設者で、服役を繰り返してきた佐々木秀夫氏だが、現在は正業に就き、YouTubeでも発信を続けている。更生へと踏み出す転機は、いつ、どのように訪れたのか? 頻発する10代・20代若者による凶悪事件に思うこととは? 作家の石井光太氏が迫るインタビューの第2回。

 

人生で初めて、失いたくない家族を持った

「怒羅権」創設者にして初代代総長の佐々木秀夫氏。現在は大工にしてYouTuber(写真:隼田大輔)

夜の街で、佐々木氏は巨大な権力を手にしていたが、必ずしも安穏とした日々を過ごしていたわけではなかった。怒羅権の壊滅を掲げる警察からは常に狙われていたし、膨れ上がった組織内で頻発するトラブルにも対処しなければならなかった。そうした中で、佐々木氏はいく度も刑務所に収監されることになる。

佐々木氏は言う。

「ワルをしている時って自分が捕まるとは思ってないんですよ。ずっと今がつづくと思っている。けど、逮捕され、何年か懲役を務めて刑務所から出くると、組織の中での立ち位置が変わっていたり、知らないことが起きていたりする。若い子たちの感覚やシノギにギャップを感じることもありました」

先述のように、怒羅権は暴力団のような確固とした組織ではない。ゆえに、内部の権力構図や外部との関係は刻一刻と変化している。懲役からもどってくるたびに、そうした変化を受け入れ、新しい状況に適応していくのは決して容易いことではないはずだ。

そんな佐々木氏を変えたのが、9年前に出会って結婚した妻の存在だった。夜の街で働いていた日本人の彼女は、佐々木氏と出会って間もなく、長男を出産する。佐々木氏にとっては二度目の家庭だったが、それは同じ残留孤児の女性とした初婚の時とはまったく異なるものだったという。

佐々木氏は話す。

「俺はDVの家庭で育ったから、家庭が温かいものだって想像したことすらありませんでした。初婚の時はそんなものを感じたことがなかったので、家のことはろくにしなかったし、外で遊んでばかりいた。でも、今の日本人の嫁は違いました。家にいるだけで安心できて、何気ない話をしている時や、子供の面倒を見ている時に、こんなに幸せでいいのかと思うほど落ち着ける。ああ、これが家庭なんだって初めて感じました」

そんな矢先、佐々木氏は恐喝の罪で北海道の月形刑務所に3年ほど収監されることになる。だが、妻が佐々木氏を見捨てることはなかった。それどころか、まだ幼い子供を連れてわざわざ北海道にまで面会にやってきてくれたのだ。

佐々木氏は刑務所の面会室で妻子の顔を見る度に「家族を失いたくない」と強く思うようになった。十代の頃から暴力によってありとあらゆるものを手に入れたはずの彼が、四十代の終わりになって初めてそれ以上に大切なものを見つけたのである。

月形刑務所を出所した後、佐々木氏は犯罪から完全に足を洗う決意をする。自分が罪を犯さなければ、家族と離れ離れるになることはない。それが更生の理由だった。

彼は旧知の会社経営者に連絡をし、自分を雇ってくれと頼んだ。ほとんどの社長がその言葉を信じなかったが、一人だけ受け入れてくれる人がいた。リフォーム事業を手掛ける工務店の社長である。彼の下で佐々木氏は仕事のイロハを学び、大工として独立を目指すことになったのである。

もうワルをして捕まるわけにはいかない

こう見ていくと、佐々木氏の更生のきっかけにはタイミングも大きく影響していたのだろう。

1990年代にマフィア化した怒羅権だが、その後のグローバル化や情報化などの社会変化の中で、その役割は否応なく変わっていった。裏社会のシノギの形は大きく変化し、在日中国人の地位も性質も違ったものになった。そうなれば、佐々木氏を取り巻く環境も大幅に変化することになる。

若い時ならましも、五十路を前にすれば、新しいことに一々対応していくことにも疲れてくる。そんな時に、初めて温かな家庭を手にすれば、それを失いたくないと考えるのは必然だ。

また、彼が組織の創設者だったことも幸いしたかもしれない。下っ端の暴力団のように「組を辞めるなら一億用意して指を詰めろ」と脅されることもなければ、暴排条例の5年ルールに縛られることもない。他人にとやかくいわれず、自分の道を自分で決めることができる立場にあった。

とはいえ、中学生の頃から四半世紀にわたって悪の限りをつくしてきた人間が簡単にそこから抜け出すことができるのか。

佐々木氏はこの点について語る。

「たしかに夜に友達と飲んでいる時に、ふと覚醒剤の誘惑にかられることもあります。それでもそれをせずにいられるのは、家庭の温かさを守りたいという気持に加えて、ユーチューバーという肩書も大きいと思っています。YouTubeで顔を出して過去を赤裸々に話し、かつての友達にまで出演してもらっている。不良時代のことを書き綴った自伝だって出版しました。そこまでやってしまったからには、今になってワルをして捕まるわけにいかないっていう気持ちがあるんです」

今の状態で問題を起こせば、自分だけでなく、大切な友人や家族の人生をも踏みにじることになる。工務店の社長を含め、自分を使ってくれている職場の人への裏切りにもなる。そのことへの危機感が、犯罪を踏みとどまる理由になっているのだろう。

「俺はYouTubeを開始した後、NPO法人『明日がある』を立ち上げました。いつかはここを使って社会貢献をしたいと思っています。ただ、そんな俺の願いを簡単に受け入れてくれるほど社会が甘いもんじゃないこともわかっています。俺はまだ出所して5年です。最低でも10年は再犯をしない人生を送って初めて人は信じてくれるんだと思っているんです」

佐々木氏がNPOを通じてやりたいのが、若者の更生支援だそうだ。これまで自分がどんな道を歩んできたのか、なぜ犯罪から足を洗って更生するようになったのか。そのことを道を外れそうな若者に伝えたいのだという。

しかし、そんな彼にも、今の若者たちのことで解せない点があるという。

「俺の体験を伝えることで、若い子たちの役に立てばと思っているけど、うまくいくかどうかわからないところもあるんです。最近の若い子は闇バイトで知り合った奴らと、体の弱いお年寄りを襲って金を奪い取るってことを平気でするじゃないですか。なんで、あんなことができるのか、その感覚がわからないんです。お年寄りの痛みを考えたことがあるのか、おまえは本当に人間なのかって思ってしまうんです」

読者の中には、この言葉を理解できず、首を傾げる者もいるかもしれない。これまで佐々木氏は怒羅権のトップとして他人を刃物で刺したり、犯罪によって膨大な額の利益を手にしたりしてきた。それと今の若者がやっていることと、どう違うのか。

佐々木氏は答える。

「俺らの世代がしていた犯罪は、同じワルに対してふるう暴力だったり、パチンコなど機械に対して行うものでした。ヤクザや半グレを刺したことは数えきれないほどあるけど、カタギの人を襲ったことはありません。パチンコ店や中国人パブから金を巻き上げたことはあっても、一般のレストランやスーパーに対してそれをしたことはありません。そういう線引きがあったんです」

この理屈に疑問を呈する人はいるだろう。しかし、世間の常識は別のところで、彼らには彼らなりの倫理があり、それを守って犯罪をしているぶんには、周囲から信望を集め、権力を握ることができた。そんな秩序の中で生きてきたゆえに、佐々木氏今の無秩序な状況に一石を投じたいと思っているのだ。

佐々木氏はつづける。

「言わせてもらえば、今の若い子の倫理観は壊れてるって思っています。ただ、そういうことも含めて誰かがきちんと言っていかなければならない。俺がやりたいと思っているのは、そういうところで発言していくことです」

佐々木氏の主張を聞き流すのは簡単だ。だが、一度犯罪の世界にどっぷりとつかった者だからこそ、現在の若者の心に言葉をかけられるということもある。当事者ならではの重みは何にも代えがたい。

彼は言う。

「今はまだ難しいと思いますが、いつの日か、NPOの代表として少年院で講和をしたいと思っています。少年院にいる子たちに俺の話を聞かせたいのです」

少年院で講話をするという目標が叶うのか否か。それは今後の、佐々木氏の生き方次第といえるだろう。

*   *   *

※佐々木秀夫氏のYouTubeチャンネルはこちら→正統版 佐々木秀夫チャンネル

佐々木秀夫『怒羅権 初代 ヤクザが恐れる最凶マフィアをつくった男』

暴力団も警察も恐れた史上最凶の半グレ集団「怒羅権」――。中国残留孤児2世を中心とした半グレ集団の初代総長、佐々木秀夫による初書籍がついに刊行。なぜ怒羅権は誕生したのか? なぜヤクザすらも恐れたのか? なぜ警察権力に歯向かい続けたのか? なぜマフィア化したのか? 東京での闇社会への影響力はあの関東連合をも凌ぐといわれた半グレ集団の謎に包まれた実態を、初代総長が語り尽くす!

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石井光太

1977年東京生まれ。作家。国内外の貧困、災害、事件などをテーマに取材・執筆活動をおこなう。著書に『物乞う仏陀』『絶対貧困 世界リアル貧困学講義』『遺体 震災、津波の果てに』『「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち』『浮浪児1945- 戦争が生んだ子供たち』『原爆 広島を復興させた人びと』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『本当の貧困の話をしよう 未来を変える方程式』『格差と分断の社会地図 16歳からの〈日本のリアル〉』など多数。2021年『こどもホスピスの奇跡 短い人生の「最期」をつくる』で新潮ドキュメント賞を受賞。

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