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想像してたのと違うんですけど~母未満日記~

2023.12.09 公開 ツイート

「泣いてもいいよ」が息子を強くしている 夏生さえり

赤ちゃんの「泣く」には、本当にいろんな論があって、SNSでは毎日やんややんやとやりとりが盛んに行われている。泣くと肺が鍛えられていい、とか、「赤ちゃんは泣くのが仕事だ」とか。あとは逆に「泣かせない育児を心がけている。様子をしっかり見ていれば、泣く様子を見ることは滅多にない」と書いていた方もいて、「こまやか!」と称賛する声もあれば、「いや、少しは泣かないと情緒が育たない」「自己表現が乏しい、サイレントベビーになる」なんて批判もあるなど、本当のところはわからないけれど、いやはや、じつに様々だなという感じ。

 

さらに子どもも、まじで多種多様。「生まれながらの個性×育て方」で、無限のパターンに枝分かれしてゆくので、もはや他人の意見なぞなんの意味もない領域なのだけど、それでも親としては「いったいどうすればいいのだろう」と誰かの真似をしたり、誰かの意見を参考にしたりと、あれこれ奮闘しながら育児をしているもんである。

私の場合。シンプルに、あんまり泣いて欲しくないな……と、思っていた。

まず、泣かれると、想像以上に焦る。そもそも「ふぇふぇ」と泣いてくれりゃ、どっしり対応できるけど、赤子の泣きのボリュームはデカイ。リモコンの誤操作で、突如テレビの音量がバカでかくなったときの人間の慌てようを想像してもらえばと思うが、騒音が発生すると、人は愚かなまでに慌てるもんなのです。

そんでもって、泣かれている間、意思疎通が不可能でしんどい。「大丈夫だよ、今ミルクつくっ「フングュエエエエエエーーーーーーン!(訳:信じられないくらいお腹が空いたんですけど!?!?!?)」」「……あのね、今つくって……「ンギャイイイイイイイイーーーー!!(訳:おい聞いてんのか!?)」」ってな具合なので、焦るorほぼ半ギレで対応してしまう。

そしてもちろん、できるだけ、快適に暮らして欲しい、というのもある。

心地よかった腹のなかを出て、あつかったりさむかったりまぶしかったり、そんでもって腹は空くわ、おしりは気持ち悪いわ、ねむくてもなかなか寝られなくてイライラするわ、なにやらずっしり体が重くて、思うように動けもしないなんて、不憫だ。さらに、すこし大きくなれば、今度は行きたい場所に思うように行けず、伝えたいことをうまく伝えられず、食べたいモンも食べられず、けれどその不満を伝えるすべももっていない。本当に不憫。

もうちょっと大きくなって、いわゆる1歳半以降の「イヤイヤ期」と呼ばれる時期なんて、もっともっと不憫。言えそうで、言えない。相手が言っていることはわかるのに、こっちの言いたいことはなかなか分かってもらえない。唯一の理解者であるはずの親も、ニコニコ笑顔で、トンチンカンなことばっかりしてくる。こっちはバナナの皮を自分で剥きたいっていうのに親が目の前で剥いてくるわ、勝手に半分に切ってくるわ、着たくもない服を着せてくるわ、遊びに夢中なのに、やれオムツ替えようだのご飯食べようだの風呂入ろうだのと煩いし、絵本を破ってみたいこっちの気持ちはちっとも理解しちゃくれない。

って、そういうことを想像しただけで、そりゃイライラするよな……イヤイヤ期っていうかイライラ期だよな……って共感しちゃう。ということで、私は一度も「泣くのが赤ちゃんの仕事だよな」みたいな気持ちにはなれず、親の都合でこの世にやってきたなら、悲しいことは少ないといいな(あとうるさいのは嫌だしな)、っていう気持ちだった。

だから生まれた時から、泣いたら急いで抱きしめて「泣かなくていいんだよ。大丈夫だよ」と、優しく声をかけていた。少し大きくなって、転んで痛がる時にも、「大丈夫、大丈夫」となだめて、時には「痛いの痛いのとんでけーっっ!」と笑わせた。息子はすぐに泣き止んでくれた。あまり泣かない子で、親としてもありがたかった。

しかし、だんだんと息子は育ってゆく。

私たちのごまかしにも応じず、不快を訴えるだけではなくあらゆる理由で泣く、泣く、泣く。まだ遊びたい、あっちに行きたい、これ食べたい、お風呂は嫌、何が嫌だかわからんが何もかもが嫌……。声のボリュームもさらにでかくなり、彼のイライラも手に取るようにわかり、言葉も通じるが、気持ちが通じない。このイヤイヤ期、どう対応するべきか……。ちゃんと言葉で説明したり、気持ちに共感したりするといいらしい、と読んで、「まだ遊びたい!」という息子に「遊びたかったよね」と声をかけた。

「遊びたかったよね。よしよし大丈夫。もう泣かなくていいんだよ」

すると、息子はもっともっと泣くのだった。

「イヤーッ! イヤーッ!」

どうしたもんやら……。イヤイヤ期は、親が言うこと全部に反発したいだよなあ。それで試しに、こう言ってみることにした。

「……。泣きたくなっちゃったよねえ。じゃあ、いっぱい泣いちゃお。ママ、抱っこしてるから。いーっぱい泣いてもいいよ!」

その言葉を聞いている間だけ少し泣き止んで、不思議な間を置いてから、「ウワーン」と再び泣き始めた息子。背中をさすりながら「泣きたいね。泣きたいよね。いっぱい泣いてね」と伝えると、そこからきっかり4回、「エーン、エーン、エーン、エーン」と言ったあと、サッと離れて自分で手の甲で涙を拭き、「もうエーンエーンちない。おちまいにするの」と伝えてくるではないか。すごい。これがイヤイヤ期? 天邪鬼の化身? 反対のことを言いたいだけ?

はじめはそう思ったけれど、違った。

その後も、彼が泣くたび「ママが抱っこするから、泣いちゃおうね」と伝えると、安心したように大きな声で泣いたあと、たった数秒でサッと気持ちを切り替えるではないか。もしかして、彼が求めているのは、これだった?

そういえば、転んだ息子に夫が「大丈夫だよ。痛いの痛いのとんでけ」とふざけていたとき、息子が笑いながらも、複雑な顔をしたのをみたことがある。口だけは笑みが続いていて、けれど眉はまだ下がっていて、悲しい気持ちと楽しい気持ちがぐちゃぐちゃに混ざり合って、気持ちの扱いに困っている顔。まだ抱っこしてほしかった。まだ慰めてほしかった。まだ泣きたかった。けれど、切り替えるしかなくなった……そういう顔に見えた。そうだよね。痛さは、飛んでいったりしない。痛みや、驚いた気持ちや、怖かった思い。一体どこに飛んでいくっていうんだろう。

「大丈夫だよ」「泣かなくていいんだよ」「もう平気だよ」。

もしかしてそれって、優しいふりをして、息子の泣きたい気持ちを否定していた? 結局、泣かないでほしいっていう親の願いを押し付けていただけ? 赤ちゃんの頃は「快適でいてほしい」って一心だったけど、いまはどう? 泣かないのが本当に快適なの?

――2歳3ヶ月ごろ。

喋れるようになった息子は、泣く前に「ちょっとかなしくなっちゃったの」と伝えてくるようになった。「まだ、あそびたくて、でも、ママが『ねんねするよ、もうおしまいだよ』っていうから、かなちくなっちゃったの」としっかり気持ちを伝え、目に涙をいっぱい溜めて、口を尖らせる。「そっかぁ……。遊びたかったよね。寝なくちゃいけないなんて、嫌だよね。エーンエーンしたくなっちゃった? ママが抱っこしてるよ。いっぱいエーンエーンしてもいいよ……」。あの時から変えた声かけ。そうすると「ウン」とうなずいてから、大声で泣き始める息子。ぽろぽろと大きな涙を頬の産毛にからませ、床にパタパタこぼしながら、私にしっかり抱きついて泣く。

「たくさんエーンしちゃお。ママ、ぎゅってしてるね」

そう伝えると、エーンエーンエーンと大声で泣いて、ほんの20秒くらいで泣き止む息子。そして言う。

「もうエーンエーンちないよ……。ねんねする。さっき、ちょっとだけ、エーンエーンちたけど、もうちないの……」

手の甲でぎゅっと涙をぬぐった息子は、すこしの笑みを浮かべ、さっぱりと流しきった顔をしている。ときには、「エーンエーンちたいの……だっこちて……」と言ったあと、「ごめん! ちょっと待ってね! 洗い物終わったらすぐそっち行くからね」と声をかけることもあった。そのときも息子はちゃんと待っていて、「おまたせ! エーンエーンしようか」と抱きしめると、やっと泣き始める。その計画的な姿にはちょっと笑ってしまうけれど、同じように少し泣いたら、すっきり切り替えて、すぐに遊びに戻っていく。イライラして、わがままを言いまくって泣き出すときも同じ。自分で「もう、おちまいなの」と泣き止む。泣き止むときも、「えらいね」と言わず、「そっか。もうおしまいなんだね」と返す。泣き止めば褒められると思って欲しくないから。泣くことも自然なこと、そして、泣くのをやめることも自然なこと。誰かに褒められるからすることじゃない。そう伝えたいと思った。

ちゃんと待てば、きみは、自分で切り替えることができるのか。ママやパパが必死にふざけなくても、たった2歳でも、ちゃんと受け止めてもらえる状態で気持ちをながしきったら、前をむけるのか。それは、なんて、強いんだろう。

大人になるにつれてネガティブな気持ちは増えるのに、大人になってもネガティブの扱い方を知らないのは、泣かないほうが褒められると思い込んできたせいかもしれない。泣くと誰かを困らせる。「明るい状態」が善で、「暗い状態」は悪いもの、と思ってしまったせいかもしれない。「泣いていいんだよ、いっぱい泣いちゃえよ」って励まされたら、どれだけ楽になれるだろう。「こんな気持ちを持っていてはいけない」と自分を否定しないでいられたら、どれだけ心強いだろう。

以前、知り合いが「子供が鬱っぽくならないように育てるにはどうしたらいいのか……」とポロっとこぼしたことがあったけど、私は「ネガティブな気持ちも大切だよ。その気持ちも、全部あなたなんだから」と伝えられる親になりたい。天気が移ろうように、ネガティブな気持ちもいつかちゃんと流れていく。だから安心して、ちゃんと待てるようになってほしい。息子本人も。そして、見守る私自身も。

きみが泣くだけで、愚かなまでに慌てふためいていた母ちゃんも、2年でやっと「泣いてもいいよ」と言えるようになったよ。まだ、どっしり構えることはできていないけど、母ちゃんもこれから一緒に成長するね。

だから、泣きたい時は泣いてね。その涙が、わたしの服を濡らすことも、そのうち無くなってしまうから、私がきみをちゃんと抱きしめられるうちに、たくさん泣いてね。泣くことしかできなかったころも、きみが大好きだったから大丈夫。安心して、いっぱい、泣こうね。

夏生さえり『揺れる心の真ん中で』

あの靴が似合わなくなったのは、いつからだろう――20代後半。着られなくなった服。好きになれなくなったもの。恋ってなんですか。愛ってなんですか。変わりゆく心と向かいあった日々の先で、彼女はひとつの答えにたどり着く。みずみずしい感性と文体で新時代の書き手が赤裸々に綴った、悩める女性たちに贈るメモワール・エッセイ。

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夏生さえり

山口県生まれ。フリーライター。大学卒業後、出版社に入社。その後はWeb編集者として勤務し、2016年4月に独立。Twitterの恋愛妄想ツイートが話題となり、フォロワー数は合計15万人を突破(月間閲覧数1500万回以上)。難しいことをやわらかくすること、人の心の動きを描きだすこと、何気ない日常にストーリーを生み出すことが得意。好きなものは、雨とやわらかい言葉とあたたかな紅茶。著書に『今日は、自分を甘やかす』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『口説き文句は決めている』(クラーケン)、共著に『今年の春は、とびきり素敵な春にするってさっき決めた』(PHP研究所)がある。Twitter @N908Sa

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