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おしゃべりから始める私たちのジェンダー入門

2023.10.30 公開 ポスト

「天才ってこういう人のことか!」バラエティー番組の常識を超える森川葵の圧倒的な“すごさ”清田隆之(桃山商事)

清田隆之さんによる“能力”への見解を著書『おしゃべりから始める私たちのジェンダー入門』よりご紹介します。

テレビのジェンダーロールも塗り替える

俳優の森川葵がすごい。本当にすごい。レギュラー出演しているバラエティー番組『それって!? 実際どうなの課』(日本テレビ系)でとにかく「すごい!」としか言いようのない才能を発揮しまくっていて、視聴者として毎回そのすごさに圧倒されている。

(写真:UnsplashのGlenn/Carstens-Peters)

この番組は出演者が様々なことにトライしていくバラエティーで、森川は「知られざる世界の達人たち!」というコーナーを担当。これまでけん玉、石積み、クレーンゲーム、水切り、ゴム銃、ダイス・スタッキング、スポーツスタッキング、バブルアート、テーブルクロス引き、カード投げ、アーティスティック・ビリヤード、ヨーヨー、皿回し、デビルスティック、フォーク曲げ、レインボースプリング、アーチェリーのトリックショット……などなど、いわゆる「大道芸」と呼ばれるような、あるいはかつての『新春かくし芸大会』で披露されていたような技の数々に挑戦してきた。

コーナー名が示しているように、この企画は最初、知られざる芸の世界を森川が訪ね、その道の達人に熟練の技を見せてもらうという趣旨だった。実際に初期のけん玉編ではそのような構成になっていたのだが、番組の終盤で「1ミリけん玉」が紹介された際に自分も挑戦してみたいと申し出る。これは「1ミリのけん先に穴が2ミリの玉を通す」というスゴ技で、上級者にとっても難易度の高いものだというが、なんと彼女はこれをあっさりと成功させてしまう。これが“伝説”の始まりだった。

ここから森川は驚異的なセンスを発揮し、何に挑戦しても瞬時に技を習得し、達人たちが数年かけてマスターしてきた技の数々をたった1日で成功させてしまうというパターンを確立していく。

芸能人がこの手のスゴ技に挑戦する企画自体はよく見かけるもので、その多くは壁にぶつかりながら練習を重ねるという展開になっていく。「試練×努力×諦めない気持ち」のセットで、成功しても失敗しても最終的には「感動」の文脈に落とし込まれるのが常だが、森川はそれを完全に無視し、一発で成功させてしまったり、ときには達人をも超えてしまったりする

素人とは思えない速度で上達していくため、その技が難しいものだと伝わりづらかったり、達人がすごい人に見えなかったり、VTRとしての“撮れ高”が不安視されたりという困難すら生じ、番組サイドも「バラエティーの法定速度を守らない」という意味を込めて“ワイルド・スピード森川”と命名。企画の趣旨が「見学」から「挑戦」に変わったばかりでなく、今ではもはや彼女のすごさをひたすら堪能するコーナーになっている。

ひと言で言えば「センスがいい」となるのだろうが、そこには様々な能力が関与しているように感じる

例えば目の前で起きていることのメカニズムやバランスを把握する力、「身体や道具をこう動かせばこうなるだろう」という運動イメージを描く力、それを実際に体現する運動神経や身体能力。

また、達人による手本を忠実にトレースする力、アドバイスを瞬時に理解して身体に落とし込む力、同じ動作を繰り返しながら微調整を行っていく力。

さらには絶対に諦めない精神力、未知のことにワクワクできる探究心、プレッシャーや制限時間の中でも途切れない集中力……などなど、とにかく心身ともにすごすぎて、「天才ってこういう人のことを言うんだろうな」と思わずにはいられない

しかし、森川葵はそれだけにとどまらない。彼女はバラエティーの法定速度だけでなく、固定されているジェンダーロールすら塗り替えてしまうかもしれない点もすごい

例えばテレビの世界には、「男性司会者と女性アシスタント」のような男女の役割分担がいまだに根深く存在しており、この手のチャレンジ企画でも「男性がスゴ技を披露し、女性がそれを見て感心する」というのがお決まりの構図だが、森川のコーナーではそれが見事に逆転していく。

登場する達人たちは男性ばかりで、パッと見は「いかにもテレビ」という景色に映らなくもないのだが、体験レッスン生だったはずの森川が恐ろしい勢いで上達し、逆に達人たちがオーディエンスと化していく構図はこれまでのバラエティー番組にはなかったものだ。

さらに、達人たちもそれぞれの芸に向き合う探求者という感じで、威圧的なところが一切ない。むしろ、一人でも多くの人に芸や競技の魅力を伝えたいという熱意に溢れ、コーチングも的確で、ときには種明かしになってしまいそうな部分まで惜しげもなく伝授してくれる。そして爆速でスゴ技をマスターしていく森川に心からワクワクしている様子で、その清々しさも番組の大きな魅力となっている。

テレビはジェンダー観の形成に影響を与える装置の一つだろう。例えば「父親は会社で働き、母親が家事・育児を担う」という家族像や「男性がリーダー、女性はフォロワー」といった役割分担などが典型的だが、そういった構図がドラマやバラエティーのなかで繰り返し描かれることによって、それが“普通”の家族であり、男女の役割とはそういうものなのだというイメージが視聴者に刷り込まれていく。

いくら見ない人が増えているとはいえ、テレビ番組がいまなお何百万人・何千万人という単位の視聴者に見られ、また出演者も人気や知名度が高い人たちばかりであることを考えると、その影響力はやはり計り知れないものがある。

私は以前、『「テレビは見ない」というけれど エンタメコンテンツをフェミニズム・ジェンダーから読む』(青弓社)という本に「人気バラエティー番組でのジェンダーの“描かれ方”」と題した論考を寄せたことがある。前述の箇所はそこからの引用だが、バラエティー番組の出演者では男性が女性の2倍、テレビ全般でのお笑い芸人の出演者に至っては約7倍という偏ったジェンダーバランス(『放送研究と調査』2022年5月号/NHK放送文化研究所)がある中で、森川葵のすごさはメディアの世界で“お決まり”となってしまっている景色を書き換えていく可能性に満ちている

圧倒的な才能(=タレント)を目の当たりにすることは、テレビが持つ本来の楽しみ方なのかもしれない。

清田隆之(桃山商事)『おしゃべりから始める私たちのジェンダー入門』

あのとき悩んだあのことは、全部ジェンダーの問題だったのかも…!?  非モテ男性たちのぼやき、仮性包茎に『うっせぇわ』、『おかあさんといっしょ』や母親からの過干渉、ぼる塾、阿佐ヶ谷姉妹のお笑い、ZARDに朝ドラの男性たち、パワハラ、新興宗教、ルッキズム…… ジェンダーを自分事として考えるために。 共同通信配信の好評エッセイ「清田隆之の恋バナ生活時評」を大幅加筆。より正直に、言葉の密度高く書籍化。

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おしゃべりから始める私たちのジェンダー入門

2023年11月17日開催の清田隆之×勅使川原真衣「能力主義の生きづらさ~仕事中心社会のモヤモヤをおしゃべりでほぐす~」講座に向けて、清田さん著『おしゃべりから始める私たちのジェンダー入門』の試し読みです。

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清田隆之(桃山商事)

1980年東京都生まれ。文筆業。恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表。早稲田大学第一文学部卒。これまで1200人以上の恋バナに耳を傾け、恋愛とジェンダーをテーマにコラムを執筆。朝日新聞be「悩みのるつぼ」では回答者を務める。
単書に『さよなら、俺たち』(スタンド・ブックス)、『自慢話でも武勇伝でもない「一般男性」の話から見えた生きづらさと男らしさのこと』(扶桑社)、桃山商事名義としての著書に『生き抜くための恋愛相談』『モテとか愛され以外の恋愛のすべて』(イースト・プレス)、澁谷知美氏との共編著に『どうして男はそうなんだろうか会議──いろいろ語り合って見えてきた「これからの男」のこと』(筑摩書房)、トミヤマユキコ氏との共著に『文庫版 大学1年生の歩き方』(集英社)などがある。

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