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世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。

2023.10.21 公開 ツイート

「何者かになりたい」人たちの夢をかなえる国…渋谷のバー店主が思う現代人への呪い 林伸次

「才能がほしい」「特別な人間になりたい」と願う人たちは少なくありません。渋谷で30年近くバーを営む林伸次さんによ『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。』が私たちの思い通りにならない人生に寄り添ってくれるのは、林さんもまたそんなひとりだったからかもしれません。

「続ける」も才能かもしれないけれど

NHKの朝ドラ『ブギウギ』、すごく面白くて毎朝見ているのですが、先日のテーマが「才能」だったんです。主人公の女性は、舞台で踊って歌っているのですが、どうして自分には才能がないんだろう、って悩むんですね。その悩んでいる主人公に対して、先輩の蒼井優が、「やり続けなさい」って忠告するんです。

伊藤ゴローさんというギターリストがいるのですが、彼がこんなことを言ってたことがありました。

「みんな若い頃、ミュージシャンになりたくてギターを始めるじゃない。でもみんな大人になったらギターをやめちゃうんだよね。いつの間にか納戸にギターを放り込んでしまって、埃をかぶってしまうの。でもずっとギターを続けていると、順番が回ってくるんだよね。ずっと続けていると、いつか必ず順番が回ってくる。それって続けているからなんだ。ギターを続けないと順番は回ってこないから」

いい話ですよね。そう、やっぱりやり続けないと順番は回ってこないです。

NHKの朝ドラって、その時その時の現代日本の人間の気持ちを切り取るじゃないですか。今の若い人たちって、「アイドルになりたい」とか「ユーチューバーになりたい」とか「ダンサーになりたい」とか「起業家になりたい」とか、いろんな夢があってその夢を追いかけることっていうのが大きなテーマですよね。

でももちろんほとんどの人にはそういう才能はなくて、それであきらめてしまったり、悩んだりしているわけでして、そんな夢を追いかける人たちの気持ちを、この朝ドラはぐっと掴むんだろうなあって思いながら見ているんです。

こういう今の若者たちの気持ちを「何者かになりたい」って呼びますよね。誰かに決められた人生ではなく、自分らしく生きたい、自分の才能を使ってこの世界で何者かになりたいという気持ちです。
 

(写真:Unsplash/Oxana Lyashenko)

この「自分らしく生きたい、何者かになりたい」っていう現象って、1960年代のアメリカのカウンターカルチャーから出てきた考え方だってご存じでしたか?

それ以前は、僕たち人類は「自分らしく生きたい」なんていう発想は持っていなかったんです。農家の家で生まれたら、小さい頃から家の農作業を手伝って、そのまま農家の家業を継ぐのが当たり前で、「自分って畑を耕すために生まれてきたのかな。自分ってもっと違う人生があるんじゃないだろうか」なんてことは思いつきもしなかったようなんです。

本来僕たちは、生まれた場所でずっと生活して、毎日周りの人と同じような仕事や生活をして、それなりな年齢になったら結婚する人はして、家族を持つ人は持って、そのまた子どもは自分と同じような生活をして、っていう人生を送ってきて、そんな人生は実は悩みもなくて、周りに仲間もたくさんいて、すごく幸せで、「どうしてこんな仕事をしているんだろう?」とか、「自分の才能は何なんだろう?」なんてことで悩んだりはしなかったんです。

「起業したけど全然ダメだ」とか「どうしても女優になりたいけど才能がない」とかっていう悩みって、僕たち現代人がかけられた「呪い」なんです。本来は別に僕たちは「何者かになる」とか「自分らしく生きる」とかって思う必要なんてなかったんです。

そんなことはわかっているけど、でももう僕たち、その呪いにかかってしまったから、やっぱり自分らしく生きたいし、何者かになりたいじゃないですか。

僕も実はそういう人間でして、20才の時に大学を中退してロンドンに行って音楽の仕事をしてみたいって考えたり、その後は作家になりたいって考えたり、村上春樹みたいに音楽のバーをやりながら小説を書きたいって考えたりしてしまったんです。そうなんです。僕も何者かになりたくてなりたくてしょうがなかったんです。現代の呪いです。

それでまあ僕もバーをやりながらこんな風に文章を書いて発表できるところまでは来たのですが、僕やっぱりそんなには才能がないんですね。僕、もう本は8冊も出しているのですが、ベストセラーがないんです。これってやっぱり才能の問題なんです。

僕、2018年に幻冬舎から『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』という小説を出したんですね。note社の社長の加藤貞顕さんが、僕が経営するbar bossaの20年来の常連さんなので、加藤さんに見てもらって、その後幻冬舎の竹村優子さんに見てもらって、やっとの思いで出した小説なんです。

ところで僕の母って、文学好きでして、絵本の会社の営業なんかもやっていた人なのですが、この僕の小説を読んで、「これは小説じゃない」って言いまして、すごく落ち込んだんです。別に母に誉められるために書いたわけではないのですが、肉親に貶されるとは想定していなかったんです。

それから、一番僕らしい、僕にしか書けない小説って何なんだろう、って悩みに悩んで、数年かけて竹村優子さんと『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。』という小説を書きました。

この小説の中で、「なりたい者になれる国」という物語が出てきます。作家になれなかった才能がなかった人間が死ぬ前にその国にいけば作家になれるという話です。その国には才能がなかった人間たちが集まってきます。

僕もどうも才能がなくて。でも何者かになりたくて。あなたがもし「なりたい者になれる国」に行ったら何になりたいですか? ミュージシャンですか? 起業家ですか?
 

関連書籍

林伸次『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。』

大丈夫。孤独で寂しいのは、みんな同じだよ。 noteで大人気!渋谷のバール・ボッサ店主が描く、 思い通りにならない人生を救う極上のショートストーリー集。 片想いしか知らない。一度しか会えなかった。気持ちはいつも届かない――。 誰もが自分だけの世界で一度きりの人生を生きている……15の小さな物語。 まるでバーに入ったような小説。

林伸次『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』

誰かを強く思った気持ちは、あの時たしかに存在したのに、いつか消えてしまう――。燃え上がった関係が次第に冷め、恋の秋がやってきたと嘆く女性。一年間だけと決めた不倫の恋。女優の卵を好きになった高校時代の届かない恋。学生時代はモテた女性の後悔。何も始まらないまま終わった恋。バーカウンターで語られる、切なさ溢れる恋物語。

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世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。

2023年10月4日発売『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。』について

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林伸次

1969年徳島県生まれ。レコード屋、ブラジル料理屋、バー勤務を経て、1997年にbar bossaをオープンする。2001年、ネット上でBOSSA RECORDをオープン。選曲CD、CDライナー執筆多数。著書に『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか』『バーのマスターは、「おかわり」をすすめない』(ともにDU BOOKS)、『ワイングラスの向こう側』(KADOKAWA)、『大人の条件』『結局、人の悩みは人間関係』(ともに産業編集センター)、『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』(幻冬舎)などがある。

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