
毎年末、北海道や信州から雪の便りが届くと、からだがうずうずしてくる。今年も滑りの季節がやってきた、と。ここ十年来、登山を楽しんでいるけれど、両親の影響もあり、子どものころから趣味としてスキーをずっと続けている。ゲレンデだけでなく、自然の雪山に入って滑るバックカントリースキーも好きなので、寒さが緩み春が近づいてきても、山奥深く入れば雪は残っているので、自分に子どもができるまでは、一年の半分近くが滑りの季節だった。
それだけ滑っていれば、スキーばかりでなく、他の道具にも興味が湧く。青森の豪雪地帯で、ひとときよく会う機会があった友人たちは、スキーでなくスノーボードを履いており、雪山を滑るという目的はおなじなのに、ずっと楽しそうに、より雪と親しんでいるようにみえた。私もボードは二十代のときにかじっていたので、ふたたび手を出して、上手くなったら彼らと一緒にスノーボードで滑りたいと思った。
本書は「スノーボードを生んだ男」といわれるジェイク・バートンの一生を描いている。その名を冠した「バートン」のボードは、昨今のゲレンデで必ず目にするほど大きな存在感を放っており、1977年に発足したバートンのメーカーとしての歴史は、スノーボードの歴史そのものといっても過言ではない。スキーヤーしかいなかったゲレンデで、どのようにしてボードで滑ることが可能になっていったのか、という普及の面はもちろん、スノーボードがオリンピック競技となるなかで、その本質が損なわれなかったことにも、J・Bが大いに関係してくる。先に行われた北京冬季オリンピック、男子ハーフパイプでの平野歩夢の金メダルが記憶に新しいが、平野と今大会4位に終わったレジェンド、ショーン・ホワイトの抱擁シーンは、本書を読んでいれば、涙なくして見ずにはいられなかっただろう。スノーボードやサーフィンなどの「横乗り」スポーツの持つ、年齢・性別、また競技のライバル関係を超えてのライダー同士の尊敬の念に触れると、いつも心がとてもあたたかくなる。
「サーフィンであれば地球の自転が生み出す不規則な波に、スノーボードであれば山の起伏が創り出す不規則な斜面に横向きに乗る。それは自然に抗い自然を克服したり支配するのではなく、自然環境に身をゆだねていく行為だ。――ジェイクがスノーボードというスポーツを生み出した原点はそこにある。」と、著者はいう。競技で得点を稼ぐ大技をこなしつつも、一方、競技を離れたら、そこには自然に対する敬意がある。私が青森で、友人たちがボードで雪山を滑る姿に憧れ、交じりたいと思った理由でもあると思う。そんなことを考えていると、季節はすでに春なのに、やっぱり滑りたくて、うずうずしてきてしまうのだ。
「小説幻冬」2022年4月号
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