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買い負ける日本

2023.08.01 公開 ツイート

「日本向けは面倒くさい」“細かい”品質要求と“空気を読まない”値下げ要求に外国企業は辟易 坂口孝則

かつては水産物の争奪戦で中国に敗れ問題になった「買い負け」。しかしいまや、半導体、LNG(液化天然ガス)、牛肉、人材といったあらゆる分野で日本の買い負けが顕著です。7月26日発売の幻冬舎新書『買い負ける日本』は、調達のスペシャリスト、坂口孝則さんが目撃した絶望的なモノ不足の現場と買い負けに至る構造的原因を分析します。本書を抜粋してお届けします。

住宅市場が受けた衝撃

「そんなに遅れるの?」。キッチン用品の展示場では来店するお客から、そのような感想が多数寄せられたという。2020年から2022年にかけて、システムキッチンを展示しているのに、売れても納品ができない。給湯器等も仕入れられない。納期が遅延する前提で売らなければならない。

建設資材ではほぼすべてが影響を受けた。コンクリート、キッチン、および給湯器などキッチン備品、アルミサッシ、壁のクロス、その他、センサー付きの照明器具、トイレ設備、換気扇、コンロ、IHヒーター……。建設資材は価格が全面的に上がり、工期に影響した。

この時期に住宅を建てた人を失望させた。基礎工事が止まる、材料が届かないといわれ別場所での仮住まいを長引かせることになった。挙句の果てには、見積もり費用が異常に膨らんだ。「ふざけるな」と怒りをぶつけても、現場の担当者にとってもどうしようもない。木材が手に入らないのだ。
 

(写真:iStock.com/frentusha)

なかにはマイホームを夢見ていたのに、着工後に部屋数を減らすように勧告された購入者もいる。間取りを変更しなければ当初予算のままでは建てられなかったのだ。

要求が高すぎる日本

しかし、日本側に落ち度はなかったのか。日本各社は必死に調達しようとしていた。しかしさまざまな困難に直面した。理由は日本側の要求品質の高さだ。仕上がりの注文が細かい。

それはJQ(Japan Quality)と呼ばれる。たとえば木材のそり・曲がりの許容度は他国より厳しく、さらに面積における節の比率は低く抑えられている。外国の製材メーカーは日本の住宅メーカー向けに特別な検査工程や別工程を用意せざるをえなかった。さらに日本の住宅メーカー向けのものは不良品となる率も高い。

かつて日本の新設住宅着工戸数は順調に推移していたし、正規品ではないと弾かれる不良品があっても、外国の製材メーカーは許容していた。日本側が重要顧客だったからだ。日本の住宅メーカーへ販売する単価はさほど高くなかったものの絶対量が確保できていたためだ。

しかし、さきに挙げた通り、とくに2021年に米国などを中心とした建設需要の急増から潮目が変わった。欧米はインフレとともに、労働者の給与増が続く。日本が要求するほどには木材の品質が高くなくて良い。しかも高く買ってくれる。ゆえに日本向けに生産するインセンティブはない。

住宅メーカーの幹部に聞いた。

「これは木材に限りませんけどね、とにかく日本向けは面倒くさい。外国だったら信じられないレベルの要求をする。他の国に次々に売れていくのに、日本だけに特別な対応はしませんよって。人材もかけられないよ、と。高額のオプション価格を上乗せして払わないと出荷できません、と。さらに、国内の商社からは日時や量を細かく指定した搬入指示も厳しいですよ、とクレームが来ました」

第一次・第二次ウッドショックが起きた際、早い段階から大口の注文を出して木材を確保すればよかった、という人もいる。しかし大胆な発注ができなかった。一つには国内景気の不透明さがあった。コロナ禍からいつ抜け出せるかもわからず、会社として多額の注文に踏み出せなかったのだ。読みを誤ると大量の在庫になる。

ただ供給の逼迫に対して大口の注文どころか、海外勢を刺激した日本企業もあった。

たとえば住宅の梁に使う挽き板(ラミナ)がある。この挽き板とは、集成材を構成している小角材ピースだ。日本のメーカーには、コロナ禍の景気の不透明感のなかで、この挽き板の調達価格を下げようとしたところがあった。しかし欧州の供給者からすれば「なぜこの時期に下げる必要があるのか」となる。市況を無視した交渉でそっぽを向かれた

また日本の住宅メーカーはこれまで海外製に舵を切っていたため、日本の製材メーカーは設備投資を低く抑えていたので増産は難しかった。ウッドショックが起きたからといって日本に調達先を切り替えようとしても上手くいかなかった。

ふたたび住宅メーカーの幹部との会話に戻る。

「ただ日本はすごく真面目にやっている。技術側も少しでもいい家を建てようと必死に頑張っているし、そもそも高い品質の住宅はお客様の要望だからね。それに木材の品質は時間をかけて決めたものだから、すぐに切り替えるわけにはいかない。たいしたことのない部材だってじっくり時間をかけて検討する。調達側も価格を抑えるために必死にやっていますよ。外国人バイヤーよりも真剣。だけど、海外では住宅が高騰しているし、賃金も上がって、住宅に支払える金額も上がっているわけでしょう。なかなか難しい状況ですよ」と正直に伝えてくれた。

なお、これは日本の品質要求が高いから、とは一概にいえないが、中国木材でも問題が起きた。各商社ともロシアから木材が輸入できなくなったので、なんとか中国木材を入手し混乱を防ごうとしたときだ。

住宅に使用する中国製合板が品質不適合になった。合板のサイズが規格に合わない、あるいは品質管理書類を提示しないなどのトラブルが続き、一部のメーカーはJAS(日本農林規格)として認証されなくなった。日本の品質要求が高いというより、管理体制が日本の望むレベルにないというべきか。日本への輸入は急減し供給不安はくすぶり続けている。

関連書籍

坂口孝則『買い負ける日本』

かつては水産物の争奪戦で中国に敗れ問題になった「買い負け」。しかしいまや、半導体、LNG(液化天然ガス)、牛肉、人材といったあらゆる分野で日本の買い負けが顕著になっている。日本企業は、買価が安く、購買量が少なく、スピードも遅いのに、過剰に高品質を要求するのが原因。過去の成功体験を引きずるうちに、日本企業は客にするメリットのない存在になったのだ。調達のスペシャリストが目撃した絶望的なモノ不足と現場の悲鳴。生々しい事例とともに、機能不全に陥った日本企業の惨状を暴く。

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買い負ける日本

2023年7月26日発売『買い負ける日本』について

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坂口孝則

1978年生まれ。調達・購買コンサルタント、未来調達研究所株式会社所属、講演家。大阪大学経済学部卒業後、電機メーカー、自動車メーカーに勤務。原価企画、調達・購買に従業。現在は、製造業を中心としたコンサルティングを行う。著書に『牛丼一杯の儲けは9円』『営業と詐欺のあいだ』『1円家電のカラクリ 0円iPhoneの正体』『仕事の速い人は150字で資料を作り3分でプレゼンする。』『稼ぐ人は思い込みを捨てる。』(小社刊)、『製造業の現場バイヤーが教える調達力・購買力の基礎を身につける本』『調達・購買の教科書』(日刊工業新聞社)など多数の著書がある。

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